MistiRoom

思考停止ってなんだろう?

2014/06/20 15:46 投稿

コメント:6

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  • エッセイ

やぁ、Mistirだよ。

最近Twitterちょっと止めてます。
メシ食っただとか筋トレしただとか、自分の思考がポンポンと、それこそ汚物のように垂れ流されてるのにちょっと嫌になってきちゃってさ。そういった思考が……ゴミみたいな思考が自分の中で「堆積」してる中にこそ、もっと良い言語活動への道があるんじゃないかって、最近そう思うんです。

まー要するに、
思い付いたことをパパっと呟けるTwitterに奪われた大事なものって多いんじゃない?
って
思ったので、どっちかというとそれよりもしっかりと「考えたこと」を「語れる」こっちを中心に言語活動やってみようと思った次第です。


さて、今回はそのことに関する軽めの記事を一つ。

さきほど、このような記事を読みました。

人が思考停止する理由。従順であることの危険性。


これ読んだとき笑っちゃってさ。
これに対する一つの(あくまでも一つの)アンサーが僕の「ネトウヨの消失」の記事だったんだよね。過去記事です。

「ネトウヨ」の消失――これからの「自由」の話をしよう

ダイレクトマーケティング!
読むの面倒くさい人もいると思うので、軽く内容をまとめます。

僕らが自由だって思ってた政治的な思想やあらゆる考え方って、ただの反動だったんじゃないかって話。マスコミがあんなに嫌いになっちゃうのも「体制っぽさ」への反抗だし。だったらさ「反動」で生きるより、「反動は無意味だ」ってトコから始まって、そこに生まれる荒野の自由を遊んだほうがいいんじゃないかって話です。

つまり、ボクらの居場所はどこにもない。でも、だからこそ自由だ
詳しくは記事を読んでね。マーケティング!……念のため、あの記事が幾ら読まれたところで僕には1円も入りません。マーケティングやり過ぎたらなんか疑われそうなので、念のため……

さて、先ほどリンクを貼った「人が思考停止する理由」の記事で笑っちゃったのは、以下の部分です。引用します。

人々が期待する通りに行動する。自分自身で考えるのが怖いし、人と違うことをするのが怖いのだ。

 これはとても悲しいことだ。自分で起業せず、9時から5時の会社員生活を選ぶ。高校卒業後、世界を旅するのではなくそのまま大学に行く。



これは笑うしか無いでしょう。……バカにしてるわけではありませんし、否定してるわけでもありません。ここで「笑うしかない」のは、「思考停止」を否定する際にどうしても「思考停止」じみた「思考」になってしまう、その構造そのものに対して自虐的な笑いがこみ上げてくるからです。

だって、ここでは「9時5時の生活」が、「大学に行くこと」が「人と同じこと」と言われている。それに対抗して語られてるのは「自分で起業」であり、「世界を旅する」こと。
もう解説するまでもないでしょう。

ついでに言えば、非常に個人的にですが「貧乏バカにしてんのか」とも思います。まあこのことは深くは語りません。

……「自分で起業」。確かに、難しく、そしてマイノリティの道です。ただ、何でしょうね、この虚しさ。「自分で起業」することが、「世界の旅」が「思考停止してない」「従順でない」生き方として語られてしまう、この虚しさ。

これがもし例えば、以下の様な文章だった場合……僕は脊髄反射で賞賛していたかもしれません。


これはとても悲しいことだ。親のすねを親が死ぬまでかじり続けニートとして生きる道を選ぶのではなく、9時から5時の会社員生活を選ぶ。



ニートも難しいことですよ、プライドとの戦いです。

起業を推奨するくらいなら、こっちを勧めれば良いのです。違法行為でもないんだし。

……とはいえ、こっちもこっちでつまらない。ぶっちゃけ「起業」を選ぶのも「ニート」を選ぶのも全く同じこと。アホらしい。

もちろんのこと、元記事を書かれた筆者の方も「この矛盾」には気付きながら書かれているのでしょう。おそらく、何を選んでも資本主義や政治的な文脈での「思考停止」からは哲学者や仙人でも無い限り免れない……だからこそ、たとえそれが反動であっても思考停止するべきではない、と。

僕の、僕たちの自由は、「思考停止していない」自由ってなんなんでしょうね。「自分で考えた」選択ってなんなんでしょうね。フランスの大学受験みたいですね、以下について記述しなさい。「我々が我々自身で常識に惑わされず選択することはあり得るのか」。僕は「ありえない」から話を進めたい。

そして案の定、元記事のコメント欄は盛り上がっていました。またまた笑っちゃったのは、「安倍が言ってることを全部正しいと言ってるのは思考停止」って言ってる人がいたこと。
……相容れない政治思想の持ち主を「思考停止」って断罪すること以上の思考停止なんてそうそう無いぞ……
安倍晋三が言ってることは全部正しいって言ってる人も見たことないし……



さて、グダグダ書きましたが、ここで思考実験的に一つの逆説を弄してみようと思います。あくまでも「思考実験」であって、僕自身の考えとは異なる部分もあります。みなさんも考えてみてください。

思考停止こそ、真の自由であり、幸福である

こ、これは!オーウェルの『1984年』!……これ以外例えられないあたり、僕も教養不足です。それはそうとして。

思考停止して、「一見幸せそうな」生活を「幸せそうに」送ってる人……その方が実際問題として「幸せ」なんじゃないの?

