加藤さん(32歳/イベント会社勤務)は社員旅行に来ている。場所は、温泉でも避暑地でもない。快晴のビーチだ。
向こうの浜辺では、会社主催のパーティーで、微妙なDJが、大音量で音楽をかけている。加藤さんは、その輪からそっとひとり抜け出してきてしまった。
去年、えいや、と思い切って転職して入ったイベント会社は、20代の多い職場だった。仕事柄か、ノリが学生っぽい。
社員旅行があると聞いて「いやだな、行きたくないな」と思いつつ、ホットパンツやリゾートワンピをいそいそと鞄に詰めている自分がいた。
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目の前に広がる砂浜は、潮が引いて、向こうの島までつながっている。
思わず、ふうーっと長い息を吐いて顔をあげると、遠くから大きな雲の塊が頭上めがけて流れてきた。
雲は次々向かってきては、通り抜けていく。まるで雲の影が体を通っていくみたい、そう思いながら手を広げ、その不思議な感覚に身を浸した。なんだか、久しぶりの解放感。
「心まで洗われていくみたいだよな」
頭上から落ちてきた低い声にはっとして横を見ると、営業課の小川くんだ。幸せそうな顔をして、加藤さんと同じように手を広げて空を仰いでいる。
「ほら、また来るぞ」
加藤さんは思わず笑みを浮かべて、空を見あげる。お気に入りのワンピースのすそが、風でひらひらとはためいている。
「おーい、ごはんですよ~!」
どれぐらいそうしていただろうか。遠くから突然聞こえてきた同僚の声で現実に引き戻された。
しかし、まるでサザエさんのような呼びかけだ。だんだんおかしくなって、小川くんとふたり、顔を見合わせて笑い合ってしまった。
本日は快晴。空はどこまでも青く、澄み渡っている。