社会の閉塞感から、心が縮こまりがちになる昨今。気持ちをラクにするにはどうすれば?
前回は、不安に揺さぶられる心の処方箋として、体の感覚を感じる「集中瞑想」の方法を、医学博士で早稲田大学人間科学学術院教授の熊野宏昭(くまの・ひろあき)先生に教えてもらいました。今回は、もう一歩進んで、心を自由にしてラクになる瞑想法を学びます。
私たちは「心の目」で思考や感情を観察している
現実がお留守になっている状態から抜け出すには「心を閉じない、呑み込まれない」ことが大切、と熊野先生。だから、身の回りで起こっていることを受け止め、今ここを感じる能力を高めることが必要になっていきます。
熊野先生 :
身の回りで起こる出来事には2種類あるのはご存知ですか?
ひとつは、外の世界で起こる「公的出来事」。もうひとつは、思考や記憶、感情など私的環境の中で起こる「私的出来事」。前者は目で見えますが、後者は心の目で見えます。私たちは「私的出来事」も観察することができるんです。
若山さん :
ここにりんごがあれば、一緒にいる人も同じように見ることができるけれども、空腹だとか、体が痛いという体の内部で起こっていることは自分の目で見ることができる、ということですね。
熊野先生 :
心の目は、私的環境内で起きたいろいろな出来事に気づいて、「今、自分はこういうことを考えているぞ」「今、こういう痛みがあるぞ」というように、自分に報告しています。この報告するという行為は、練習するとどんどん上手になるんですよ。
体験していることに気づきをむけて、観察して、それを言葉にして報告する。そういう一連の動きが自己の中で行われている、と熊野先生は言います(これを「プロセスとしての自己」と言います)。この能力を鍛えれば、起こっている状態や変化に繊細に気づけるようになるのだそうです。
集中ではなく、注意を分割しよう
image via Gettyimages熊野先生 :
ところで、マインドフルネスとは集中力を高めることではない、ということは知っていますか?
若山さん :
えっ、違うんですか?
熊野先生 :
たとえば、舞台俳優は物語の内容や他の役者の動き、観客の反応などを全部感じた上で演技をしています。そのように全体を感じ取って自分が動くことを「文脈としての自己」(もしくは「場としての自己」)と言います。
さきほど触れた「プロセスとしての自己」と「文脈としての自己」の両方があって初めて、場を全体で捉えた上でひとつひとつに気づいて自分に報告することができるようになるんです。
自分の体験が起きている場の全体を捉えるためには、視野が広がっていないといけません。そして、いろいろなところに気を配らないと全体を捉えることはできません。つまり、「注意を集中」ではなく「注意を分散」させる必要があると熊野先生は話します。
若山さん :
マインドフルネスでは「気を配る力」や「注意を分割する力」が必要なんですね! 気を配ることは木を見る、注意を分割することは森全体を見るような感じにも似ていますね。
気づいていることに気づく
熊野先生 :
マインドフルネスというと、思考はいけない、とにかく考えないと思われがちですが、そうではないのです。「気がついていることに気がつく」。これこそ、人間だけが発達させた一番大事な能力なんですよ。
若山さん :
瞑想って何の思考も浮かんでこないのがよいと思っていましたが、そうではないのですね。
この能力が発達すると、より場の全体が俯瞰的に捉えられ、目先の感情に振り回された無意識的な行動が少なくなると熊野先生。
例えば、何か気に障ることを言われた時、いつもだったらカッとなって口答えしてしまう。しかし、その反応パターンに気がつけば、それを止めて抜け出すことができます。
熊野先生 :
目先の反応パターンから抜け出せば、その時、大きく視野を広げて、今、自分はどう生きればいいのかを前向きに選べるようになります。その能力を高める練習をしてみましょう。
観察瞑想のレッスン
image via Gettyimages前回練習した「集中瞑想」を少し行なってから、注意を分割する「観察瞑想」へとつなげていきます。
最初に集中瞑想を行います
背筋をまっすぐに、体全体の力は軽く抜いて座ります。(床に足を組んで座っても、椅子に座っても大丈夫)。目は閉じても開けても、落ち着く方を選んでください。そして呼吸に伴う体の感覚に注意を向けます。
息が入ってくるときに「ふくらみ、ふくらみ」息を吐くときに「縮み、縮み」と頭の中で声をかけます。何か他の思考や感情、体の感覚に注意が向かったら、それを一度感じきって「戻ります」と言って呼吸に戻ります。
3分ほど続けてみましょう。
次に観察瞑想に入ります
注意をフォーカスする範囲を少しずつ広げて、自分が体験していること全体を感じてみましょう。
まず、体全体で呼吸している感覚を持ってみましょう。体全体を感じながら呼吸をすると、体のいろいろな場所で、何らかの感覚があるかもしれません。
息が入ってくると体全体に息が流れるのを感じながら「ふくらみ、ふくらみ」、息を吐くときは、体全体から息が流れ出すのを感じながら「縮み、縮み」と声をかけます。
次は外の音にも注意を向けます。
空調の音や車の音、風の音、人の話し声など、音が聞こえてきたら、聞こえてきた音を感じつつ、体全体で呼吸を感じながら、今までよりも小さな声で「ふくらみ、ふくらみ」「縮み、縮み」と続けます。
何か雑念が浮かんできたら、これまでのように「戻ります」とはせず、雑念も音のひとつであるかのように、辺りに漂わせておきます。
体全体、まわりの音、雑念などの思考、そういったものすべてに意識を向けていきます。
3~4分この瞑想を続けます。
戻るときはまぶたが目の上にかぶさっている感覚に注意を向けて、それを感じながらゆっくりと目を開けてまわりを見渡すようにしてください。
マインドフルネスを身につけるには実践を重ねて行くことが、とても重要。ちょうど芸道や武道、運動などと同じように、まず型や技を意図的に努力してまず習得し、だんだんと自然なものになっていきます。
熊野先生 :
ストレスに負けないためのキーワードは、「力まず」「避けず」「妄想せず」の3つ。マインドフルネスを身につけるには、実践を重ねることが重要です。これからの厳しい世界を生き抜いていくために、ぜひやってみてください。
自宅で自分を見つめる時間が多くなっている今だからこそ、マインドフルネスに挑戦を。少しの時間を見つけてコツコツと、しなやかで自由な心を作っていきましょう。
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熊野宏昭(くまの・ひろあき)先生
1960年、石川県生まれ。東京大学医学部卒。医学博士。臨床心理士。現在早稲田大学人間科学学術院教授・応用脳科学研究所所長。マインドフルネスやアクセプタンスなどの技法を含む「新世代の認知行動療法」について、とくに医療場面で短期間で大きな効果を挙げることを目指した研究を行っている。臨床面ではパニック障害、軽症うつ病、摂食障害、心身症などを対象に、薬物療法や面接治療に加え、認知・行動療法、アクセプタンス& コミットメント・セラピー(ACT)、マインドフルネスなどの行動医学的技法を用いている。『実践! マインドフルネス』(サンガ)ほか著書多数。
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