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『結城友奈は勇者である』を「分析」してみる

2014/12/10 23:19 投稿

コメント:6

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やあMistirだよ!
今回はアニメ分析だよ!!

……最近政治やら何やらのよく分からない記事たくさん書いてたけど、そもそもこのブロマガ『まどか☆マギカ』の劇場版を考察したところから始まったんですよ。

この記事↓
【考察】『叛逆の物語』と『人間』――劇場版 魔法少女まどか☆マギカ新編が残したもの



友人とこれ観に行ったんだけどさ、観た後ハイテンションで考察をその友達に話したところ、「是非文章に残してくれ」って言われてさ。それで思い出しながら書いたのがこの記事。

さて、そんなこんなで今回は原点回帰、アニメについて書いてみようと思います。
扱うのは、今期最も色んな意味で話題になってるアニメ!そう!



ご注文はうさぎですか?
『結城友奈は勇者である』


です。

ちなみにここからはネタバレ全力で突っ走るので夜露死苦!
あと、今回は「考察」ではなく「分析」なので、「誰が黒幕か」とかそういった議論や伏線に関する議論はしません。
じゃー何するねんって話ですが、それは読んでいただいてのお楽しみってことで。

さて、ネタバレ注意と言いましたよ?いいですね?
それではどうぞ。







さて……何なんでしょうね、このアニメ。
何なんですかね。
ホント何なんだよ。




見ててこんな顔になっちゃったよ。



ホント、このアニメ悪趣味
悪趣味(褒め言葉)とか、悪趣味(ニヤニヤ)とかそういう領域通り越して、純粋に「悪趣味」。
これは勿論けなしたり、悪く言っているわけではない。むしろその逆で賞賛してる……わけでもない。

強いて言うなら、「とんでもないもの見せてくれやがったなこのヤロー……このヤロー(涙)」である。
まさに、とんでもない。鬱アニメであることには間違いないんだけど、なんかそういった領域で語れない何かを感じる

僕はこの記事を書いている段階で9話まで見ているのだが、今まで観たアニメの中でもここまで胸クソ悪いアニメはそうそう無いってレベル。ある意味、貴重な体験をありがとうーーである。

さて、そんなスーパーハートフルボッコアニメ、『ゆゆゆ』であるが……
何故、『まどか☆マギカ』より胸クソ悪いのか。

※ここから『まどか☆マギカ』のネタバレも入るので、一応観てない人は注意して下さい。










『まどか☆マギカ』は、親切なアニメだ。
ガッチリ構造を決めて、その構造に当てはめてキャラクターが動いていくかなり「ガッチリした」アニメでもある。
まず、第一話でkalafina(梶浦由記)のBGMが流れた時点で、勘の良い人は大体のアニメの雰囲気を察することになる。
万一そこで掴めなかったとしても、第三話ではや伝説クラスの瞬間風速が視聴者に叩きつけられる。誰もが作品の「ノリ」を理解する。

あとはお察しの通りだ。

だが、QBという露骨な「悪」、憎しみの対象がいることによって結局のところ魔法少女たちは「詐欺の被害者」的な立ち位置になるのだ。さやかちゃんのエピソードとか、確かに胸くそ悪いけど『ゆゆゆ』9話のキツさよりマシに見えるのはその辺りの理由もありそう。

さて、『ゆゆゆ』の構造はどうなってるのか。
まず指摘しておかねばならないのが、「あまりにまどマギと似ている」ということ。

作品を比較する時、『「売れている作品」に「二つ以上の要素が繋がる」と、人は「似ている」と感じる』のだと言う独自の理論を、僕は信じている。

具体的に言おう。

まず、料理漫画という点で『美味しんぼ』と『孤独のグルメ』が似ていると言う人がいたら、その人はただのアホである。
『美味しんぼ』と『食戟のソーマ』もそう。
『美味しんぼ』と『鉄鍋のジャン』もそう。

