今回は、伝統技術を古いままにさせず、時代に合わせながら継続、未来に向けて発展させていくことを願うブランド「HaaT(ハート)」にフォーカス。
職人の技を用いて、自然の豊かさを描く
淡いミントグリーンの素材に描かれた、白。これは、京都の職人が1つ1つ手作業で抜染を施し、生まれたもの。
生分解性のキュプラ生地に製品抜染を施したワンピース。前後で異なる柄がプリントされており、どちらを前にしても着られるデザイン。トップ61,600円、スカート66,000円(ともに税込)。この美しいピースは、「HaaT」の2021年春夏コレクションの1つ。今シーズンは、植物という、自然が育んだ表情豊かな存在を基軸にしたデザインとなっており、同アイテムの抜染の白が描きだしたのは、植物が持つ生命力だそう。
素材は、すべて地球に優しいもの
同ピースが放つ上品な光沢と軽やかな印象は、素材に、一般的には高級裏地として用いられるキュプラ生地を採用したことによりもたらされています。キュプラ生地とは、綿糸として使用しない、綿花の種のまわりについたうぶ毛のような部分を精製・溶解してつくられるピュアな再生繊維。天然由来原料ゆえ、生分解性を有する、土に還るサスティナブルな素材です。
「今シーズンは、あえて2030年を意識し、まず入手できるものから地球に優しく、と考えて素材づくりの行動をしました」(HaaTトータルディレクター・皆川魔鬼子さん)
オーガニックコットンをベースとした、さらりとした肌触りのジャンプスーツ。88,000円(税込)。刺繍は、数々のヴィンテージミシンのコレクションを使い、すべて手作業で行う日本国内の工房に依頼。手で描いたかのような、立体感ある仕上がりに。そもそも、効率のよい生産性を求め、除草剤を用いるからこそ、土壌が汚れてしまうと、ブランドのトータルディレクターを務める皆川魔鬼子さん。
「木綿だって、本来はすべてオーガニックコットンでしたし。日本の蒸し暑い夏を快適に過ごすために古くから着られてきた縮み織素材など、昔からある素材は、元来、環境には安心なものだったはずなのです」(皆川さん)
インドでの原体験。伝統と時代を融合させる感覚
世の中で、SGDsを意識することがものづくりの基準となりつつあるなか、地球に優しい素材を追及する本コレクションは、一見すると時流にのったものに思われます。ですがHaaTに根付くサスティナブルな視点は、昨今の流れを組んだものではなく、ブランドのスタート時点からずっと変わらずあるもの。
原点となっているのは、皆川さんが約40年前に目にしたインドの様子なのだそう。
タテにシルク糸、ヨコに綿糸を使用したストライプ生地は、機屋が多く存在する新潟県の工房で織ってもらったもの。柔らかさと程よい透け感が、初夏にぴったり。シボをつけた縮み織ゆえ、涼しく着ることができるのもうれしい。トップ41,800円、スカート49,500円(ともに税込)。18世紀後半に起きた英国での産業革命の影響から、インド国内でも機械化・工業化が急速に進み、彼らが誇った綿布の手紡ぎや手織の技術は衰退してゆきました。しかし19世紀に入り、インド独立の父として知られるマハトマ・ガンディーが国の産業として手仕事の重要性を説き、さらにインドの文化保存と発展を願うマルタン・シンがインドテキスタイルの文化復興活動を行ったことで、インドの手仕事は守られることに。
インドの熟練した職人によってミシンステッチで表現される繊細な刺繍・ビリが施されたカディ。カディとは、全行程が手作業で行われるインドの伝統的な手紡ぎ、手織りの綿布。英国産綿布のような大量生産方式ではなく、自らの手で織ることの重要性を唱えたマハトマ・ガンディーの運動の象徴的な存在でもあった。使用する糸が非常に細く、切れやすいため、高湿度地域でしか生産ができなかったことから、希少価値が高い布として大切にされてきた。トップ74,800円、ボトム57,200円(ともに税込)。こうした彼らの手仕事のすばらしさに魅了されたのが、当時、訪印していた三宅一生さんと皆川魔鬼子さん。伝統技術を「ただの伝統」として古いままにしておくのではなく、時代のニーズと融合させ、さらに発展させていく姿に感銘を受けたといいます。
この体験をきっかけに、1984年、ISSEY MIYAKEとインドとの協働プロジェクトがスタートし、その延長線上で2000年にHaaTが誕生。インド最高水準のクラフツマンシップとコラボレートし、同時に日本で長く培われてきた技法も生かす。文化と伝統を守りたいという志を持った、サステナビリティを体現するブランドが生まれたのです。
コットンのしなやかな肌触りが特徴の縮み織素材・KYO CHIJIMIは、彩り豊かな自然にインスピレーションを得た、鮮やかな色調。通常の強撚糸に、さらに撚りをかけた極細綿糸を使用し、独自の織機でゆっくり、ていねいに織り上げられている。ワンピース41,800円、パンツ27,500円(ともに税込)。「いろいろと考えると、時間を経てきた技には重みと懐かしさがあります。ですが、それらの技法を『いまの視点』で捉えることが重要だと、わたしは考えています。伝統は進化してゆくことで守られるわけで、同じところにとどまっていても、時間軸は変化してゆき、伝統という表現は生まれません」(皆川さん)
そのためにも、コレクションを考えるたびに、さまざまな技を捜し求めていると話します。
「世界のあらゆる老舗と呼ばれるところも、いつも進化したものをつくっていると思いますし、それゆえ、伝統が継承され、また生み出されているのだと感じています」(皆川さん)
シルク糸を織り交ぜたシボの豊かな風合いが楽しめる1枚。ヨコ糸にムラ染めした糸を使用することで生まれた絶妙な掠れ具合も魅力。ワンピース66,000円(税込)。サスティナブルと、理想のデザインを両立させる
地球に優しい素材と、伝統の技をマッチングさせた形でありながら、現代らしい感覚で着られる2021年春夏コレクションを眺めていると、ふと、SDGsを意識することは、デザインをする上での制限にはなりえないのかと疑問がわきました。表現上で用いたい微妙な色味、理想のシルエットや質感を出すための素材など、科学の力に頼れば、色や素材の表現は自由になるように思われます。サスティナブルを実現すると、あきらめざるをえない部分もあるのではないでしょうか。
「いえ、制限にはなりません。ブランド創設当初から、天然へのこだわり、地球のことを、いつも漠然と意識しながら仕事を進めてきましたから。また、見える贅沢よりも、シンプルで質素ななかでの美意識も求めてきましたし、無駄をなくしたエコ的意識も同様です」(皆川さん)
ビリ刺繍を施したカディのワンピース96,800円(税込)。インドで、テキスタイルの再発見と復興に心血を注いだマルタン・シンは、カディの持つ空気のような心地よい質感という布としての機能性を世界に向けて発信した。2017年に彼が逝去したため、親交のあった皆川さんは2019年にシンの哲学をカディとともに伝える企画展を開催。まるでSDGsを意識することで、むしろアイディアがいっそう膨らんでいるかのよう。
皆川さんとHaaTが目指すサスティナブルなピースは、見た目の美しさはもちろん、身につけると、着心地のよさにもときめくはずです。背景にあるたくさんのストーリーに思いを馳せながら、纏い、肌に触れさせてみてください。
[HaaT]
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