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【ネタバレ注意】「響け!ユーフォニアム 最終楽章 前編」の感想など その3

2019/06/19 23:35 投稿

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4/17に刊行された小説版の新刊
「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、決意の最終楽章 前編」
を読んで気付いた事などを書き綴った記事、
その3です。

ギリッギリですが、後編の刊行前に書き終えることが出来ました。かなり慌てて書いているので、文章が変になっている所、何が言いたいのか良く分からない所、相変わらず他の方々の考察ブログに引きずられてる所等々、読みにくい点が数々あるかと思いますが、どうかご容赦頂きたいです・・・。


それから、相変わらず麗奈に対して厳しい物言いになってる箇所があるので、"その3"も、麗奈ファンの方は閲覧注意です。(だって、武田先生が麗奈をそういう風に書くんだもん・・・という言い訳)


あ、それと、立華編に関するほんのりとしたネタバレもあるので、立華編未読の方はご注意下さい。







当然ながら、以下ネタバレ注意です!


















  • 久美子の進路に対する布石はいくつか打たれてはいるものの、今から音大は現実的ではないし、教育大に進むにしても・・・
最終楽章の、吹奏楽部絡みともう一つの話の本筋として、久美子の進路と将来というものがあります。久美子は滝先生と"大人になる事"について話します。
「子供の頃の私は、大人になったら勝手に立派な人間になれると思い込んでる節があったんです。
・・・
でも、実際はそういうものでは、まったくなくて。いまの自分は、子供のころの自分の延長上にありました」
「それもなんだか怖い気がします。心は変わらないまま大人になっちゃうなんて」
「ですが、黄前さんの周りにいる大人はそうやって年を重ねてきたのだと思いますよ。自分が大人か子供かというのは、周りの環境によって決まるのだと思います。」
(一部抜粋)
この会話の直前には、教員という仕事の大変さとやりがいを滝先生が述べる場面があります。

美知恵先生との2者面談では、美知恵先生になぜ教師になったのか尋ねます。
「美知恵先生は、どうして学校の先生になろうと思ったんですか?」
「安定した職に就きたかったからだな」
「えっ、それだけですか」
「それだけだが?」
「もちろん、教師になってからいろいろと見えてきたものはある。
・・・
仕事のいいところも悪いところも、実際に働き出してから気づいたことばかりだ」
「人生なんてものは、設計図どおりにはいかないものだ」。未来を空想するのもいいが、机上で考えるよりも実際に足を踏み出したほうが得るものが多いこともある。」
20代中盤の武田先生が書いたとは思えない、大人として非常に共感できる言葉を、滝先生も美知恵先生も久美子に語り掛けます。そして美知恵先生は「やりたくない事から考えて、マイナスを減らすという方向で進路を決めるという方法もある」といって、文系の学部を久美子に勧めます。この中には"教育学部"もバッチリ入っています。
滝先生と美知恵先生は、親の次に久美子にとって身近な大人で、特に美知恵先生は担任なので、進路相談をするのは当たり前と言えば当たり前なのですが、「なぜ教師になったのか」と尋ねる生徒は少ないんじゃないでしょうか。そして、物語上で父親に仕事のことを尋ねるシーンはなく、先生二人に教師と言う職業についてそれぞれ尋ねるシーンがあるという事は、恐らく教育学部系の進路に進む伏線なのなかと思っています。
第二楽章の段階では「もしかして音大の線もあるか」と思いましたが、音大にしても教育学部の音楽専攻にしてもピアノが必須で、久美子は3年生の夏の段階でピアノの練習を一切やっていない事を考えれば、音大進学は現実的ではありません。なので、もし教育学部に進むにしても、音楽専攻ではない可能性が高いと思います。
その1で「久美子が将来の北宇治の顧問かもしれない」という事を書きました。これを読んでいる方の中には「吹奏楽部の顧問なら、音楽教員じゃなきゃだめなんじゃないか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際の吹奏楽部でも音楽教員でない先生が吹奏楽部の顧問になって指揮者としてタクトを振っている例が沢山あります。我が母校の顧問も、音楽ではなく物理の先生でしたが、コンクールも文化祭も定演も、合奏練習でも本番でも指揮を振っていました。
なので、「音楽以外の教員になった久美子が、北宇治の吹奏楽部の顧問に就く」という可能性もあるかなと思います。








  • 麗奈は高校2年間で「一人では音楽が出来ない」という事を学んだが、それゆえに今まで自分に課してきた高い基準を、ドラムメジャーの立場で部員全員に突き付け始めている。
麗奈は、特に音楽に対しては確固たる自信と論理と信念がガッチリあって、それに向かって真っすぐに突き進むキャラクターとして描かれているのですが、これは裏を返すと「自分の考えこそが正解」という視野の狭さにもつながっているように思います。確か、アニメ製作スタッフのどなたかが「麗奈は、視野の狭さこそが特別たる所以」というような事を仰っていた記憶があります。
その視野の狭さはシリーズを通して一貫してるのですが、第二楽章の感想でも書きましたが、香織先輩との係り合いの中で「一人では音楽はできない」という事を学んだことで、少しだけ視野が広がります。が、音楽に対する根本的な考え方・向き合い方は変わっていないので、今まで麗奈の中にだけ向いていた「正しい音楽」を、生徒指揮の立場に就任した事で、今度は部員全員に突き付け始めます。その麗奈には「怠けている訳でもないのに技量や上達スピードが劣る人・上役からガミガミ言われて委縮してしまう人」という、言い換えれば「弱者」の視点を持つことができません。

