平山先生(以下平山) 今日は楽しみにしてきました。雑誌を拝見していて、清水さんのスタイリングがすごく格好いいなと感じていたんですよ。嬉しいです。
清水さん(以下清水) ありがとうございます。インポートの服を扱う機会が多いのですが、どうしても日本人と欧米人のボディの差を感じてしまうんですよね。今日はそんなもやもやを解き明かすべく、お邪魔しました。
平山 スタイリストとしてお仕事されるときは、モデルが外国人の場合も日本人の場合もあるわけですよね?
清水 はい。モデルに服を着せるときはもちろんなのですが、海外のコレクションを見ると特に差が顕著ですよね。トップモデルがランウェイを歩いているのを見ると、パンサーのような、しなやかな筋肉の動きに、ケモノ感、素敵〜と感動するんです。
平山 日本だとモデルは痩せている子がほとんどだけれど、欧米ではそうじゃないものね。特に最近はガリガリに痩せた子が批判される傾向にもあるし。
清水 年々その傾向は強くなってきていますね。ジジ・ハディットのように、今は一流モデルほどしなやかな筋肉がついていて、ボディに立体感があるんですよね。同じ服でも、筋肉があるとないとではこんなに見え方が違うのだと日々実感させられます。
Gigi Hadidさん(@gigihadid)がシェアした投稿 - 2017 3月 28 6:47午前 PDT
平山 それで、清水さんも鍛え始めたんですね。今日のドレスもすごくキレイに着こなしている。
清水 ハイテンションですいません(笑) 。ありがとうございます。この夏は、アシンメトリーや、ベアなな肌見せがトレンドですが、筋肉の有る無しで、着映えが違う服でもあるかなと。 筋肉にハマって、自分でも鍛えつつ、ファッションと筋肉の関係性に興味津々です。
平山 ただ、そんな清水さんに、"筋肉"の問題はもっと深いところに根っこがあるんだというお話をしたいですね。
筋肉の違いは、"背中"こそが鍵に清水 ずっと感じていたのですが、服を着こなせるかどうかは筋肉にかかっている......と思っているのですが、もっと根が深い?
平山 そうなんだよね。たとえばバレエひとつとっても、その違いははっきりわかるの。日本人は一生懸命に"腕"を動かしている。ところが、欧米の一流プリンシパルは腕を"肩甲骨から"動かすから、腕がぐっと長く見えるし動きもしなやか。バレリーナでもスポーツ選手でもモデルでも、いや、一般の人でも"一流は背中が使える"というのが僕の持論。
清水 "背中"ですか! 確かに背中が使えているモデルは、ドレスを着せたときに映えるなという実感があります。
Alessandra Ambrosioさん(@alessandraambrosio)がシェアした投稿 - 2017 4月 19 5:32午後 PDT
平山 そうでしょ? トップフォトグラファーのレスリー・キー(シンガポール育ち)にその話をしたときも、「日本人は背中が使えないから仕方ないよ」って言っていた。
清水 背中に意識がないと、存在感が薄くなるんですよね。この"背中が使えない"はモデルに限らず、日本人全般に言えることですが。どうしてこんな差が生まれてしまったのかしら......。
平山 そこでポイントになるのが民族差であり、文化の差なんだ。大きく分けるとアングロサクソンは狩猟民族だよね?
