水まわり

音MAD制作って楽しいよね!

2020/05/28 20:24 投稿

コメント:1

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  • 音MAD
通話ツール等の発展や、昨今の外出自粛事情から、
音MAD作者間でのコミュニケーションが頻繁に行われるようになりました。
最近では、技術共有であったり、映像表現のインプットであったり、
音MADのジャンルについてであったり、
様々な意見交換が行われてきているように見えます。
もちろん、これらの議論は音MADにおけるスキルアップにもつながりますし、
音MADの発想や目線の幅を広げたりと、
作者として非常に有意義なものであり、良い傾向ではあると思います。

でも、

正直疲れてきたわ。

この一文だけ見たら「ムッ」とする人もいるでしょうよ、
「疲れた」って言葉自体に含みがありすぎるのが悪い。
これは、体力ゲージが少なくなってるって意味で、
このまま練習したら「た、大変でやんすー!パワプロくんが怪我したでやんすー!」
ってなって全ステータスが20くらい下がる状態です。

もちろんこれらの素養を蔑ろにしてるわけではないのです。
私もできる限りの技術や素養の習得はやっているつもりです。
でも、それって場合によっては労力がいるのよ。

んで、こういう話が出る割に、
なかなかこの話って出ないんですよねって思ったものがあったんです

作者のメンタル

です。

いくら技術や発想があったところで、動画が完成しなければ0、もとい183です。
技術や発想を持って、なおかつそれを1にするのに不可欠なものがあるんです。
モチベーションです。

では、そのモチベーションはどうやって維持するのか、
ではなく、モチベーションを管理するのかについて話します。
これは私がなんだかんだ10年くらい音MAD制作を続けられた要因について書き記してみたものです。

まず、自分が何のために動画を作っているのか、目的を考えること。
・めちゃくちゃバズりたい
・このコンテンツが好き、もっと知ってもらいたい
いろいろあると思います。
動画を作るにあたって、何かしら動機はあるはずです。

自分の場合は、10年で動機は一貫してて
「こんな動画見たいんだけど無いから自分で作る」
です。
僕の作風が一貫しない弊害になってるのかもしれませんが、
完成にこぎつけるモチベーションの要因として十二分だと思っています。

そうすると、副次的なモチベーションとして
「これをやるために技術を習得したい」
が発生します。

仮に、技術を習得しました、そうすると
「めっちゃいい感じじゃん楽しい」
が発生します。

これが動画を完成させる好循環だと、自分は思っているんです。
いや、これで十分でしょ。

ここまではモチベーション維持の話ですが、そうもうまくいかんのよ。
ただ、この循環のなかのどこかで折れた場合、それは負の要素として蓄積してしまいます。
「あぁ、結局183になるのか。無駄な時間だったな。」
「なんか途中まで作ったからもったいないし完成させたけどなんか楽しくなかったな。」

ここからがモチベーション管理の話です。
管理面で自分がやっていることは、
「完成するまでのビジョンがn%くらい立たなきゃ作らない」という
nの値 (しきい値)を自分の中で決めることです。

何故この作業を最初にやるか。
それは音MAD作っている人は結構思っているでしょう。
「音MADは発想の段階が一番楽しい」からです。
> いや、初めにスパッと切っちゃったら「これをやるために技術を習得したい」が発生しないし、成長しないじゃん。
それは、(100-n)%を埋める作業の積み重ねでいいじゃないですか。
その反復が多ければ多いほどスキルアップするものだと思います、たぶん。

ここで、冒頭の話に戻ります。
技術共有や発想のインプットの話に疲れてきたと思ってしまう理由です。
それは何より、自分の作りたい音MADに結びつかない内容の話は、
イメージしづらいし、理解するのに労力がかるのです。

話者は基本的に、自分の制作内容や仕事に関連する内容を中心に、
技術や発想の共有を行います。
逆に、そうでもないのに、技術や発想を習得しようとするのって、労力がすごいんです。
だから「疲れてくる」んです。
そして疲れた状態で作ってると、全ステータスが20くらい下がってる感覚になるでしょ。
そういうことです。

向上心って、目的や理由無くして発生しないと思うんですよ。
人の技術の話とか、人が見ているインプットとかの話を聞いて、
「この人向上心があって凄いな、俺はないからダメだ」
そう思ってしまうこともあるんじゃないですか?
そうじゃないと思います。単純にそれが楽しいから、または必要だからやってるんです。

音MAD制作は楽しんでやるものなのか、
それとも、責任感や義務感をもってやっているものなのか。
音MADの在り方は人それぞれです、
自分としては、音MADは趣味の域を超えないので、あくまで前者です。
ちなみに、僕が合作に超消極的なのはこの辺がヒントです。

最後に、なんでこんな記事を書いたか?
今、制作モチベーションが0だからに他ならないです。
無いときは湧いてくるまで気長に待ちましょう。
嫌でも急に湧いたりします。

現場からは以上です。

コメント

フラメンコ
No.1 (2020/07/31 03:44)
私は音MADは全く作ったことのないただの楽器弾きなんですが、この記事の特に「自分の場合は、10年で動機は一貫してて『こんな動画見たいんだけど無いから自分で作る』です。(略)完成にこぎつけるモチベーションの要因として十二分だと思っています。」の部分、とても共感します。
他にいい言葉がないのであえてこういう言い方をするのですが、中途半端に創作を目指すいわゆるワナビー的な人ほど、創作の動機の整理が重要だという話が通じないんですよね。下手に話すと「才能があるんですね~」みたいな返し方をされることもあって、いやはや一方的に話してしまうこちらが悪いのかな、というような。
そして、そういう人に限って、周辺の知識だけ謎によく知っているオタクだったりするんですよね。むやみに関係ないことまで詳しくなったところで物は作れんだろうきみ、みたいにわたしは思うのですが。(「むやみに」勉強する姿があやしい、ということであっ... 全文表示
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