©Brook Productions/Daniel Bardou
現代演劇界の巨匠、演出家のピーター・ブルックは「演劇の魔術師」と呼ばれています。「真実があればセットは不要」という理論で、最小限の装置と小道具しか使わず、ほぼ役者の表現力だけによって、観る者を劇空間に引きこむからです。
彼の舞台稽古では、役者から最大限の表現力を引きだすための特別なエクササイズが行われます。いままで秘密のベールにつつまれていたその様子が、ドキュメンタリー映画「ピーターブルックの世界一受けたいお稽古」として初めて映像化されました。
見えないロープを渡る2週間稽古は、さまざまな国籍、年齢の役者や長年ブルック作品の音楽に携わってきたミュージシャンが一堂に会して2週間。床に敷かれた1枚のカーペット、あとはなにもない空間に、ブルックが1本の「目に見えないロープ」を引くことから始まります。
舞台はどうすれば真実のものになるだろう? 悲劇か喜劇にしてしまうのはとても簡単なこと。でも、何より大切なのはそのぎりぎりのところを綱渡りすることなんだ。
役者達が右から左へ、まるでサーカスの綱渡りのように架空のロープを渡る、一見単純なエクササイズ。そして、はじめはぎこちなかったり、表面的なテクニックだけでロープを渡ろうとする役者たち。しかし、彼らの想像力と身体が少しずつ一体になり「真実を表現する」という演技の原点にむかう様子を、このドキュメンタリーでは観ることができます。
真実ってなんだろう?ブルックの言葉から、真実を生きているはずの私たちの生活を考えてみることもできます。私たちの生活は、たしかに「悲劇」か「喜劇」か、というように白黒つけられるものではありません。たとえるなら、人生はそのときそのときで淡かったり濃かったりするグレーの連続ではないでしょうか。
©Brook Productions/Daniel Bardou
困難な経験を通して我々が得るものは決してネガティブなものではなく、課された課題に立ち戻る喜びだ。バランス感覚というものは頭で考えることではない。(中略)。
バランスをとるとは、目標へ向け前進すると同時に、身に降り掛かる要素をコントロールすること。綱渡りもお芝居もスポーツも人生もみな同じ。鋭い剃刀の上を歩くような、完璧なバランス感覚が求められる。なにごとも"バランス"がすべてなのだ。
今年89歳、半世紀以上も演劇界の最前線で活躍しているブルック。ドキュメンタリーのなかで彼が役者達に語りかける言葉は、演劇論を越えた人生の一流論ともとれます。彼の言葉に耳を傾けることは、人生という長い長いロープを渡りきるバランス感覚を養う稽古ともいえそうです。
9月20日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてロードショー決定。
(9月20〜26日 11:15/13:15、9月27日〜 11:15/21:15)
9月27日(土)よりTOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズ西宮ほか、全国順次公開。
(マイロハス編集部/織田)