徒然って便利な言葉だよね

どうでもいい話

2018/12/11 03:41 投稿

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長文を書き上げる力というかモチベというかが年々減退してるなぁ……。

まあそれはともかく、グリッドマンすげー面白いんですけど。
やっぱりこういう伏線張りまくった考察して楽しめるタイプのアニメは面白いっすねぇ。だいぶ前のまどマギ、かなり前のリヴァイアス、大昔のエヴァやナデシコ(ナデシコへの異論は認める)、昔からその手のアニメばっかり見てる気がします。
今期のアニメでは一番の出来
……と言いたい所ですが、これ以外見てないから比較ができないw

話は変わるようで変わらないようでやっぱり変わるんですが、退屈って世界最大の敵なんじゃなかろうかと最近思います。例えば全知全能の神様がいたとして、その神様はありとあらゆる事を知っていて、ありとあらゆる事をできちゃうから、退屈でしょうがないと思うんですよね。
よく「なぜ神は人間を不完全に作り給うたのか」というような命題を神学分野とかで稀によく聞くような気がしないでもありませんが、それに対する答えは一つですよね。不完全だから完全な存在である神様の全知の範囲外の事をやらかしてくれるかもしれないから。
全知の前提として全能があるとしたら、全能でなければそれは崩れる。
全能であるという事はあらゆる事を成功させる事が可能だという事で、成功する前提で組まれた世界というシナリオに対し、失敗という要素を加えたら世界は大きく揺らぐのではないだろうか、とか。
その結果、神様は退屈から逃れられるのではないか、と。
それと引き換えに、世界とそこに住まう生き物はあらゆる辛苦を背負わされる事になる……つまり、間接的ではありますが退屈によって世界は今の形になり、苦しみに苛まされる事になっている、と。

全知全能の定義によっては揺らいじゃうお話ですけどねー。
全知全能なら退屈なんかするはずないじゃん、というw

ただ、全知なら「退屈という感情」もまた知って無きゃおかしいじゃない?と個人的には思うんです。それに、退屈という感情はそれを拭い去ろうとする行動によって、時として人間に新たな叡智をもたらす事もあるわけで、一概にマイナスの、神様の中に入れっこない悪感情であると言い切る事もできないのではないか、とも。

結局神様のせいで俺らは苦しんでるんだ!とは言ってみても、なんだかんだ楽しんでもいますからね。今アニメ見てて超楽しいですし。退屈を知っててくれて、神様ありがとう!って感じですか。なんかここまでさっぱりまとまってなくて意味わかりませんねw 読んでくれた人がもしいたら本当に申し訳ない

まあ、なんかそんな事言いながらグリッドマン最新話見てたら裕太君がアカネちゃんに███を██████しまったわけですが、急展開だなおい!?
OPで歌われる「君を退屈から救いに来たんだ」という言葉は映像でも示唆されている通り新庄アカネに向けての言葉だと思われますが、退屈は何か楽しい物がやってくるきっかけにもできるはず。最後はハッピーエンドになってほしいものですね。

終わり

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