物語の序盤、麗奈と久美子の下校シーンでは、こんなやりとりをしています。
「人数が多いって事は、それだけオーディションの倍率が上がるってことだけどね。二年、三年でBメンバーになる子が確実に出るって事だし」
「層が厚いってそういうことでしょ。
・・・
みんな、覚悟の上で吹奏楽部を続けてるわけやし」
「それはまぁ、そうなんだけど」
「Aに入りたいなら、上手くなるしかない。あの子に負けたくない、あの枠を勝ち取りたい。そういう競争意識があったら、北宇治はより高みを目指せる」
・・・
「久美子もそう思うやろ?」
麗奈が訪ねる。肯定以外の返事を、予想すらしていない声で。
「うん、もちろん」
(一部抜粋)
麗奈の「競争意識こそが音楽において高みを目指せる」という考えが集約されています。麗奈にとってはこの考えは「正解」なので、否定などされる筈がない。だから肯定以外の返事を予想すらしない訳です。
余談ですが、物語を俯瞰で見た時、久美子の考えが「もちろん」という言葉が発せられるほど麗奈と合致しているとは思えません。しかし、久美子は音楽・吹奏楽の考え方に於いて麗奈の影響を強く受けていて、かつ今年こそは全国で金賞を獲りたいという気持ちが強いので、多少の齟齬があっても「もちろん」と言ってしまっているのだと思います。
この後、麗奈と久美子は吹奏楽部の体験入部でペットの所にきた新一年生についての話をします。
「ウチの部が強豪って知って、入るのはやめときますって言った子もいたけどね。そこまで本気でやるつもりはないし、足手まといになりそうって」
「部活って、強要するようなもんじゃないだろうし。そうやって入らないって決断する子がいるのも仕方ないね」
「やからこそ、アタシは今年の新入部員には期待してる。練習が厳しいってわかってても入部を希望してくれたってことやろ?」
「まあ、そうしてくれる子がどのくらいいるかはまだわかんないけどね」
「来るよ、絶対」
(一部抜粋)
麗奈の言葉通り、サンフェス練習ではあまりの厳しさに、ついに一年生が泣かされはじめます。
「見てる人からしたら初心者かどうかもわからんねんから、それをできひん言い訳にせんとって。ホルンの橋川さん。無理なんやったら吹こうとせんでいい。ちゃんと足合わせて。ずれたら後ろの子が危ないんやから」
「す、すみません」
「泣いててもできるようにはならんでしょ。気持ちはいいから、結果で見せて」
はい、と返事をする一年生部員の声はかすれていた。
「それと、ユーフォ。針谷さんも挙動おかしい。歩幅が小さすぎるのと、一人だけ列からはみ出してる時がある。わかってる?」
「はい、すいません」
「同じ初心者でもできてる子だっているんやから、言い訳はできんでしょ。本番は来週やねんから、いつまでも初心者気分でおられても困ります。ちゃんとやって」
そうしているうちに、すずめが久美子に1年生の集団退部があるかもと告げるに至ります。
「佳穂もそうですけど、初心者の子たちのストレスが凄いんですよ。ほら、高坂先輩って初心者でも同じようにやれーって指導するじゃないですか。あれで高坂先輩に反発するような気の強い子だったら問題ないんですけど、内気な子はどうしても自分をどんどん責めちゃうんですよねぇ」
「でも、そのパートの先輩がフォローしてるよね?」
「んー、やっぱりフォローだけじゃなんともならないんじゃないですか?怖いって一度思ったら、足がすくんじゃうだろうし。で、緊張してまた間違えるという悪循環。」
この厳しさはパートでも発揮されているようで、サンフェスの時の滝先生の挨拶の場面では、こんなシーンがあります。
「今年の演奏レベルは例年より一段と高くなっているように思います。ドラムメジャーの厳しい指導の賜物でしょうか」
麗奈が謙遜するように小さく首を横に振っている。その正面で、トランペットの一年生が激しくうなずいていた。
最初から「厳しいです」と前置きされてからペットになった1年生なので、それなりの心構えはしてたはずですが、それでもおそらく麗奈以外の上級生が1年生のフォローアップをしているにしても、同学年の吉沢ちゃんや2年生の夢の負担も結構あるんじゃないかと思います。
アンコン編でも書きましたが、麗奈は演奏で至らない点がある原因を「努力不足」としか判定できない側面があります。「出来ないのは、出来るまで努力していないからだ」という発想です。沙里も同じような事を言っていましたが、これはアンコン編でいう葉月やつばめのような「出来ない」側の人間には心理的負担が極めて大きいです。
体育館での基礎合奏のシーンに
彼女は分かっているのだ。一人では全国に行けない。
という一文が添えられているように、先述の通り「吹奏楽は一人では音楽は完成しない」という事を麗奈は香織先輩や優子部長との係り合いの中で身に染みて感じているのです。ただ、その2の"カリスマの危うさ"の所にある麗奈のセリフの引用を良く読んでみると・・・
「高校生にしては上手だね、ではアタシは満足できません。北宇治が一番上手いって言われたい。」
「アタシは勝ちたい。立華にも、龍聖にも、どの学校にも。」
コンクール直前のリハーサル室での一言の時には
「アタシにとってこれが、三度目の京都府大会です。」
と、このように部員に向かって北宇治の演奏に言及する際の主語が「アタシ」になっている箇所が前編全体を通して目立つ印象があります。
これは、凄く意地悪な見方をすれば

