もしょのブロマガ

サッカーのこと 第1回 (前編)

2016/03/21 20:30 投稿

  • タグ:
  • サッカー
  • 日本代表
自分に何が書けるか考えてみた。

実はサッカー経験者(小学3年生~高校1年生 怪我と病気でとん挫)

サッカーに関しては色々と考えている。

サッカーのことを書こう

第1回は日本サッカーについて。

日本サッカーは90年代前半にプロ化になり、今で20年ちょっとだろうか。
正直なところ、商業化には成功したがレベルの水準はあるところで止まってしまったように思える。

頭打ちは中田、稲本、小野、高原などがいた頃だろうか。

とにかくそこからは下降線を辿っているように思えてしかたがない。
時代を考えると、優秀な人材や環境は揃う時代にはなったが、間違った方向に進んでいるように思える。

まず、近隣国の環境が変わったこと。とにかく力を付けてきている。
特に中国はチャイナマネーで爆買いを行っている。手段はどうあれ、直接的なレベルアップには繋がっている。(日本も開幕当初、大スター選手を呼んだりしていたが・・・

それと伴って日本の不況も考えられる。
スポンサーがサッカー関係に割ける費用にもつながってくるところだろうか
もっというと、正直なところ国民としてはサッカーどころではないのである。

上記のことは国が関係しているのでどうこうできるとは思わないのでこれ以上書かないが、私が今後の日本サッカー難題となると思ったことがある。

バルセロナのサッカーだ。
ジョセップ・グアルディオㇻがバルセロナで新しいサッカーを作ったことだ。
2008年監督に就任し、圧倒的なボールポゼッション、細かいパスワーク、選手間の距離のコンパクト化に成功し世界中で一大センセーショナルを引き起こした。

しかし、当時私は、そこまでの衝撃を受けなかった。(偉そうかもしれないが。
理由がある。
当時、2006年W杯があったが、日本サッカーに対してずっと疑問に思っていたことがあった
「日本には、圧倒的なポストマンがいないのにセンタリングを上げるサッカーをするのだろう?」
この疑問をサッカー専門のケータイサイトにあった掲示板に書いたのだが答えをくれる人はいなかった。

当時のFWは高原、柳沢、玉田であっているだろうか?
どの選手もポストプレーに秀でている選手ではない。唯一いたのはジーコ監督の会見の発言であった「巻」だけだ。

正直なところジーコは監督には向いていなかったと思う。
選手に自由を与えたからだ。その結果、なんの武器もないチームが出来上がってしまい、あのような結果になった。そして、日本サッカーの財産であった1人の選手を失った。

2002年のトルシエは中田がとあるインタビューでも答えていたが、圧倒的にスパルタだった。
たぶん、日本人には監督というよりも、教官といったようなタイプがあっているのではないかと考えてしまう。

話がそれたが、何故、バルセロナのサッカーが壁なのか?

後編に続く

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事