だけど、右側に来る漫画に「父と息子が価値観の違いで仲違いしている」っていう要素が加わるとすると、「似ている」と言う人は一気に増えるだろう

もちろん、それが被ったからといって「パクリ」とは限らない。
どこからが「パクリ」なのかという問題はナイーブなので、今回は省略。

さて、『ゆゆゆ』と『まどマギ』の似ている点を列挙してみよう。


・魔法少女もの(アンチ魔法少女もの)
・主人公の雰囲気
・戦闘シーンの世界観
・黄色い先輩
・BGM


もはやダブル役満である。

細かいところを探すとまだまだありそうだが、とりあえずはこの辺りだろう。
さて、話を続けよう。

ここまで似ているからには間違いなく意図があるわけで『ゆゆゆ』第一話を観た視聴者は否応なしにまどマギ的展開を予測することになる。あるいは期待、あるいは諦め……とにかく、平和に終わることが無いことを知る。

そして『ゆゆゆ』側には何が求められるのか。

似ているながらも差異を持った展開、あるいは胸クソ悪さの度合いなどで元を越えていくことだ。
……そう。どっちも満たしてやがるのである。このアニメ。

何故ここまで『ゆゆゆ』は胸クソ悪いのだろうか。
先程指摘した「露骨な悪の存在」もあるが、それ以上に展開の違いにある。

どっかで見た感想で受け売りなんだけど、
まどマギは
3話でどうなるかを提示して、あとはもうその通りの構造のもと動く」。
ゆゆゆは
日常の中に気持ち悪さを徐々に侵食させ、一気に叩き落とす

って違いがある。

それから、「露骨な悪」にも通じる話だけど、基本的に『ゆゆゆ』の登場人物が味わっているのは完全なる不条理であることも胸クソ悪さの原因だろう。大赦の人間がやっていることとQBがやっていることは比較にならない。大赦にはジレンマを感じる。今示唆されている「勇者システム」が実際に(今示されている)文面通りであるとするなら、大赦のやっていることは「最適解」とさえ思えてしまう。

そしてもう一つ、『ゆゆゆ』に関しては思うことがある。
『ゆゆゆ』は「悲しみの磁場」に思いっきり身を委ねている

「悲しみの磁場」とはなんぞや?と言うと……

小説家で大御所中の大御所である保坂和志さんが以下のようなことを言っているのだ。
以下うろ覚え。

小説には悲しみの磁場的なものがある。例えば、『彼女はさようならと言った』と書いただけでも『彼女は帰ってこない』という印象を抱かせる

まあいわば、「フラグ」である


※ちなみに保坂和志氏はこの「悲しみの磁場」に抗って、「不幸を微塵も感じさせない小説」を書いているそうだ。これ、さらっと書いてるけどとんでもない話である。まあそれは別の話。


例えば、「俺この戦争が終わったら結婚するんだ」なんて典型的なもので、この言葉自体に「死」を暗示するモノは何も無い。
「物語」という概念の「力」が、「この発言をした人間」を殺すのだ。
エンタメではその「力」に身を任せることは多々ある(文学でこれをやると結構陳腐だが、最近はこれ思いっきりやってる小説が賞取ってたりする)。
『まどマギ』の「もう何も怖くない」なんて、その筆頭だ。
だけど『ゆゆゆ』のソレは、もはやそういったレベルを超越してる
物語序盤、その全ての存在がまるまる「鬱フラグ」になっている。明らかにやり過ぎだ……。
そして、落とすところまで徹底的に落とす。あくまでも不条理に。

だがそれがいい
。……のか?








「まったく、ひどい話だね!」



……。
ここでちょっと話を変えるが、「悲しみ」を一切感じさせない物語ってどんな物語だろう?
特にアニメや漫画でそれは可能なのか?
まず考えられるのがストーリーの一切ないギャグ系の物語。
そしてもう一つは……『ご注文はうさぎですか?』のような、女の子の可愛さを愛でる日常系アニメ。
ぶっちゃけ、この二つくらいしか思いつかない。
『ゆゆゆ』で傷ついた人たちが『ごちうさ』の第一話に流入しているとかしていないとか……


まあ、話を戻すと。
結局そういった「アンチ日常系」で「アンチ魔法少女」で「まどマギに似ていた」『ゆゆゆ』をどう評価すべきなのか。
……ぶっちゃけ、結論は出ないんだ。まだ。
確かに凄い。
どうせみんな死ぬ」って展開の予想を、「みんな死にたくても死ねない」って方向性で裏切ってくるのも相当凄い。
凄いけど……物語をまとめずに、ただ凄惨、悲惨なシーンを書くだけなら誰にでもできる。
かといって、ここで「物語を綺麗にまとめて」しまうと、ハッピーエンドにせよバッドエンドにせよ『まどマギ』になってしまう。
今、『ゆゆゆ』はとてつもないジレンマに陥っているのだ
だからこそ僕は期待している。
その全てを超えていくエンディングが用意されていると