「アタシが全国大会で金賞を獲りたいから、あなたたち頑張りなさい」

という解釈もできてしまうように思いました。「アタシは勝ちたい」「アタシは満足できない」という言い回しは、武田先生は意図的に入れている気がします。

さらに、これは部員全員にではなく久美子との会話の中でのものですが
「でも、今年決めたことが来年、再来年の子たちにまで影響するから。アタシは滝先生のいる北宇治が、ずっと強豪であってほしいって思ってる」
というセリフもあったりします。「"滝先生のいる"北宇治が」という言い方をしています。麗奈が滝先生ラブなのはわかるんですが、個人的にどうしてもこの言葉に引っ掛かってしまいました。麗奈さん、あなたの視界の中に部員たちはどのくらい入ってますか・・・?








  • 麗奈の「普通」の浮世離れが随所で表現されているところに、生徒指揮(≒指導者)としての問題点が示唆されていて、それはもしや、将来吹奏楽部の顧問になる久美子との対比か?
序盤、新入生が多く入る為に楽器が足りなくなるかもと心配するシーンで、久美子と麗奈が楽器の購入費用について話します。
「滝先生、予算が多めに取れたら新しいチューバ買いたいって言ってたけど、結局まだ買えてないもんね」
「チューバ一台でほかの楽器何台か買えるし、まとまったお金がないと厳しいんでしょ。部費の値上げっていうのも難しいし」
・・・
「マイ楽器率が上がると助かるけど、高価な楽器はさすがにお願いしづらいよね」
「でも、子供がそれを必要とするなら、買うのが親の役目やと思うけど」
「それは麗奈の家だから言える台詞だよ」
「そう?」
「そうそう」
一般家庭において、管楽器を購入する事がどれ程の負担かが、麗奈にはピンと来ていません。
また、サンフェス前の幹部会議で進路の話になった際には、麗奈は久美子にサラッと音大を勧めます。
「・・・進路はまだ、未定かな。考えられないっていうか」
「なんも決まってないなら音大は?」
「いやいや、音大ってそんなふうに決めるような進路じゃないでしょ。」
「アタシは久美子が音楽続けてくれたらうれしいけどね」
事もなげに言う麗奈の顔を、久美子はまじまじと凝視した。
子供の頃から完全な一本道として音楽の道を突き進む麗奈にとっては、音大進学という選択肢がどれほど特別なものなのかがよく分かっていないようです。
進路希望の用紙提出後の会話でも、麗奈は久美子に音大受験を勧めます。その過程で、久美子は麗奈に問います。
「なんでプロになりたいって思ったの?」
「その質問、アタシ的にはすごく不思議。子供のころから将来はプロになるって決めてたし、逆に、やりたいことがないって状態が想像できない。やりたいことなんて、十八年も生きてきたら勝手に見つかるもんじゃない?」
この直後に久美子は梓と会ってこの話をしますが、梓は「明確なビジョンを持ってる麗奈みたいな人の方がレア」と言います。音大を目指す麗奈とのシーンの直後に、同じく音大を目指す
梓とのこのシーンを入れる事で、同じ「音大受験生」の中でも考えに差があるんだという事と、麗奈にとっての「普通」が、梓の言うところの「ウルトラレア」である事が浮き彫りになります。
久美子が縣祭りの日に麗奈の家に行くシーンでも、その豪邸ぶりに驚く久美子に対して麗奈が返す場面があります。
麗奈は「普通でしょ」となんでもない顔で言った。これが普通でたまるか、というのが久美子の率直な気持ちだったが、麗奈にとっては当たり前の環境なのだろう。
最後の一文が重要です。久美子を始め他の部員にとって「普通でたまるか」という環境が、麗奈にとっての「当たり前」なのです。
因みにこの日の帰り、またしても麗奈に音大を勧められた久美子はこう思います。
梓にしろ麗奈にしろ、音大という進路を当然視しすぎているような気がする。
久美子には音大に行くだけの覚悟も、経済力も、それらすべてを上回る飛び抜けた才能もない。ユーフォニアムは好きだ。
だが、それを職業にして生きていくほどの気概はない。
(一部抜粋)
久美子のこの感覚は、改めて解説するまでもないほど、至極真っ当なものです。

