MistiRoom

21世紀的な片付けの話とか

2014/12/31 22:36 投稿

コメント:2

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こんばんは、Mistirです!
大晦日ですね。私は30日あたりに体調を崩しつつも早速復活し、こう……ガッと、部屋の片付けをしました。

同時に心も色々片付いたので、せっかくなので記事にしてみることにしました。
いつもは色々ひとつのテーマで語ってるので、たまにはこう、気楽にね。うん。

さて。早速ですがお片付けの話を。
21世紀に生きる私たちの片付け、その必須アイテム……それが。

Evernoteです。

一応説明しておくと、要するに「パソコンからもスマホからもアクセスできる、滅茶苦茶でっかいメモ帳」です。

いらない書類、あるいはプロダクトコードといった「捨てたいけど内容は記録しておきたいもの」をバシバシと撮影し、記録していきます。というか初めて本格的にドキュメントカメラ(evernoteの機能:文書を撮影すると、まるでページだけ切り取ったかのように綺麗な画像にしてくれる)、滅茶苦茶便利ですね。

色々昔のプリント見てたら、大学一回生の頃受けた授業の過去問とか色々出てきました。
……難しいこと書いてるなあ。この頃は、自分の頭を鍛えようという熱があった。

そういったプリントを、パシャパシャと撮影し……記録し……

ゴミ箱へドーン!!!!!


……いいのかこれで?
まあいいか。どうせ墓まで持って行ける紙でもない。大事なのはコレを見た僕が何を思い出すかだ。紙そのものに何の価値もない。だったら、そのトリガーとなる画像だけ記録しておけばそれでいい。

……来年からはこまめにエバーノートで記録しておこう。そしてかたっぱしから棄てていこう……ま、それがなかなか難しいんだけどね。

あとは、書籍の電子化
まずは裁断機を用意します。そしてスキャナを用意します。この時点でお値段4万円以上です。漫画全部捨てて電子書籍で買い直したほうが安くつきます。ウチ、漫画は100冊もないので。
……書籍の電子化、断念!


とりあえずそんなに枚数のない書類などはなるべく電子化して、その後ゴミ箱へドーンと放り込んでいきました。その上で、悩んだら「無理して棄てない」っていう原則に従って整理しました。嫌な思いしてまで手放す必要はないからね。
なんというか、断捨離ブームやらなんやらで「捨てたい病」っていうのに罹ってる人が結構いるみたい。モノを持つこと自体が嫌になっちゃう。

僕もそれに近いトコロがあるんだけど、その一歩手前で踏みとどまってる。

物欲が無いわけじゃない。むしろ、この「捨てたい病」に罹る人はおそらく物欲自体は強いのだと思う。モノをそもそも欲しないなら、「捨てたい」なんて願望も生まれないからね

そういえば、「捨てたい病」と関連して最近、とある名文を思い出す。


この名文wwwwwwwwww


最近まとめサイトでまとめられてたもの。
こちらでも引用しよう。



「何もかもただ面倒くさい」

 人間・男・50代。ただ、ただ、毎日が面倒くさい。
 口から出る言葉は、嫌だ、面倒くさい、疲れる。それでも腹は減る。食べてしまう。食べるのは、パンとバナナ、時々、納豆、豆腐。
 昨年はひどい腹痛で救急で運ばれた。痛いことは嫌だ。苦しいことは、もうこりごりだ。
 自分で死ぬのは苦しいだろう。それに、そうする力もなく、ただ、それすら、面倒くさい、と。
 人間も地球も、もうこりごり。3000年眠りたい。3000年後の世界を見てみたいと考えた時もあったが、今は、ただ、ただ、毎日をやり過ごして、ただ食って眠るだけ。
 地球に、自分の体に大隕石でも落ちて、すべてが終わりになればよいと、考えながら眠りに就く毎日。
 何を相談しているのかもわからない。こんな人間。このハガキも投げやりの勢いで、ようやく出す。死ぬこともできず、ただ、ただ、やり過ごす毎日。(青森・A男)


もうね、本当に素晴らしい
何が素晴らしいって、こんなに清潔な文章が他にあるのかってくらい清潔。
名のある鍛冶職人の作った日本刀のように、この文章にはキレがある。
だけど、その「日本刀」は僕らの心に一直線に投げられる。

