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物煎餅のブロマガ

ボツ歌詞を供養しよう その①

2019/07/20 12:57 投稿

  • タグ:
  • UTAU
  • 歌詞
  • 音楽
おはようございます

こんにちは。物煎餅(ものせんべい)です。
普段は趣味で絵を描いたり描かなかったりしている者なのですが、ときどき趣味でUTAUなどを用いて、歌付きの音楽を制作することがございます。

こういうの↓



音楽制作はとてもたのしい(とてもつらい)作業なので、1曲作り始めたらそのまま一気に最後まで完成させてしまいたいものなのですが、諸般の事情から、音楽の制作を途中で断念せねばならない事がままあります。

問題は、その断念をするタイミングについてです。
自分でもあまりはっきりと分かっていなかった、楽曲の意味する内容や、その意図を実現するために求められる編曲や演出などの方向性が概ね明らかになる段階……

それが、「作詞と作曲が完了した瞬間」であることが多いのです。

作詞と作曲が完了した後にはまだまだ多くの作業が控えています。UTAUの打ち込み、調声、ハモリ作成、ディエッシング、編曲、ミックス、マスタリング、お絵かきに動画作成にフォント探しなどなど。

そういった先々の作業について、現在完成している歌詞とメロディを鑑みて考慮したとき、予想される完成品の内容と作業量が釣り合わない、あるいは技術的に完成に至る見通しが立たない……。
そういった結論に至ってしまった場合、その楽曲の制作はそこで放棄されます。

このとき、既に完成している1曲分の歌詞とメロディがまるごとお蔵に仕舞い込まれてしまうわけです。

幸いにもボツの状態から後々日の目を見た

これや↓


これ↓


のように
将来的には世に出せそうな見込みがあったり、あるいは何としてでも陽の光を浴びせてやるという思い入れでもあればよいのですが、実際のところ表に出せない曲の多くは「無理なものは無理」であることが多いのです。困難さを上回る精神的パワーを捻出できないってわけですね……。


そこでようやく本題です。
そういったボツ楽曲たちの、せめて歌詞だけでも、見える場所にお披露目したい!


伴奏も歌も付いていなくとも、音楽の歌詞にはそれだけで読みものとしての面白みがあります(たぶん)(あるよね)。おそらくこの先永遠に音楽が付かないものであるならば、せめてその片鱗だけでもお出しして、すこしでもふ~んとか思ってもらえたら嬉しい……!

とまあ、そういうわけです。
もちろんこのボツ歌詞から新たな曲のネタが生まれることもあるかもしれないので、必ずしもこうした発表だけが選択肢ではありません。大事に抱え込んでお墓まで持っていくと言うのも大いにアリでしょう。

しかし結局、人に観測されないと文脈というものは発生しないので、こうして表に出しておくことにも文脈のタネという意味で割と意味があると思うんですよね。
いつかプロットや歌詞の一部を再利用して別の楽曲にするとしても、万が一の可能性でそれに音楽を付けて蔵から復活させたくなったとしても、引用元が既に目に見える場所に存在しているというのはそれだけで情報量の足しになります。

長々と前置きましたが、まあ要は完成してて出せない歌詞がもったいないので載せちゃおうということです。今回はとりあえず1曲。それではどぞ

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親愛なる■■■へ


世界の終わる 音を聞いた
赤い列車の 警笛だった

返したままの 砂時計が
別れの言葉を告げるのだろう


時を幾らか 遡れたら
何か少し 変わるだろうか
そんなことを 考えていたら
気付くと僕は居た

2~3秒でよかったよ それだけあれば
アスファルトを蹴って 助かったろうに
豆粒みたいな手 歩くのは疎か
喋れもしないのには閉口ってね

恐るべくも宇宙を 逆廻した秘法は
寝返りの縁にかき消えて

哀れな子への慈愛か または無意無作為/at random の恵みなのか
星は見ていた 幼き世界がまた 輝く春へと僕を誘うのを

概ね上手くはやるさ 予習済みの日々だ
テストなんてもう ずるいよな

恋をして 仲直りして 十余年前の漫画を読んで
いつか見た最新刊へ 近づいてゆく

走ることだけは
一日も欠かさなかった
あのときもう一歩進めたら
1m遠く行けたなら
次は必ず上手くやる
その瞬間を必ず乗り越えてやる

それは梅雨のない年 暑い夏の午後
陽炎を透かし 遮断器の遠鳴りが 近付く


踏切の中には

僕が居た

倒れた自転車とふらついて 立ち上がろうとする僕を見た


その時全てがわかった 分かってしまったんだ僕には
呼吸も忘れ飛び出した ただ転がるように駆けて走った

数分秒時を戻せたとして 何かを変えることは出来ただろうか
答えは最初からそこにあっただろうと 夏は嗤う

加速する景色を束ねた糸が 蹴り上げた砂を穿つのがわかった
喉が何かを叫ぶのも 血の味に塩が混じるのも

陽炎の向こうへと手を伸ばせば 悲しみの理由に触れられるだろうか
蝉の音が指を染めるのも 全てを溶かしてしまうのも


世界の始まる 音を聞いた

それは列車の 警笛だった


背中を押された ような気がした
一秒後ろで 自転車が跳ねた
立ち尽くすままに なぜだか涙を 流して僕は居た

勉強はせず 恋もしないで
仲違いをまだ 悔いたままで
あの漫画の 最新刊を 持った僕が居た



親愛なる白昼夢へ


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ボツにした理由

完成した楽曲については恥ずかしいのであまり話しませんが、完成する見込みがない楽曲についてはどんどん話しちゃいます。まずはボツにした理由!

