臨床心理士の市川佳居さんに、新型コロナウイルスによるストレスとの向き合い方を聞く短期連載。前編に続き中編では、男女の価値観の違いがもたらすトラブルや、その対処法についてうかがいました。
パートナーが不安を増大させる?
新型コロナウイルスによるメンタルヘルスの不調を防ぐため、カウンセリングを通して多くの人と向き合ってきたという市川さん。パートナーと一緒に暮らしている男女の間では、感染防止のための「在宅ストレス」が、いさかいのきっかけになっていると話します。
市川さん :
パートナーと一緒にいる時間が増えたことで「不安が増す」というのは、女性からの相談でよくあるケースです。
米国ニューヨークに本拠地を置く非営利団体「Global Women 4 Wellbeing」の調査によると、女性は外で働いていてもいなくても、「家では自分がtake careしなくてはいけない」という役割責任感を持ちやすいといいます。パートナーや子どもの健康も、自分がケアしなくてはという意識が強いため、感染への不安も大きくなってしまうんですね。
しかし男性には、そうした女性の心配が伝わりづらく、女性から見ると危機感が足りない、おおらかすぎると感じられることも。それがケンカの原因になってしまうんです。
男女の衛生観念がすれ違うワケ
お互いの温度差がとくに表れやすいのが、感染を防ぐための衛生観念です。パートナーの手洗いやうがいが適当だと、「私や家族にうつしてもいいの?」とイライラする。家にいようと言っているのに、以前と同じように外出してしまう……。こういったすれ違いが男女間で起こる場合は、ひとつ知っておくといいことがあると市川さん。
市川さん :
こういうと怒る人もいるかもしれませんが、人間の生存本能の一部は、原始時代から変わっていないという説があります。
かつて、男性は狩りをして獲物をとってくる、女性は食糧を保存して生き抜くすべを考える、という役割分担がありました。その本能は今もある程度残っているのか、男性は外に出る危険をいとわないかわりに、感染への不安もあまり感じない人が多いように思います。もちろん人によって違いはありますので、一概には言えませんが……。
相手がとくに大雑把なときは、「そういう歴史のせいかも」と捉えてみると、少しイライラがおさまるかもしれません。
「パフォーマンス不安」を刺激してはいけない
男性が女性をイライラさせるポイントがあるように、女性が刺激しがちな男性の弱点もあるようです。
市川さん :
男性は女性よりも「Performance Anxiety(パフォーマンス不安)」を感じやすいと言われています。
自分がうまくできるかどうか、うまくできたかどうかを過剰に心配してしまう症状で、主に「母親の期待を満たしているか」という子ども時代の不安に端を発しているといわれます。女性にもあるのですが、女性は成長とともに克服する人が多いのに対し、男性は抱え続ける傾向があるようです。
自分は社会的にどんな存在か、家族を養える人間か、といった不安や恐怖が、こんな状況だからこそ大きくなっている場合があります。現在は新型コロナウイルスの影響による経済の悪化で、共働きであっても家庭を支えていく不安を感じている人が多いので、そこを刺激しないようにすることは大切です。
危機的状況のときほど、パートナーからのあたたかい言葉や信頼感が力になると市川さん。お互いに“褒めて褒めて褒めちぎる”くらいの余裕を持つと、関係性が改善すると語ります。
メンタルコントロールのコツ
新型コロナウイルスによる不安、心配、悩みが尽きない今、行き場のない思いはささいなことで怒りに変わるもの。ケンカによるトラブルを避ける方法など、メンタルコントロールのコツを教えていただきました。
1.相手がイライラしているとき
「何かが起こっているな」と傍観する感覚でスルーしましょう。自分のせいかもしれないと考えるとストレスになります。相手も大人なのだから、言いたいことがあるなら相手から言うべき。対処法は言われてから考えましょう。
2.自分がイライラしているとき
体があつくなったり、頭がキーンとする感覚があれば、怒りによって自律神経のなかの交感神経が優位になって、心拍数と血圧が上がっているということです。そのときは行動しないこと、相手の言葉や態度にその場で反応しないことが、人間関係を守ることにつながります。
まずは、心のなかで1から10までカウントダウン。相手からは聞いているように見えるし、感情的に言い返す危険が減ります。解決すべきことがある場合は、時間や場所を変えて話し合いましょう。もしもキレてしまったら、くよくよしないこと。多くの場合、自分が気にするほど相手は気にしていなかったりします。
3.相手が落ち込んでいるとき
可能であれば「どうしたの?」「うんうん、それで?」「ええ! そうなんだ……」といった相づちを打ちながら、相手の気持ちを引き出してあげましょう。
あとは、メンタルよりも体のケアが重要。運動と栄養と睡眠のバランスが整えば、自律神経が整い鬱状態になりにくくなります。お互いに対し、この3つをケアしあうことを心がけましょう。
4.自分が落ち込んでいるとき
人によって、新型コロナウイルスへの不安をどう捉えるかは大きく違います。自分の対処能力を超えるほど不安を強く感じてしまう人は、それがいろいろな心身の症状に出たり、人間関係を傷つけたりすることもあります。
不安を和らげるコツは、その不安を自分や家族の健康を守るために「利用」すると考えて、自分でできる範囲内のことをすること。自分が今できることにフォーカスすることが、困難な状況を乗り越えるカギになります。
今にフォーカスする訓練として、マインドフルネスや瞑想も効果的だと市川さん。YouTubeなどでヨガや太極拳といった自律神経が整うワークアウトをしたり、ゆったりした音楽を聴きながら、呼吸法を1日5分行ったりするだけでも効果があるといいます。コロナへの不安や、パートナーの落ち込みの影響も受けにくくなり、自分がキレることも防げます。
臨床心理士の市川佳居さんに聞く、新型コロナウイルスによるストレスとの向き合い方。最終回は「在宅勤務のコミュニケーション実践編」をお届けします。
前編はこちら
全員がストレスで倒れてもおかしくない。「コロナ鬱」のサインは意外な症状
市川佳居(いちかわ・かおる)さん
臨床心理士・公認心理師。医学博士。一般社団法人 国際EAP協会 日本支部 理事長。大学卒業後、米国メリーランド州立大学大学院に留学、米国ソーシャルワークの資格を取得後帰国し、モトローラ社にてEAPの普及に努め、日本を含むアジア12か国に立ち上げる。2017年レジリエ研究所開設。国内初のCEAP(国際EAP協会認定EAPコンサルタント)として、日本およびアジア地域おけるEAP、働く人のメンタルヘルスのパイオニア。
取材・文/田邉愛理、企画・構成/寺田佳織(マイロハス編集部)、image via shutterstock
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