……これをまとめサイトから引用したってのは意図があってさ。
まったく共感できない」って意見があるみたいなのよ。この文章に。

……あ、片付けの話とちょっとズレてるけど、あとで戻ってくるからもうちょっと読んでてね。

さて、僕はというと、この名文に本ッ当に同意できる。
一時期こういった心境だったってこともあるし、今も根本的な部分は変わらない。何もかも面倒だし、何もしたくない。

だけど……
何もしないと太るし、太るのは厭だ。
何もしないと抵抗力がなくなって風邪を引く。風邪は引きたくない。
何もしないと自分がダメ人間みたいで辛い。錯覚でもいいから、自分がダメじゃないって幻想を抱えていたい。
何もしないと、とにかく辛い。
だから何かしてる。
こうやって、文章を書いてる。


僕はたまに人生が楽しそうだと言われる。
昔はそういった意見に心の底で反論していたものだ(年上の人には時折見抜かれていたようだった)。
だが今は、このような根本的にはネガティブな在り方のもと、なんやかんやで人生最大限にエンジョイしてる気もするので、これでいいかって感じになっている。
ただ間違いなく、この文章に「一切分からない。こんな風に思ってるなら死ねばいい」って意見を言っちゃうような人と僕は、根本的なところで絶対に相容れないと思う。


さてさて、お片付けの話に戻ろう。

面倒くさいし何もやりたくない。だけど何かする。
それは……何も持ちたくない、だけど「持ちたい」から電子化する、その気持ちと何か似ている
どちらも、とってもとってもアンビバレント。
面倒で何もしたくないけど、何もしないのはつらいから、文章を書いてみる。
何も持ちたくないけど、物欲は止まらないから、電子化して現物は捨ててしまう。
あるいは、その逆。
何かを持ちたいけど、モノを増やすと場所が減って自分の首を締めるから、電子化する。

……考えすぎかもしれないけどね。

電子化された、もうゴミ箱の中の「過去問」を眺めてみる。
あの頃、僕には熱があった。せっかく大学に行ったからには知性のカタマリみたいな人間にならねばならないっていう気負いがあった。
何より、周りに負けたくなかった。
その割に、自分から何かを発信してたわけじゃなかった。

今は違う。
こうやって、文章を書いている。絵もたまに描く。どちらに対しても、ご意見やご感想を頂けている。

気負いはなくなった。やることは明確だ。
熱は突発性のモノではなく、じわじわと足元を焼くような長期性のモノに変わった。

……だけど、時折。こうやってモノを片付けるときに……
あの頃の愚かしい熱さを忘れちゃダメなんじゃないかと、そう思う。

その熱さを思い出すカギを、「モノ」を、ひたすら残していく。
電子化された、質量のないセカイに。


さて、今回の記事はこのあたりでおしまい。

それではみなさん、良いお正月を!
明日はアホな友人が帰ってくるので、酒を飲んできます……



※引用した「名文」が載ってるページ
学院長 元気の出るブログ

ここからは余談だけど、「快楽」「倫理」「信仰」の三段階って、凄く面白い考え方。
僕は「信仰」ってモノが(一般的な意味では)無いから、残り二つが基準になってるわけだ。で、今一番アツいアニメ、Fateの言峰神父とかまさにこの「三段階」の中で「信仰」に全て振ってたのが、一気に「快楽」に切り替わった人と言える。
良質なアニメの良質なキャラクターって、こういう哲学めいた考察が通用するから面白い。

……ホント余談だったね。それでは良いお年を!
来年もよろしくお願いします!

コメント

ハンサメン
No.1 (2015/01/02 18:00)
いやぁ名文スね。時折思うんですか、僕ら世紀末を経験した人間は、多くがあのときの「おまけ」を生きてるんじゃないでしょうか。あそこで世界が終わるはずだった。なのに何故だかまだ生きている。だるい。ニヒリズムが染み付いて離れない。みたいな。もしかしたら新世紀の若者はこんなのさっぱり共感できないのでは?なーんて考えながら読んでました。久しぶりに宇多田ヒカルが聴きたくなりますね。

たまーに拝見してます。同世代だし、僕も(読むのダルいから多読はしないけど)哲学やら文学やら好きなんで。今年も更新楽しみにしてます。
(著者)
No.2 (2015/01/04 16:14)
>>1
コメントありがとうございます!
いやー、僕ゾイド世代なんで『wild flowers』聴きまくってたはずなんですけどね……wやっぱなんやかんや言ったって「終わっちゃって」たんでしょうかね。
世紀末っていうくくりもありますが、1990年台の「失われっぷり」っていうくくりもありますよね。あの時代以降を知ってたら退廃的な性格にもなるよなっていう。

ありがとうございます。読んでくださる方がいるってことがモチベです!
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