その1。盛り上がらない!
ストーリー展開に比重を割いた際によく起こるのですが、この曲、構成がかなり変です。
さっくり表現すると

Aメロ1
Aメロ2
Bメロ
Cメロ
Dメロ
間奏
落ちサビ
サビ
Eメロ(Aメロ変形)
Aメロ3

こんな順番で進行する構成になってます ???
自分でも何を書いてあるのかよくわかりませんね…。

ちなみに落ちサビは最後のサビの前に出てくる静かなサビのことです(wikipedia引用)

……? いや解説してもよくわかりませんが……。
まあ見た目はおかしいですが、実際聞いてみると珍しいのはサビが1回しかないという点くらいです。でもそれ自体はそんなに問題あることでもありません。拙作だと「雷光のゆくえ」なんかもサビが1回しかない曲です。

それよりも問題なのは、この曲「サビに至るまでが長い」!
ABメロはともかく、CメロDメロと間奏挟んで落ちサビまでやり、やっと最初で最後の大サビです。そこまで飽きずに聞いてもらえる自信は全然ありません。出来る人には出来るのでしょうが、わたしにはないよそんな技術!素人舐めないでよね!

…というわけでまあ、盛り上がるまでが遅いというわけです。しかし盛り上がりについて言えば問題はそれだけではありません。


……なんと、そのサビ自体もAメロとメロディが似ててあんまり盛り上がらない……。


・ボツにした理由その2

歌詞に瑕疵がある。

……すみません……。ダジャレ思いついたんで言ってみたかっただけですけど……。

ダジャレはともかくとして、歌詞と構成の兼ね合いの問題を解決できなかったのは本当です。
ボツ曲なので恥ずかしげもなく解説しますが、冒頭でおそらく十代中盤の子供だった主人公は、夏のある日、列車に轢かれる直前。時間を数秒巻き戻してと願った結果、なぜか十数年の時を遡りアカチャンになってしまいます。
そこから主人公は再び幼少期を過ごし、十数年が経過した夏のその日。まさに事故で命を失おうとしているもう一人の自分を、踏切の遮断器の外側から見ることになります。

問題は、そのタイムスケールの圧縮度ですね。だいたい「星は見ていた 幼き世界がまた~」から「いつか見た最新刊へ 近づいてゆく」までの、文章にして5行程度で十数年の時間経過を描いています。
これはパズルゲーム的には自分にしちゃ相当上手くやったほうだとは思いますが、ちょっと情報を圧縮しすぎてまずいなあと感じました。

聞く側にしてみれば、ちょっと油断して1行だけ歌詞を見逃しただけで何が起こっているのかわからなくなりそうですし、だいたい聞いてる途中ってそんなに歌詞の意味に集中とか考察ってできません。少なくともわたしは無理です。
といってもふつう、歌詞なんてちゃんと聞かなくても歌は成立するものです。考える時間があるように密度を薄くしたり、読み飛ばしてもいい歌詞を適量挟んだりといった工夫が世の中の曲にはされていますし、そもそも音楽が魅力的なら歌詞なんて何だって気にならないんですよね。
しかしこの曲の場合は音楽的盛り上がりも少なかったので、歌詞をちゃんと聞いてもらわないとあんまりおもしろくないんですよね。しかし密度の配分ミスのせいで、ちょっとそれが困難に思える。うーん……。

まとめ

総じてなんとなく結論を出してみるならば、プロットと音楽構成の兼ね合いのミスみたいな感じ……ですか……?わたしにもよくわからない……。
そもそも音楽には大抵サビが2回以上ある関係上、プロットにも盛り上がりが2回以上あるのが自然なんですよね。対して今回のお話の盛り上がりは1回だけ。問題はそこかもしれません。
短編漫画とかならこれでいいのかもしれませんが、音楽にはあまり向いてない話だった……ということかも。

改善点ないし復活の目があるとすれば、最初に電車に轢かれるところを1回目のサビに持ってきて、2回目のサビで時間遡行後の再びの電車轢かれとの遭遇、間奏Cメロ挟んで(葛藤)ラスサビで救出劇、最後にAメロでオチ。みたいな。
これだと問題は1回目に電車に轢かれるところまでが長いってところですね。それまで主人公何してたらいいんだろう……。尺に余裕ができるので音楽の構成的には楽になると思いますけど、でも長い尺の曲というのはそれはそれで調声や編曲が大変になるのでやっぱりボツリスクは高まります。うーんこの扱いづらさ。

歌詞を変えずにメロディだけ盛り上がるように変えればいいんじゃんと言われてしまえば確かにそうなのですが、どうもわたしの頭の中では既に出来てしまったメロディと固く結びついてしまって他の案が出てこないのですよね。
逆に言えば、わたし以外の人間ならば割と簡単にこれを音楽にすることが出来るのかもしれません。むむむ

……というわけで、以上がボツ曲その1、「親愛なる■■■へ」になります。
こんなところまで読んでくれた人いるのかな。もしもいらっしゃったのならありがとうごさいます。あなたは世界一やさしいし根気があって最高です。




さいごに

この「親愛なる■■■へ」の歌詞は、原作者としてわたくし物煎餅の名前を表示してくだされば、ご自由に使用して下さって構いません。
そのまま丸ごと音楽の歌詞としての使用、歌詞の並び替え、一部の抜粋、無制限の内容改変、タイトル改変、おふざけ、R-18G、歌詞そのままでなくプロットの原案としての使用、あるいは音楽以外の文章などに使うのもOKです。
特定の、もしくは不特定多数の実在人物や団体、概念、文化などに対して強い悪意のある(ように見える)創作についてはご使用をご遠慮願う場合がございますが、それ以外はたぶん何でも大丈夫。

もし使用することがあったならば、twitterやメール、またはこのブロマガのコメント欄などでわたしにご報告をくれると嬉しいです。










供養記事第二弾のネタも既にあります(悲哀)

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