清水 はい。そして日本人は農耕民族に分けられますよね。
平山 そこがポイントなの。狩猟民族は"背中の民族"なんだよ。矢を射るような背中を使う動作が多いし、移動が前提になるからフットワークが軽い。そういう西洋人と比較すると、日本人は"前の民族"であり"手の民族"なの。
清水 なるほど! よく日本人は手先が器用と言われますが、それにも一理あるんですね。
平山 そう。しかも、そういう体の使い方は思考にも影響するんですよ。日本だとたとえば「足切り」とか「地に足がついていない」「足蹴にする」など、足にまつわる表現はネガティブなものが多いでしょ。
清水 あっ。そうかも! 手は「上手」とか「手のこんだ」とか、肯定的な表現に使われますよね。
平山 フットワークの軽さを良しとしてきたアングロサクソンと、大地にしっかり根付いて暮らしてきた日本人。体の使い方が違って当然だし、それが顕著に現れるのが背中なんですよ。たとえば包丁やノコギリも、日本では「引く」し、西洋では「押して切る」でしょ。ノコギリの目はそんな体の使い方に即して作られているから、西洋人に日本のノコギリを使わせたら「これは切れないじゃないか」と言われたよ。
清水 面白い! 出力の仕方が違うから、それに合わせて道具の作りが違うんですね。
平山 西洋のノコギリは、体重をかけて背中で押すようにすると切れる仕組みなの。そうやって、日々背中を無意識に使えている民族なんだよね。
西洋の洋服を、知恵と工夫で着こなす清水 そんな西洋人の体の仕組みに合わせて作られているのだから、私たち日本人が洋服を着こなすのが難しいのは、ある種当然とも言えますね。だからこそ、先生のおっしゃる"背中"の筋肉の使い方を覚えて、活性化することが格好いい服の着こなしにつながると思うのですが。
平山 確かに、背中への意識があれば着こなしが変わってくるだろうね。日本は力で勝てない分、知恵や技でカバーしてきた文化があるから。
清水 柔道や合気道などは、まさにその典型ですよね。
平山 そう。関節を効率よく使うことで、小さなパワーでも大きな力に変えてしまうでしょ。洋服の着こなしでも、そんな知恵があるといいよね。
清水 今のファッションは、西洋の文化の文脈から生まれていますよね。西洋のふんどしで 相撲を取らなきゃいけない。でも、そこに乗っかって、楽しむ方法はたくさんあると思うんです。
平山 中国なんかはそういう"西洋のふんどし"に乗るのがうまいよね。たとえば中国の超エリート校・清華大学に、モデル育成のコースがある。日本人もクリエイティビティが高いのだから、そうやって乗っかる知恵が欲しいよね。
清水 それに、東洋的なカルチャーが西洋から注目されている部分もあります。たとえば今のバレンシアガは、"東欧的なナードな感じ"をうまく取り入れつつ、圧倒的な技術、デザイン力でハイモードに、してますね。すごく戦略的にも練れているから、話題性も着たときの、説得力も美しさもある。
平山 とはいえ、そういう服は着る人を選ぶんじゃない? 着る側に使いこなす感覚が要求される。
清水 そうなんです! 服はある意味劇場で、どこを見せるか、自分の弱点は何なのか知っていないとこなせないんですよ。そのためにもいい筋肉が必要だなと日々痛感しているんです。
平山 清水さんのスタイリングは、本能的に動いた時の美しさを捉えているんだなと感じます。 だからきちんと体幹の意識があると、着こなせるんでしょうね。きちんと体幹の意識がないと着られない。
清水 そうなんです。動きのキレがいいと、着映えって違うんですよ。
「お尻は2つ」という意識の重要性清水 では、実際に"背中を使う"にはどうしたらいいのでしょう? いきなり背筋を鍛えろといっても難しいですよね。
平山 それにはまず、「座骨で座る感覚」をマスターしてほしいんだ。
清水 座骨! よくヨガなどで「座骨を立てて座って」というアレですね。
平山 そう。座骨で座るという感覚が、日本人にはないんだよね。それがすべての元凶。骨盤にフレキシビリティがなくなっちゃうの。
清水 西洋人のほうがお尻がキュッと上がっていますが、その違いも座骨ゆえ...?
平山 その通り! 西洋人の骨盤が前傾しているのに対して、日本人の骨盤は後傾しているでしょ? だから座骨に乗れないし、土台が安定しないから背中がうまく使えない。
清水 背中が使えないという問題の根っこは、骨盤まわりにあったんですね。
平山 しかも、骨盤が後傾していると、脚も太くなるしお腹も出てくる。
清水 そうなんですか? 体は薄いわりに、日本人は脚が張っていると気になっていましたが......
平山 もともと人間は四足歩行だったけれど、二足歩行するようになったでしょ。だから関節が二足歩行に適した作りになってないの。それなのに骨盤を後傾させると(と骨格標本を見せる)、股関節のジョイント部分が抜けやすくなる。
清水 本当! 股関節って、こんなゆるい作りなんですね。
平山 ジョイント部分の4割は開いてるの。だから、骨盤が後傾していると、抜けないように太ももを緊張させ、固めて歩くしかないんだよね。
清水 このムダな緊張がなければ、脚がすらりとしてきますよね。日本人にもできますか?
平山 もちろん! そのためにも、骨盤と股関節をきちんと動かすこと。
清水 といっても素人にはなかなか難しいですが......
平山 まずは、骨盤が後傾していること、動きが悪いことを理解するのがスタートだね。それから、「お尻は2つ」という意識をもつこと!
