「どしたの? 電話なんてめずらしい」

自分でもわかっていた。もう付き合って3年になるけれど、僕が電話嫌いであることは彼女にも散々伝えてきていたし、いまこうして自分からスマホを耳に当てていることに違和感をおぼえる。

「いや、なんか、たまにはいいかな? なんて」

言い訳を考えていなかった。徐々にしどろもどろになり、口ごもってしまう。

「ヘンなの」

クスクスと笑い声が聞こえる。彼女の機嫌は良さそうだった。

まだ半信半疑だ。昨夜、夢を見た。二足歩行するネコが出てくる夢。

「このイヤリングをつけたまま電話をすると、相手はウソをつけなくなります」

紳士的なネコはまっすぐに僕の目を見ながらそう言った。

そして翌朝、夢で見たイヤリングを手に握りしめていた僕は、朝食を終えて着替えを済ませたところで、彼女に電話をしてみたのだった。

──そんなことがあったとする。この世界に、ひとつだけ恋を手助けする未来のテクノロジーが存在したとする。それをあなたが手にしたら、どんな恋をするだろう。

この連載では、ライター・カツセマサヒコが、ひたすらありもしない「もしも」を考えていく。

Chapter 1「俺のこと、ちゃんと好きですか?」

「なにしてたの?」

「これから朝ごはんにしようかなって思ってたところ」

「じゃあ、まだパジャマ?」

「ううん、シャワー浴びた」

「え、じゃあタオルを首にかけてる?」

「かけてる」

「ドライヤーは?」

「まだかけてない」

「いいね、かわいいやつだ」

「なにに萌えてんの」

いつものテンポ。ただ電話越しとなると、なんだか伝えられない微妙なニュアンスがありそうで、それが僕にはもどかしかったし、電話嫌いの大きな要因だった。

土日休みの僕らは大抵、休日のどちらかでデートをするようにしていた。逆に言うと、二日連続で会うことは稀だった。

彼女にはやりたいことが多く、「時間ばかり足りないよねえ」と言うのが口癖で、僕はそのたび、人生ってそんなにやることあったっけ? と疑問に思うばかりだった。

今日だって食器洗いと掃除をしたら、昼食と夕飯、読書と風呂ぐらいしか僕には予定が残されていない。

「そっちは、きょうも予定ナシ?」

わざとトゲのある言いかたをしていることに気づいたが、僕自身、予定がないことにコンプレックスを抱くのもとうに飽きてしまっていた。

「休日ってのは、"休みの日"と書くんだよ。予定を入れないのがいちばん」

彼女の皮肉にできるだけ余裕を持たせて返すけれども、だいたいは、一枚上手なのは向こうの方だ。

「そうかなあ。気持ちを休ませるためには、仕事以外のことを全力で楽しんだほうがいいと思うけど」

やっぱり今回も、彼女の勝ち。僕は話題をそらして議論をなかったことにする。

「あのさ、電話したのは、そういう話をしたいんじゃなくて」

「ああ、うん、ゴメン、なに?」

できるだけ深刻な空気にさせないために、間を置かずにたずねる。

「突然ですが、俺のこと、ちゃんと好きですか?」

Chapter 2「まだまだ、僕らはやっていけそうだ」

電話越しに、小さく笑い声がした。驚かれるか、引かれるか、もしかしたら怒られるかもとさえ思ったのに、とても余裕のある意外な返事だった。

「ほんと突然。もしかしてわたし、浮気疑われてる?」

夢で見たネコの話も、僕がいまイヤリングをつけている異様な事実も、彼女には伝えたくなかった。

徹底したリアリストである彼女にそんな話をしてもばかにされるだけだろうし、お洒落に関して微塵も興味がわかない僕がイヤリングをつけていることも、知られたら数年にわたっていじられそうな気がした。

「まあいいから、答えて?」

できるだけ平静をよそおいながら回答を促す。

「好きだよ、ちゃんと好き」

「それは、えっと...友人的な『LIKE』ではなく、恋人的な『LOVE』の意味で、いいっすか」

「それ、言ってて恥ずかしくない?」

彼女は笑いがとまらないようだった。クスクスと肩を震わせているのがわずかな息づかいの違いでこちらに伝わってくる。

「いいから、いいから」と、少し怒りと笑いをまぜたトーンで伝えると、たしかな返事が続く。

「『LOVE』の意味だよ。きみのそういう、たまによくわかんないことを言い出すところも含めて、かわいいなあって思うし、好きだなあって思うよ」

「え、聞こえてる? もしもし? もしもーし?」

余韻を味わいたくて、わざと彼女の声を無視していた。

もしもネコの言うことが正しかったら、付き合って3年経ついまでも、僕は彼女に愛されていることになるし、そのことを単純にうれしく思える自分も、まだまだ彼女を好きでいるのだと思えて、それもまたありがたいことに感じられた。

まだまだ、僕らはやっていけそうだ。

そう確信が得られると、なんとも心が落ちついた。

突然会話が途切れたことに不信感を抱いている彼女に向かって、僕は言う。

「ああ、ごめん、聞こえなかった。もう1回、いやあと3回くらい、いまの聞かせて?」

またひとつ、電話の向こうで笑い声がした。

──「恋人が自分のことを本当に好きでいてくれてるかわからなくて、不安なんです」という相談を受けることがあって、そのたびに「その人と付き合えている自分をもっと信じてあげて」とあいまいに濁すような返事をしてます。

そう言われても、気になるものは気になるだろうなあと思いながら、それでもこんな「ウソ発見器」みたいな道具がないかぎり、「相手と自分を信じる」以外、不安を消す方法はないんだろうなあと思いながら生きています。

写真/VisualHunt,gettyimages 文/カツセマサヒコ

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