観音のブロマガ

七階で出会った「聖女」について(4)

2020/03/10 08:29 投稿

  • タグ:
  • 二次創作
  • 小説
  • ナルキッソス

 シーン4


 あの日から何か変わったかと言うと、特に何も変わらなかった。姫子さんのところには基本的に由佳さんと千尋さんが足しげく通っていたし、根が明るい彼女が思いつめて私のもとを訪れるという機会もそうそうなかった。

 しかし変わったこともあった。もともと担当でもないのに私のもとに来てくれていた千尋さんがこれまで以上に私の所へやってくるようになったのだ。おおよそ姫子さんが私のことを「天然のおじさんがいる」とでもしゃべったのだろう。千尋さんの何とも言えない表情を見るにつけ間違いないと思う。彼女の「俗っぽさ」はこういうところでいかんなく発揮されるのである。そしてその言葉にのっかって私の所にやってくるあたりは、さすが姉妹というところか。「聖女」様も案外かわいらしい所があるものだ。

そしてもうひとつ、姫子さんの病状がまた1ステージ進んだようだった。部屋の外に出てくる彼女の姿を見る頻度が確実に減っている。

 一方の私自身はというと何も変わらなかった。確実に病魔は進行している。これは間違いない。ただ年寄りの分進行が遅いだけの話だ。そのおかげで私は今日も談話室のソファーに座って、つまらないテレビを眺める事が出来るのである。

 自分の痕跡は残さないと思いを固めたはずの私だが、気付けば姫子さんを中心に、千尋さんや由佳さんと関わる機会が確実に増えてきている。これははたしてよいことなのだろうか。偽名まで使って人間関係を極力絞ろうとしているのに。これが悪い結果とならなければよいが。

「お隣よろしいですか?」

「ああ、構わないよ。」

 考えにふけっていると隣から声をかけられた。声をかけてきたのは珍しく千尋さんだった。彼女はヘルパーとして担当している患者がいるはずだが、こうやって私を含め、七階の住人達に分け隔てなく声をかけている。これが彼女をして「聖女」と言わしめている理由であろう。だが姫子さんを通して、私は彼女が「聖女」ではないただの女性であることも知っている。きっと彼女も自分の精神状態と周りから貼られているレッテルとの間で葛藤することもあるだろう。私でも彼女を敬う声を聞く程度には七階では有名な話である。彼女自身が知らないわけがない。

「珍しいね、君が談話室にいる私のところにくるなんて。」

これまで自室で会話することは何度もあったが、こうやって談話室でテレビを見ている私のもとを訪ねてくることはめったになかった。

「少し黒田さんとお話がしたくて。もし談話室にいらっしゃらなければ、お部屋を訪ねるつもりでした。」

「話?何か急ぎのことでもあったのかい?」

 取り立てて急ぎの要件でもなければ、それこそいつものように部屋に来てくれればいいはずである。

「いえ、特に急ぎの要件というわけではないんです。本当に、ただ何となく。もしご迷惑なら、時間を改めますが?」

「いや、かまわないよ。どうせ何もすることがないんだ、話くらいいくらでも聞くよ。」

 千尋さんは少し微笑むと「ありがとうございます」と感謝の言葉を口にした。私にしてみれば退屈をしのげるのだ、こちらこそ感謝の言葉を述べたいくらいである。

「黒田さん、最近姉とよくお話をされてますよね。どんな話をしてるんです?」

「どんなと言われてもね。特に何かネタがあるわけじゃないんだ。私も車に博識なら盛り上がるんだろうけどね。残念ながらそうではないし。」

「ふふ、姉は車のこととなると我を忘れてしまうところがあるので、変に知識を身に着けない方が身のためですよ。」

「それはおそろしい。気をつけるよ。まあ、そんなわけで特に内容のあるような話はしてないな。」

「そうなんですね。」

そう言うと彼女は一瞬沈黙し、うつむいてしまった。なにか間違った回答をしてしまったのだろうか。あまりに中身のない返事にあきれさせてしまったのかもしれない。

「黒田さんは、姉の今の状態を御存知ですよね?」

「詳しくは知らないよ。彼女も自分の病気に事は語らないし。私が知っているのは、彼女が七階の住人であること、私より先にこの世界にいるってこと、そして病状がかなり進行しているらしいってことくらいだ。」

「そうですか。でも黒田さんも姉の病状が進行しているって考えているんですね。姉はいつもはぐらかすんです。」

「あれだけ頻繁に医師が来ていたんだ。誰だってそう考えると思うよ。それに顔色もここしばらくの間でかなり悪くなっているし。ごまかしきれるものではないと思うんだが。」

「姉は変に強情なところがありますからね。私にも、姉の親友の、ほらよく面会に来ているあの女性、由佳さんっていうんですけど、彼女にも自分の病気のことはあんまり話してないみたいなんです。」

「君らでも聞かされていないんだったら、私はなおさらだよ。私はあくまで他人、共通点は七階の住人ってことだけだよ。私も彼女の個人的な事を聞こうとも思わないし。」

「姉は黒田さんをどこか特別に思っている節があるんで、ひょっとしたら何か聞かれていると思ったのですが。」

「すまないね、力になれなくて。」

「いいえ!こちらこそすみません、お時間をとらせてしまって。」

目の前で手を激しく振りながら彼女はそう言った。そしてまた私に言った。

「もし、姉から何か聞いたら私にもおしえて頂けないでしょうか。私、不安なんです。姉の病がもう手の施しようがない状態なのはわかっています。そしてそう遠くないうちに、きっと姉は天に召されるということも覚悟はできています。ただ、それでも姉の素直な気持ちを聞けないままお別れはしたくない。弱音でもいい、文句でも構わない、本当の気持ちを聞きたい。」

そういう千尋さんの目には涙が浮かんでいた。彼女の気持ちは分かる。そして同時にうらやましいとも思った。私には彼女のように本音でぶつかりたいと思えるような相手もいなかったし、誰かのために涙を流したこともない。彼女の熱い感情は、私の凍えた心に熱を与えてくれているかのようだった。

「それは私が決められることではない。もし仮に姫子さんが私に病状のことや弱音を漏らしたとしよう。だが私がそれを君や由佳さんに話すかどうか、これは姫子さんが決める事だ。彼女から話すように言われれば、もちろんそうしよう。しかし今の彼女がそれを望むとは思えない。申し訳ないが、私自身も人から知りえたことをもらすようなことはしたくない。」

私は千尋さんにそういった。冷たい答えだっただろうか。しかしこれは私の正直な思いだった。

「そうですか、分かりました。もし姉があなたをたよることがあったら、その時はよろしくお願いします。それから・・・」

彼女は一旦言葉を区切ると、首にかけているロザリオを手に取り、

「あなたの上に主の豊かな恵みと祝福がありますように」

そう言い残すと彼女は去っていった。私はただ茫然と「聖女」の背中を見送るのだった。


小説って書くの大変なんだなって各側になって初めて知った
よく知っていると思ってた「ナルキッソス」でもいざ書き始めるとキャラをうまくストーリーに落とし込めない

(註)
・原作者様とは一切関係ありません。表現等に不適切な点があればすべて私の責任です
・実際の諸制度とそぐわない点があるかと思います。そこはフィクションだと割りきって読んでください
・登場人物や医療機関はすべてフィクションです

プロローグ:https://ch.nicovideo.jp/nicobatoukannon3/blomaga/ar1865130
シーン1:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1866049
シーン2:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1867533
シーン3:https://ch.nicovideo.jp/tool/blomaga/edit?article_id=1870124


コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事