コミュニケーションは「自己表現の場」ではない
名優サミュエル・L・ジャクソンに「その“ L ”は必要なんですか?」と尋ねて打ち解けるなど、どんな大物とも臆せず話し、おもしろいエピソードを引き出していく“よっぴー”こと吉田尚記さん。ラジオパーソナリティとして多忙を極める一方で、マンガ・アニメ・アイドル文化にも精通し、さまざまなイベントの司会進行としても大活躍しています。
そんな吉田さんの仕事ぶりからは信じられないことですが、ご自身曰くかつては話すのも聞くのも苦手な“コミュ障”で、 コミュニケーションを取ることに苦手意識を感じていたそう。可能なら会話から逃げたい、つまらない人間だと思われるのが怖い……そう思っていたのにアナウンサーになってしまい、20年をかけて克服してきたと話します。
「コミュニケーションが怖いという思いの裏には、『自分が変だと思われたくない』という気持ちがありました。でも、人にどう思われるかって、自分ではコントロールできない。相手は自己表現した通りに理解はしてくれませんから。多くの人が誤解していますが、コミュニケーションは自己表現の場ではないんです」
「対戦型」ではなく「協力型」のゲーム
吉田さんが考えるコミュニケーションとは、みんなで力を合わせてクリアする「協力型」のゲーム。けっして「対戦型」ではありません。
「自分を表現できた方が勝ちとか、相手に一目置かせたら勝ち、ではない。相手と一緒にいるあいだに一度も“気まずさ”が訪れなかったら勝ちというシンプルなゲームです。じつはラジオってそういうふうにできているんですよ」
ラジオの仕事を通して、会話は「こんな話をしたい」という狙い通りに進めるよりも、思いがけない方向に転んだほうが面白いことを学んだと吉田さん。
「もちろんラジオパーソナリティとして、そこでいろいろな手練手管を使うということはありますが、一般の人ならそんなことは気にしなくてもいいわけで。相手を楽しませようなんて思わなくていいんです。会話を“気まずさを排除していくゲーム”だと考えると、一番簡単なのは相手に喋ってもらうことです」
聞き上手とは質問上手。では上手な質問とは?
アナウンサーになりたての頃は、ゲストから「絡みづらい」とクレームが続出。現場のディレクターに「もっと聞き上手になれ」と言われるたびに、吉田さんは疑問を感じていたといいます。
「しゃべり上手なら練習できるけど、ただ聞くだけで相手が話してくれるなんて、もう超能力じゃないですか。では何が“聞き上手”なのかと考えたときに、それって“質問上手”なんじゃないかと気づいたんです」
「聞く」のではなく「質問」が大事。そう考えると、“良い質問”をしなくてはと逆に気負ってしまいそうですが……。
「それは“良い質問”の定義が僕とは違うかもしれません。僕にとって良い質問とは、相手がしゃべりやすいかどうか。たとえば村上春樹さんにお会いできたとして『文学とは何ですか』なんて聞いたら、きっとすごく答えづらいですよね。
そんなんじゃなくて、『今日のお昼はなにを食べましたか?』でいい。相手が答えやすい質問を積み重ねた先にあるものの方が、『文学とは』みたいな質問よりも全然いい話だったりする。そういうことはむちゃくちゃ多いです」
嫌われたくない、良い質問をしたい。そんな欲や守りの姿勢はいったん忘れて、相手が気軽に話せる「答えやすい質問」を続けるのがポイント。
著書では会話を動物のグルーミング(毛づくろい)に例えた箇所がありますが、雑談も親近感を示す行動のひとつと捉えれば、“難しい”というイメージがかなり変わる気がします。
今すぐ使える!会話がラクになる3つの武器
とはいえ「丸腰では闘いの場に出られない」とおびえてしまうのが自称“コミュ障”というもの。本書で紹介される24の武器(テクニック)のなかから、今すぐ使えるおすすめの3つを教えてもらいました。
1.自己紹介は「貢献+弱点」で決まり
「これはアドラー心理学の研究者、向後千春先生と考えたもので、自己紹介の完成形といえる自信作です。
ポイントは“共同体への貢献”をアピールすること。『音楽なら詳しいです』と言うとマウントのように聞こえますが、『家に何千枚もレコードがあるから、どんな人にもぴったりの1枚を選べます』と言えば、共同体に貢献できる能力として受け取られます。
そこにひと言、みんなが親しみを持てる弱点を加える。『だけどレコードが多すぎて、家は足の踏み場がありません!』とかね。
貢献と弱点は、きれいにつながっていなくてもいいんですよ。『超おいしいポテトサラダが作れますが、100メートル走は20秒かかります』とか……ラジオのゲストがそんなふうに自己紹介してくれたら、僕も『やりやすいなぁー』とうれしくなります」
2.最強の相づち「えっ?」「あっ!」を使いこなす
「会話において、びっくりされると人間はしゃべりやすくなります。その気になればたいてい何でも驚けますから(笑)、出し惜しみせず驚きのリアクションをしてみてください。
逆にマニュアルの会話が続かないのは、相手がびっくりしないから。オンラインのコミュニケーションも反応に時間差ができて、リアクションがかんばしくなくなるので、みんな楽しくないんですよね。オンラインではできるだけ身振り手振りで、大きめのリアクションをしてあげましょう」
3.「WHY(なぜ)」ではなく「HOW(どうやって)」を聞く
「『おすすめの本は何ですか?』と聞かれると答えづらいけど、『自分の本棚にある本を端から思い出してください』ならスムーズに話せる。人間ってそういうところがありますよね。
だから、質問するとき『なぜ?』と聞くのは60点。それよりも『いつ、どうやって、どんな理由で……』といったHOWを聞くのがおすすめ。相手はすごく答えやすくなります」
コミュニケーションがつらいと感じるのは、「本当はコミュニケーションに価値を感じているから、とも言える」と吉田さん。
「大事に感じているからこそ、失敗が怖いし、傷つくのが苦痛なんですよね。でも、こんなふうに新しい武器やアイテムがあれば、ちょっと使ってみたくなるでしょう?
この本の狙いはそこです。コミュニケーションのゲームは、1回やるだけでログインボーナスが手に入ります。やればやるほど経験値がたまるし、損といえば“ちょっと疲れること”くらい。あとはもう、いいことばっかりですよ」
勇気を出して話しかけ、失敗してもへこまない。それを繰り返していくうちに、「変だと思われたくない」という気持ちは少しずつ消えていくと吉田さん。
頭が真っ白になったときは、吉田さんが鍛え上げた武器が力になってくれるはず。本書を手に、ぜひ会話というゲームにチャレンジしてみてください。
元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書
1,650円
吉田尚記(よしだ・ひさのり)さん
1975年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。ニッポン放送アナウンサー。ラジオ番組でのパーソナリティのほか、テレビ番組やイベントでの司会進行など幅広く活躍。またマンガ、アニメ、アイドル、デジタル関係に精通し、「マンガ大賞」発起人となるなど、アナウンサーの枠にとらわれず活動を続けている。2012年に第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。『元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書』(アスコム)ほか著書多数。Twitter
撮影/キム・アルム 、取材・文/田邉愛理