余談ですが、ここで麗奈が久美子に音大を勧める理由の一つが語られます。注目したのは、久美子が音大に進まなかった場合に、友達関係が揺らいでしまうかもしれないと心配する麗奈のこの台詞です。
「だって、友達関係ってアタシだけでどうにかできることちゃうし。」
アンコン編の感想でも書きましたが、麗奈は「奏者の演奏技量は、自身の努力量が純粋に反映される」という考えを持っています。詳しくは、ホントの話の感想その3と、ヒミツの話に収録されている"お兄さんとお父さん"という話を参照願います。
色んな周囲の環境・親の経済力・本人の元々のポテンシャルによって、音楽も勉強も、本人の努力次第でどうする事も出来る人生を送ってきました。そんな彼女は、友人関係だけは「自分の努力だけではどうにもならないから不安だ」と言います。麗奈は中学生までは他人とつるむ事を良しとしませんでした。久美子という親友が出来てしまったが故に、自分の努力だけではどうする事もできない大事な物が彼女に乗っかってしまった訳です。勉強と音楽は努力次第でどうにでも出来ると思っているという点で浮世離れしているのと同時に、それに対して麗奈にとっての「自分だけではどうにもできない友人関係」という物が浮き彫りになっています。最終楽章後編のあらすじには、久美子と麗奈が衝突してしまうと書かれています。ここで「友達関係ってアタシだけではどうにかできることちゃう」というセリフが突き刺さってきます。

話を戻します。上記のように最終楽章前編では、「麗奈にとっての普通が、久美子を始めとした他の人にとっては全く普通じゃない」というシーンが随所に描かれています。これは、生徒指揮としての指導においても「麗奈にとっての『普通の技量』『普通の指導』が、他部員にとっては普通じゃない」という事が起こっている事を暗に示しているのかなと思いました。前述の「麗奈が自分の基準を部員に突き付けている」という話と組み合わさってきます。麗奈にとって普通の基準が、部員達にとって普通ではない基準を突き付けられている。だからこそ部員たちの技量が上がっていくというプラスの面もありますが、すずめや沙里が言うように、辛い思いをしている部員も居るはず・・・。それは、奏者としては誰しもが一流と認める麗奈が、指導者としては欠点があるという事を表しているのかもしれません。現実世界においても、音楽家としても演奏技量と、音楽指導者としても指導力というのは割と別物だったりしますし。
そして、「麗奈は、奏者としては一流だけど指導者としては欠点がある」という事を描いているとして、将来久美子が教員として吹奏楽部を指導する未来があるならば、そんな麗奈と「奏者としては一流とまではいかないが、指導者としての腕前はある久美子」が対比されて描かれているという可能性もあるんじゃないかなと思いました。考えすぎでしょうか。












