人間の性欲は、一体どんなメカニズムで起きるのか。そして、性別によって性欲に違いはあるのでしょうか。メディアでも活躍中の産婦人科医・宋美玄(そん・みひょん)先生に聞きました。
性欲のメカニズム、人間と動物はどう違う?
女性の体や性と真摯に向き合い、いつも飾らない言葉で医学的に正しい情報を教えてくれる宋先生。人間の性欲について考えるなら、まずは動物と比較してみるといいと話します。
基本的に動物の場合、性欲はホルモンによって起こります。性欲があるのは発情期だけで、他の時期に交尾することはありません。
「人間の性欲を司るのも、テストステロンという男性ホルモンです。
コンドームブランドのサガミオリジナルのデータや、高齢者の性に詳しい荒木乳根子先生の調査では、全年代で女性よりも男性のほうが性欲が強いという結果が出ています。
男性ホルモンの働きを考えれば、これは当然の結果です」(宋先生)
男性の場合、テストステロン値は朝のほうが高い傾向にありますが、日によって大きな波があるわけではありません。
いっぽう女性は排卵期になるとテストステロン値が少し高まるため、生理周期によって性欲の度合いが変わることも。生殖という観点からは理にかなった仕組みです。
人間は本能だけではセックスできない
「ただし人間は、ホルモンだけではセックスできないという特徴があります。女性だって排卵日にだけセックスしたいわけではありませんよね。要は男女ともそうだと思うのですが、誰とでもしたいわけじゃない。
食欲・睡眠欲・性欲の三大欲求を司るのは、脳の大脳皮質です。
動物は人間ほど大脳が発達していないため、体の仕組みとして性欲がきます。しかし人間の性欲は、環境やメンタルなど、大脳皮質に影響を与えるさまざまな要素に左右されます」(宋先生)
宋先生いわく「人間はムラムラしても、本能だけではセックスできない生き物」。つまり、セックスの“ハウツー”は各々が学習し習得するというわけです。また、本能だけで適切なセックスができるなら、AVを真似した行為がこれほど広がる事態にはならないでしょう。
自分の性欲のスイッチを知り、パートナーと充実したセックスをするためには、学習して性的に成熟する必要があるのです。
人間の性欲はそれほど複雑で、動物のように「これが正体だ」とは言い切れないと話す宋先生。したいときもしたくないときも、自分ではなかなかコントロールできないのも納得です。
「性欲が満たされる」ってどういう状態?
とはいえ生殖を目的としない性欲は、人間の専売特許というわけではありません。
高度な知能を持つ、ヒト科チンパンジー属に分類される霊長類の“ボノボ”はマスターベーションをするし、動物の同性愛も確認されていると宋先生はいいます。
それでは、生殖を主な目的としない性欲のゴールはどこにあるのでしょう。たとえば男性の場合は、射精なのでしょうか?
「男性も女性もオーガズムに達したいという気持ちはあるでしょう。ただ男性の性欲が射精欲かといわれると、そうではないと思います。
性欲と、他人とセックスしたいという欲望は別だと思うんですよ。単純にオーガズムに達したいならマスターベーションでいい。でもそうじゃない。他者と行為を共有したいという欲求ですよね。
そのゴールは、人によって違うと言うしかない。性教育ではセックスは愛情表現だといわれますが、愛情がなくてもできる男女はたくさんいます。子どもを作るためだけという人もいる。目的は、本当にさまざまなんです」(宋先生)
パートナーシップとセックスは関係ない
良好なパートナーシップという観点から考えると、相手に愛情を前提とした性欲を抱くことは、その基本だという意見も多いかもしれません。しかしそれは、一面的な見方かもしれないと宋先生。
「生物学的には、性欲はパートナーシップを保つためにメカニズムされているわけではありません。若く健康な時期に、子どもを産むためにあるわけですからね。
しかし今の社会では、晩婚や高齢出産が増えています。セックスではなく体外受精で子どもを授かるカップルもたくさんいます。
性欲は人それぞれ。したくなければセックスしなくていいし、お互いにしたければすればいい。性欲が少ないから異常とか、そういうことは別にないわけです」(宋先生)
セックスしたほうがえらい、性欲はあるのが普通だなんて、“よくある勘違い”だと宋先生。「そんなに単純なものではないですよ」と明るく笑い飛ばす姿に、性欲に対する固定観念が吹き飛んでいく気がしました。
産婦人科医・宋美玄先生に聞く「性欲のメカニズム」。後編では男女の性欲の違いをさらに掘り下げ、女性と性欲に関する噂についてなど、気になるあれこれをうかがっていきます。
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宋美玄(そん・みひょん)先生
兵庫県神戸市生まれ。2001年大阪大学医学部医学科卒業、産婦人科専門医、医学博士。現在は東京都千代田区にある「丸の内の森レディースクリニック」院長。産婦人科の臨床医を務める傍ら、テレビや雑誌、講演などで、セックス、女性の性や妊娠・出産などについての啓発活動を行っている。『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』(ブックマン社)など著書多数。
企画・構成/寺田佳織(マイロハス編集部)、image via shutterstock