清水 「お尻は2つ」ですか! 確かに、そんな意識ないかも。
平山 さっきも話した「座骨に座る」だけど、座骨は2つあるでしょ。骨盤の可動域を広くするためにも、「お尻が2つなのだ」という意識からスタートしないとね。
清水 2つのお尻、ひいては座骨を意識するためにおすすめの方法はありますか?
平山 たとえば、平らな椅子に腰掛けて「お尻で歩く」をやってみて。もしあればバランスディスクに乗るのもオススメだけれど、沈まない平らな椅子でも大丈夫。
清水 こう座って...(やってみる)"その場歩き"的なイメージといいますか、お尻で前に進んで、ちょっと後ろに戻って......を繰り返すわけですね。
平山 そうそう、その調子。
清水 (1分ほど続けて)なるほど! 骨盤が喜んでる!! 「お尻が2つ」というのがよくわかります!
平山 そうでしょ? これを3分くらいやってから立ち上がってみて。
清水 うわっ! すうっとラクに立てます。
平山 しかも、歩き方がキレイ。自然とモデルのウォーキングみたいになる。
清水 全然違いますね。体重を前に移動するだけだから、ムダな力が入らずに歩けます。骨盤で歩く意識が芽生える感じ。
平山 骨盤に乗る、という感じがわかるでしょ? それなら格好いいし、服の見え方も顔の表情も変わる。ついでに言うと、バランスディスクで座骨や骨盤の意識を変えただけで、バストが2サイズ変わった人もいるほど。
清水 そんなに! 土台である骨盤が変わると、上半身まで変化するんですね。
体を知り、服を読む。だから着こなせるように清水 こうやって歩き方が変わると、着たい服も変わってきますよね。
平山 そう。無理だと思っていた服も着こなせるようになる。清水さんはトレーニングでキレイな筋肉がついているけれど、それでもこんなに変わるんだから。一般の人が骨盤の意識を高めたら、俄然モテるようになるよ(笑)
清水 モテ、、筋肉の現生利益ですね。気持ちよく歩いていて思ったのですが、身体がきちんと動いて歩けると、例えばアルマーニのような、柔らかい仕立ての、生地の揺れ感で
魅せる服を着たくなりますね。
平山 肩パットが入った、ビシッとした服ね。
清水 アルマーニは、ファッションの世界に入る前は、医療の経験もあって、解剖学的に人間の身体をとらえているんですよね。そこから生まれた、肩パッドは人間の身体を理解しないと生まれない、"奇跡の肩パッド"なんですよね。それがあって、薄くて柔らかい生地の揺れ感が、人間の動きや筋肉を綺麗にひきたてるんです。ある意味筋肉のための服と言えるかも。本人も鍛えてますしね〜。あ、そう考えると、筋トレのご褒美はアルマーニ、と言えますね!
平山 肩や背中が硬いままではキレイじゃないんだね。
清水 そうなんです。私、いつも「服を読むことが重要」と言っているんですが、服にはそれぞれメッセージがあるんです。
平山 メッセージ? こんな人に着てほしい、といったような?
清水 はい。服の見せどころや個性があり、それが着る側の個性と共鳴すると最も美しくなるんだ、と。「服を読む」作業をすると、自分の個性も生きてくるんですよ。
平山 ただし、それには「自分の個性」をしっかり出せる体じゃないとね。背中のおかしな緊張が抜ければ、服が美しく揺れ始める。
清水 せっかくの服を生かし、いわば「モトがとれる」ためにも、体を理解して上手に使うこと。それが大切ですね!
取材写真/ 高村 瑞穂
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平山昌弘(ひらやままさひろ)先生
フィジカルディレクター/フィジカルトレーナー。STUDiO PiVOT 代表。旧ユーゴスラビア・ナショナルスキーチームのトレーナーをつとめるなど、プロスポーツ選手のトレーニングや女優、タレント、モデルのトレーニング、コンサルタントに携わる。日本人と欧米人の構造の違いを解剖学的な観点から見つめた分析には特に定評が。『魅せるカラダ』(KKベストセラーズ)など著書多数。
清水久美子(しみずくみこ)さんスタイリスト、ファッションディレクター。ラグジュアリー雑誌や広告で活躍中。クリエイティブディレクターとして商品企画やファッションにまつわる講演なども多数手がける。エレガントな王道のおしゃれにモダンさを加えたみずみずしいスタイリングには多くのファンが。年齢を重ねても美しく、さらに格好よく過ごすための着こなしを提案し続けているファッション界のパイオニア。