  • 今までの北宇治と全く違う音楽観を持っているのに演奏技量が高いという真由は、久美子や奏にとって全く未知の領域で、それは中学で転校を繰り返したのち、超強豪校で2年間を過ごした結果なのか
真由は、あすか先輩や奏とは違い、腹に一物を抱えた人物では無いはずなので、おそらく作中の台詞は全て真由の本心なのだろうと思います。
最初真由は、清良女子からの転入生という事で、実在の吹奏楽部でも良くある「あの先生に指導を受けたいから転入する」というパターンか、あるいは「清良女子ではA編成で出られないから、北宇治に転入してA編成入りを目論んだ人物」かと思ってたんですが、どうやら純粋な親の都合のようです。
序盤で久美子・緑輝・葉月・つばめと初めて顔を合わせ、清良女子からの転校生で吹奏楽部出身である事が分かったシーンで、久美子が真由に吹奏楽部に入るのか尋ねた時に
「うーん、少し悩んでるんだ。三年生から部活に入って、ほかの子の迷惑になったりしないかなって」
と言って、吹奏楽部に入部するか躊躇する場面があります。具体的に何で迷惑をかけるかは明言されていませんが、文脈的には「急に上級生が入ってしまうと、和を乱してしまわないか」という意味合いだと思います。だとすれば、この時点で真由は人間関係最重視という事になります。
真由がコンクールの結果を気にしていないという描写は随所にあります。奏が北宇治に入学した理由を尋ねた場面では
「選択肢の学校のなかで、いちばん吹奏楽部が強かったからかなぁ。」
「それはコンクールで結果を出したいからですか?」
「というより、合奏するなら上手なほうが楽しいでしょう?いくら自分が参加してるって言っても、合奏時間に下手な演奏をずっと聞かされるのって嫌だなぁって思っちゃう」
・・・
「私、合奏が好きなの。だから、好きなものを好きでいられる環境を選ぼうって思って」
(一部抜粋)
と答えます。一見実力主義的な考えに見えますが、彼女が言いたいのは「上手な音楽が好きで、それに自分が参加するのが楽しい」という事で、コンクールの結果はあくまでそれを推しはかる指標でしかない訳です。真由は基本的に「音楽に優劣や勝敗の概念を持ち込まない」という姿勢で、それはオーディションの結果、ソロが久美子に決まったシーンでも
前を向く真由が、こちらに向かってうっすらと微笑みかけた。悔しさや悲しさを一切感じさせない、純粋なる祝福だった
という一文にも表れています。
低音の1年生3人が揃って部活を休んで、さつきを始めみんながざわついた時には、
「辞める子が出るのって、そんなに珍しいことじゃないでしょう?どうしてそんなに心配するの?」
「たとえば部活を辞めた子がいたとして、その子はつらい気持ちから解放されるし、残った子たちはその子を気にしなくてすむし、win-winの関係になれると思わない?たかが部活なんだし、無理してしがみつくようなものでもないでしょう?」
と言います。一瞬ヒヤッとする言葉で、嫌味っぽい言葉を投げかけた奏を始め、低音パートの面々は大なり小なり怪訝な気持ちになったと思います。ただ、よーく考えてみれば「たかが部活」というのは一理あります。学生の本分は学業な訳で(音楽系の進路に進む場合を除けば)部活はあくまで課外活動なのです。辞めた所で生活が困窮する訳でも、学校を追われる訳でもありません。そして、もちろん吹奏楽部に入ったからには3年間続けて欲しいという心情も痛いほど分かりますが、楽器を吹くのがつらい、吹奏楽部に所属している事が精神的に耐えられないとなれば、やる意味がないと私も思います。「音楽は楽しくなければやる道理が無い」と考えれば、真由の理屈も分からなくはないです。「退部者は珍しくない」と言っているという事は、清良では少なくない数の退部者が居たという事でしょうか。
さらに真由は、ユーフォソロのオーディションを辞退しようとします。
「真由ちゃんはコンクールに出たくないん?」
「そういうわけじゃないんだけど、私が出ちゃうとひと枠埋まっちゃうでしょう?北宇治で長くやってる子が優先してコンクールに出場するべきだし、ソロを吹くべきだって思ってる。…おかしいかな」
「自分は確実にAに入る技量を持っている」という自任が前提の、捉えようによっては上から目線な物言いではありますが・・・。
ここで真っ先にツッコミを入れるのが葉月というのがポイントです。葉月は高校から吹奏楽を始め、滝先生が部活の改革を行った結果全国大会に進むという過程を目の当たりにしているので、葉月の音楽観は麗奈とは違う意味で「滝先生指導下の音楽観」に染まっています。その葉月が「その意見は変だと皆思ってる。真由の意見はぶっ飛び過ぎだ」と言う事で、真由の音楽観が北宇治のそれまでの音楽観と如何にズレているかが表現されています。
このやりとりのあと、久美子の「前の学校でもオーディション辞退したいと思ったか」という問いに真由は
「全然、一度もないよ」
「じゃあ北宇治でも同じじゃない?」
「でも、清良ではそれが正解だったから。頑張ったらみんな喜んだし」
と答えます。
この後、オーディション前日にもオーディション辞退を進言しますが、
「そういうやり方は間違ってると思ってるから」
という久美子の一言を聞き、それ以降はオーディション辞退を言い出しません。「間違ってる」という久美子の言い回しが、先述の「正解だったから」という真由の言い回しとの対比になっているように感じました。ここで真由が「北宇治ではこのやり方が"正解"なんだ」と思ったのだと思います。そしてそれが、終盤に久美子が麗奈とソリの部分を練習する為に音楽室を抜けるタイミングで真由がソリの部分の練習をしたシーンに繋がっていきます。奏が真由に質します。
「黒江先輩、どうしてこのタイミングでその箇所を練習するんです?」
「え?だって、関西大会前になったらまたオーディションがあるんでしょう?私、変なことしたかな」
「変なことってーーーいえ、もういいですけど」
「もし変だと思ったら、ちゃんと指摘してね。私、全部直すから」
真由からすれば「北宇治での正解の行動」を取ったはずなのに、奏からツッコミを入れられて困惑する様子が描かれています。久美子は、この会話を聞きながら、二人の関係が上手くいっていないかを心配していますが、恐らく内心は「喧嘩を売られた」くらいに思っているのかもしれません。
このように、真由は「北宇治にとっての『正解の音楽・正解の行動』を探る」「基本的に音楽に勝敗や競争の概念を持ち込まず、とにかく楽しく演奏する」というキャラクターになっています。
このうち、特に前者に関しては「転校を繰り返してきた」という事が大きく影響しているのかなと思います。第二楽章の感想でも書きましたが、吹奏楽部員の音楽観・コンクール観というのは、最初に所属した(中学から始めた人はその中学の、高校から始めた人はその高校の)吹奏楽部の方針に大きく影響を受ける傾向にあります。真由が中学時代に何回転校したかは分かりませんが、「高校二年間"は"福岡に居た」と言っているので、おそらく中学時代には1回以上の転校を経験したと推測されます。「吹奏楽部の方針に大きく影響を受ける傾向にある」というのは、それだけ各学校ごと、指導者ごとに「正しいの音楽・正しい吹奏楽部」が違うという事です(希美先輩の時の退部騒動は、この「正しい吹奏楽部」の違いによる衝突という側面があります)。大抵はその学校の吹奏楽部で3年間過ごす訳ですが、真由の場合は転校を繰り返し、その度に違う方針の吹奏楽部に移って行ったという事です。そういう経験を経て、「学校によって正しい音楽が違う」という事を知っていったのかなと。「清良ではそれが正解だったから」という言い回しには、そのような背景があるのではと推測しています。
一方後者に関しては、そんな色々な中学校で「正しさ」の違いに触れてきた真由が、清良に入学して「音楽とは楽しむものだ」という考えに影響を受けた結果なのかなと思いました。
転校を繰り返した真由は、中学校の3年間でどの吹奏楽部の音楽観にも染まり切らずに演奏技量だけが向上した状態で清良に入学したんじゃないかと推測しています。清良は確かに強豪で、緑輝が聖女の時に目にしたような強豪校特有の殺伐さを、真由も経験したと推察されるセリフも散見されます。1年生4人が部活を休んだシーンでは、奏に「先輩らしくない過激な発言だ」と言われて「清良でも同じような反応をされた」と言っていました。
ただ、個人的に思い出すのは立華編の終盤のシーンです。トラブル続きで部員たちが強張ってしまっている場面、未来先輩の発案で
「そもそも、音楽ってのは楽しむもんです。苦しそうな顔してたって、お客さんはちっとも喜びません。だから、まずは演奏してる私たちが思いっきり音楽を楽しまないと」
と南先輩が告げたのちに、各自思い思いにシングシングシングを吹き鳴らし動き回り、部員たちが元気を取り戻す、というシーンです。上級生の表情から察するに、これは恒例行事のようで、文章を通してでも、部員たちの楽しそうな雰囲気が伝わる場面で、立華編の中でも名シーンのうちの一つだと思っています。
マーチングの強豪校として名を馳せる立華にあって、このようなシーンがあるという事は「強豪校でさえ、むしろ強豪校だからこそ、"音楽を心から楽しむ"という土壌がある」という事を武田先生は描きたかったんじゃないかと思うのです。もしそうならば、同じく強豪校である清良も「音楽は楽しんでこそだ」という考えがあって、真由はそんな清良の音楽観が根付いているという事なのではないでしょうか。