巷でささやかれている「結城友奈黒幕説」など最たるものだ。もしそれをやってくれるなら、「過去最高に悪趣味なアニメ」の地位を不動のものとしかねない。
……ただ、仕込みが露骨なので「ミスリード」な気もするのだ。
「考察」ができないというのはそういうこと。ここまで「ハードルの高い」ものを仕込んできたアニメに対して、僕は「楽しみに待つ」くらいしかやれることがない。
……否、「楽しみに待つ」ではない。
震えながら待つ」である。

みんなで見れば、もう何も怖くない。
俺、結城友奈の最終回見終わったら色々やりたいことがあるんだ!


今回はここまで!

【以下余談】
ニコニコ大百科の「難民」って記事あるやん?

作ったんワシや(歴史に関しては気付いたら誰かが作ってくれてたけど)。
大学時代、唯一人に自慢できることである。
おしまい!


【余談その2】
ぶっちゃけ、『ゆゆゆ』のキャラクターはいくらなんでもみんな聖人君子すぎる。かといって少女たちが恨みつらみのバトルロワイヤル始めたらありきたりの話になってた。だから仕方ないのかもしれないけど、主人公結城友奈の性格はいくらなんでも人間を超えすぎている。

前の記事でも書いたけど、僕はTV版『まどマギ』の結論を好まないし、まどかの性格もやってることも好きではない。そういった感情をこめて、映画版『まどマギ』を絶賛している。

さて、『ゆゆゆ』はどうなることやら。
少なくとも、まどマギと同じエンドはあり得ないだろう。結城友奈が全て引き受けてエンド。あり得ない。何故なら、まどマギでは「まどかの変化」がしっかりと描かれていたが結城友奈に関しては何も描かれていないからだ。
その上でまどマギと同じ展開にするというのなら、僕はこの作品を容赦なく批判するだろう。そんなこと絶対にあり得ない。あり得ないので、本気で楽しみです。圧倒的な展開で僕を裏切ってくれることが。
さあ、僕を絶望させてくれ!(ドM)

コメント

(著者)
No.4 (2014/12/11 22:25)
>>3
コメントありがとうございます。
あー………………………その「将来への希望の片鱗を見せつつ丁寧に潰していく」を、考えられ得る最悪のやり方でやってますよ。これ以上ないほどに…………。
はぁ………。
つわぶき すずり
No.5 (2014/12/12 04:04)
PV第一弾を一目見て、「!これはなにかある! !でも何が起こるのかわからない!」ってティンと来た結果、事前情報なんて何にもないのに一話から食い入るように見つめてましたが、一週間経つごとに印象をどんどん変化させていくアニメですね。何が潜んでいるのか、これからどうなるのか、読めるようで読めない「怪物」のようなアニメだと感じます。これほど「一週間一週間楽しみにしてリアルタイムで見ていく」楽しさを覚えたのは初めてな気がします。
なんていうか、期待値爆上げして見ていってもきっと応えてくれるような、楽しみと気持ちよさがある作品だなあと思いますね。グラフィック、音楽、伏線(らしきモノ)など作り込みが丁寧ですし。
心の準備をして、変な顔をしながら行く先を見守りましょう……
「来週も、なるべく諦めなーい!」
(著者)
No.6 (2014/12/31 22:42)
>>5
コメントありがとうございます!返事が遅れてしまいました。
どうやら僕は「負のご都合主義」が苦手らしいです。にぼっしーが11話でああなったのも納得いきませんでしたし。「小指の先だけ動かなくなるとかじゃダメなのか!」って半ば本気でキレてましたw
そして最終回で発狂しそうになりましたww
せめて「負のご都合主義」を避けられないならいっそのこと、その不幸っぷりを最終回までぶっ放して欲しかったんですよね。この記事で述べたところの「全てを越えていくエンディング」にはならなかったので、ちょっと残念でしたね。
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