ただ、掴み切れてない所もあります。縣祭りと修学旅行の写真をパートで見ている時、真由は自分が写真に写るのが好きではないと言います。
「自分が写ってる写真を見たら、ちょっとぞっとしちゃう」
とまで言います。ここに関しては間違いなく真由の内面に迫るセリフの筈で、実際、考察ブログを書かれている方や、ツイッターなどでも皆さんが様々な視点から色々な考察をされていています。ただ、自分の中では、この部分がどうしても掴み切れません。転校を繰り返してきた事と関係があるのは間違いないのですが…。
因みに、同じシーンですずめが「なんでお姉ちゃんは自分の写真を撮りたがらないのか」と嘆くシーンで久美子が
「つばめちゃん、自撮りは嫌いみたいだから。」
と言います。真由と仲のいいつばめも自撮りが嫌いというのは、何か繋がりがあるのでしょうか。そもそも、なぜ真由とつばめが仲良しになったのかも語られていないので、その辺も気になる所です。
また、京都府大会でリハ室から出る直前に久美子と真由が会話をするシーンでは
「私、北宇治として本番に立つんだね」
「そりゃあ、真由ちゃんは北宇治の一員だし」
「ふふ、なんだか不思議な感じだよ」
振り返ると、微笑する真由と目が合った。目尻になるほど下がる両目、うっすらと弧を描く唇。凹凸の少ない顔立ちのせいだろうか、その微笑はひどく寂しそうに見えた。
「・・・真由ちゃん?」
「頑張ろうね、本番」
この「寂しそうに見えた」の部分が掴み切れません。なぜ真由は京都府大会の直前に寂しそうな表情を見せたのか。なぜ久美子は寂しそうな表情だと思ったのか。この辺は後編で明らかになるのでしょうか。

そんな真由を、久美子と奏は受け入れられずにいます。真由の入部のシーンで久美子は
にっこりと笑う真由に、久美子もひきつった笑顔を返すしかない
と、物語の序盤も序盤で真由の入部を歓迎しない気持ちがバッチリ出てしまっています。
終盤では、あすかから授かった"響けユーフォニアム"を真由が聴くシーンで、久美子が真由を明確に拒絶する様子が描かれます。
「さっきの曲、なんて曲なの?すっごく素敵だなって思ったんだけど」
こちらを振り返る真由の表情からは、一切の悪意を感じない。
言い渋る理由はない。それなのに、久美子は本能的な不快感を覚えた。
真由のことは好きだ。いい子だと思う。だが、踏み込まれると抵抗がある。距離を縮めることに、困惑する自分がいる。
(一部抜粋)
なぜ久美子は、嫌がらせを受けた訳でもない、酷い事を言われた訳でもない真由をここまで拒絶するのか。それは以下の事が考えられます。

久美子にとっての真由は、部長職で忙しくパートに居る時間が短いが故に、パート内での居場所を奪う存在。そしてなにより、強豪校からの転入生で、ユーフォ奏者として申し分ない演奏技量を持った真由は、ユーフォ首席奏者の座、すなわちユーフォソリストの座を脅かす存在なのです。
特に久美子は、口には出さないものの、自分がユーフォの首席奏者であるという強い自負が
ユーフォパートに与えられたスペースの、いちばん中央寄りの席。指揮者に近いその場所こそが、去年から変わらない久美子の特等席だった
という一文に表れています。

もう一つ。久美子が真由を受け入れられない一番の理由は、真由の音楽観に理解が及ばないという事なのだと思います。
久美子が真由を受け入れられない事と、真由の音楽観を久美子が理解出来ない事、この2つが凝縮されている場面があります。それは久美子が真由に縣祭りに誘われて断り、直後に自由曲のソリの部分を一緒に吹くシーンです。久美子は先約があるという嘘をついて真由の誘いを断ります。どこかで「麗奈と約束するだろうし」と思ってた可能性はありますが、ともかく久美子は理由なく断ります。そして、真由の提案で、自由曲のペットとユーフォのソリを吹きます。久美子は吹きながら、お手本とするあすかに想いを馳せ、その卒業後に入って来た奏についてこう思います。
奏の腕前は確かだが、久美子は彼女を脅威だと思ったことはなかった。
普段は謙遜しているが、久美子の根底には経験者としてのプライドが根を張っていた。だがー・・・。
(一部抜粋)
シリーズを通してちょいちょい顔を出していた久美子の「音楽に対して優劣や勝敗に重きを置く考え」がこのあたりにチラチラ現れます。対して真由の様子は
久美子の目をまっすぐに見つめ、真由がうれしそうに目尻を下げる。ピストンにかかる指が楽しげに躍った。
真由の睫毛が震える。その瞳がきらめく。月光を浴びた夜の海面みたいに。チカチカと映り込む銀が、ただただ綺麗だった。そこにあったのは、純粋な喜びだった。
「楽しかったね」
そう、彼女は言った。あまりにも無邪気な声で。
真由の音楽への向き合い方もここで見えてきます。彼女は久美子とのセッションで、久美子の目を通しても、音楽・演奏そのものを純粋に楽しんでいる様子がうかがえます。
そんな真由を見て久美子は
真由はいい奏者だ。そんなことは、彼女が入部したときから知っている。久美子が本当に知りたいことは、自分と彼女のどちらが優れた奏者であるか、だった。
と考えます。真由とは余りにも対照的です。第二楽章後編の感想で、久美子はそもそも「どういう音楽をしたいのかが描けてない」「コンクールの結果重視」という事を書きました。それに付随する形で、先述した「音楽に対して優劣や勝敗に重きを置く視点」がガッチリ書かれています。だからこそ、久美子は優劣や勝敗など関係なく純粋に演奏そのものを楽しむ真由の音楽観に理解が及ばずに拒絶をしてしまうという事なのかなと思います。どちらの音楽観が良い悪い、という事ではなく、純粋に音楽観が全く合わないという事なのだと思います。

奏はもっと露骨です。頑なに「黒江先輩」と呼んで自分の懐には一切入れる隙を見せません。先述の、久美子の前で真由がソリを練習するシーンでは溜息を吐いたりします。ただ、物語上では奏がどの程度真由を敵視しているのかはまだはっきりしません。

真由の様子は、当然ながらすべて久美子からの視点でしか物語に投影されません。なので、はっきり分からない部分も非常に多いです。この3人、あるいは佳穂も交えた4人の関係が後編でどのようになっていくのか、自分はまだはっきり見通せずにいます。













  • 緑輝の一貫した「コンクールの競技的側面を蔑ろにせずに、かつ、音楽を楽しむという根本を忘れない」という考えが、久美子と真由をつなぐか
恒例になった、新一年生に向けての吹奏楽解説。全員が経験者だった第二楽章と違い今回は全員が初心者なので、コンクールの初歩、即ち、A・B・C部門と金銀銅賞のところを説明しています。
「北宇治は二年連続で関西大会出場を果たした強豪校。去年は関西大会で金賞を取りました」
「おおー」
「ハイ、弥生ちゃん。金賞って聞いて、すごいって思った?」
「だって金賞っていちばん上じゃないですか」
「もちろん関西大会で金賞ってめっちゃすごいことやねんけど、いちばんって意味ではないんよね。」
・・・
「上位三校が金、銀、銅なわけやなくて、参加した団体全部に金、銀、銅のいずれかの賞が与えられるというわけです」
・・・
「次の大会に進めない金賞のことを”ダメ金”って呼んだりします」
「金賞なのにネガティブ!」
「確かに確かに」
「せっかくやからもっとええ感じの呼び方したらええのにね」
・・・
「……うちの子たちがアホですみません」
・・・
「謝らんでええよ。むしろそういう吹奏楽部の外から感じる視点っていうのも緑は大事やって思う。コンクールって、これまでの練習の成果を見せる場所なわけやから、その思い出が悲しくなるのって嫌やもんね」
(一部抜粋)
緑輝はさらに、A・B編成の話に続きます。
「A部門の出場メンバーは指揮者を除いて五十五人。北宇治は部員数がすでにこの定員をオーバーしてるんで、当然メンバーはオーディションで決めます。」
「ということは、A部門かB部門に分かれるってだけで、コンクールには全員参加できるんですよね?」
それまで丁寧な相槌を打っていた佳穂が、笑顔のまま緑輝に問いかけた。
「うん。全員本番の舞台に立つよ」
「それってめっちゃ素敵ですね。みんなが主役みたいで」
無邪気な感想に久美子の心臓はざわついた。なぜ動揺したのか、自分でもわからない。
「佳穂ちゃんいいこと言うね。緑も、吹奏楽部のそこが好き。」
「楽しい思い出をみんなで作れたらなって思います。」
(一部抜粋)
余談ですが、なぜ久美子の心臓がざわついたか。これは先述した勝敗・優劣に重きを置いている久美子にとっては、正直「B編成は主役じゃない」と思ってるという事なんだと思います。そんな久美子の胸の内に、佳穂の「無邪気な感想」がチクチク刺さったんだろうと思います。
話を戻します。沙里以外の初心者3人相手に、とても暖かい解説をする緑輝さん。"音楽は競技ではない"という考えがあるからこその緑輝の台詞の数々。彼女のコンクールに対する姿勢が良く分かります。
真由が、「三年生から部活に入ったら迷惑になったりしないか」と入部を迷う場面では、
「しいひんよ!緑、新しい友達が増えたらうれしいもん」
と返します。"強豪校だから戦力的に云々"というではなく、単純に"部活仲間が増える事がうれしい"と掛け値なしに言えるところが緑輝の価値観の現れだと思います。
一方この考えに対して、コンクールの結果軽視や競争原理の否定もしない所が緑輝のバランス感覚の良さです。課題曲と自由曲が決まった時に、弦バスソロの話になった際には、求にこう言います。
「求くん、ちゃんと自分がソロを弾くつもりある?」
「いえ、まったく」
「若者よ、向上心を持つのだアターック!」
葉月:あかんで、求。どんなときでもてっぺん目指さな。緑を倒して俺がソリストや!ぐらいの心意気見せへんと
「はあ。心意気、ですか」
(一部抜粋)
ここのバランス感覚の良さが、北宇治にとって非常にマッチしています。空気が重くなり過ぎないような言い方で求の向上心を引き出そうとしています。
この、見出しにも書いた「コンクールの競技的側面を蔑ろにせず、音楽を楽しむという根本を忘れない」という考えは、コンクールの結果重視・実力主義重視の久美子と、コンクールの結果を気にしない・実力主義懐疑の真由という、交わる事が難しい2つの考えを取り持つ可能性があります。葉月が、久美子と同じくらいコンクールの結果と実力主義重視の姿勢なので、後編で久美子と真由がコンクールに対する考え方で対立した場合、間を取り持つのはパーリーの緑輝かもしれません。




  • 葉月のAメンバー入りに、ただただホッとする
やっぱり、3年生が最後のコンクールに出られないというのは、個人的にはいい気分はしないので・・・。ともあれ、葉月が3年生でようやくAに入れて本当に良かったです。

・・・後編では「3年生を差し置いてコンクールに出たくない」とか言い出してオーディションを辞退する下級生が出たり・・・?しないか・・・。



  • 後編のあらすじに、「久美子と麗奈が衝突」と書かれていたが・・・
個人的な予想では、久美子・麗奈・秀一が三つ巴で衝突するんだろうと思っていました。が、後編のあらすじには久美子と麗奈の衝突の事しか書かれていません。秀一なんかは、明らかに麗奈と音楽観が合ってないように描かれてると思ったんですが・・・。








なんとかかんとか後編刊行前に"その3"まで書き終えることが出来ました。
読みにくい文章で本当に申し訳ないです・・・。
そして、最後まで読んで頂きありがとうございました!それでは、後編の感想ブログでお会いしましょう!


あぁ、ついに響けユーフォニアムシリーズが終わってしまう・・・。






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