全てを「流行品」で堅めてる人間を仮定してみる。
彼は「思考停止」しているのだろうか?「流行品」には「理由」があるだろう、マーケティングの問題にせよ実際の機能の問題にせよ、流行したからには「理由」がある。その「理由」を考える「思考のリソース」を彼は他のものに費やせるわけです。
に対して、「流行品は絶対に選ばない主義」の人がいたとします。彼は「流行品」を避けるために常に思考を費やす必要があり、それに多くの時間を同時に費やしています。

さて、「思考停止」しているのはどちらでしょう?


……ちょっと意地が悪すぎますね、我ながら。

うん、僕の話に戻ります。
僕は基本、赤と白と黒以外のものは選びません。選ぶのが面倒だから、色で悩む暇を他のところに回してるわけです。ジョブズや大前研一氏がやってた(やってる)方法だそうです(僕は彼らのファンではありません)。
あと悩んだら無印良品のグッズ買います。好きなんです。

はい、見事に思考停止ですね。
これに対してもし「思考停止するな」と言ってくる人がいたとしたら「やかましい黙れっ!」って言うことでしょう。

果たして、思考停止ってなんなんでしょうね。自由ってなんなんでしょうね。
それはそうと、僕は結構楽しく生きてます。
家畜の安寧虚偽の繁栄なんでしょうか、コレ?
死せる餓狼の自由選んだほうがいいんでしょうか?

もっと考えて生きろ?
お前は思考停止している?

やだなぁ、それを押し付けられるの。だってそれは……

僕の思考停止する自由を暴力的に奪ってくる、自由に対する抑圧じゃないですか。

ふふふ、ここいらで終わっときましょう。ではまた!

【今回のおまけ】
書く自由の行使、それがブロマガ!……まあごちゃごちゃ思考について語ってみましたが、結局はコトバの問題、個人の問題なんですよね。Twitterで「メシなう」は僕にとってみりゃ確実に思考停止ですが、「そうじゃないぞ」って言われりゃ何も返せません。それに、そんな難しい話抜きにしてもたまには「思考停止」しなきゃ人間疲れちまいますからね。
あれ。もしかして僕が今キーボードを叩いてるのは思考停止してるから……?
そしてコレを読んでるみなさんは、思考を停止している……?
いつから思考を停止していないと錯覚していた?
さて、身体でも動かしてこよう。思考を止めて、ね。


コメント

(著者)
No.4 (2014/06/22 14:59)
>>2
こんにちは、ありがとうございます。
『嫌われる勇気』の世界にも確かに通じる話ですよね。課題を分離すること。自分の課題と他の課題を分離すること。これは逆に言えば、「自分の課題は自分が一身に引き受ける」ことに通じています。もしかするとこれって結構キモなんじゃないかと。
結局は自分で自分のコトバを拭うしかない。自分の行動は自分で責任を取るしかない。それが当たり前なのに、今はネットとカオスの時代、コトバはカオスに埋もれ、個人の責任はみんなの責任に、一人の問題はみんなで燃やすっていうなんかアホみたいな時代になってる気がします。いや、あるいは昔からそうだったのかも。
僕は個人的に、100人が100人真の意味で「自分に利益のある」行動をすれば、その方が集団にとってもいいんじゃないかと思う時があります。例えば僕は小説が好きですが、「これ凄くサービス精神を意識して書いてるよな」って小説よりも、「これ明らかに自分のために書いてるよな」って作品のほうが好きだったりします。絵も同じで。
どうやら僕はいわゆる「倫理的利己主義」の立場に立っているようなのですが、勉強不足で……もっとこういった部分、倫理と経済学的なことをこれからは学びたいと考えてます。
よもぎ
No.5 (2014/06/25 18:14)
読ませていただきました。
あまり関係ないですが、最近昔から引っかかっていたことを再認識する機会がありました。累進課税ってやつです。
サント・アレクサンドラ女学院で妹・ルイの代わりに女装して学院生活を送らなくちゃいけないんだから、貴族道徳について学ばなければ!という思考とはそれほど関係ありません。サンプルCGで主人公の女装時のおち○ちんがなかった憤りも大したことはないです。
ともかく昔から累進課税の話題が出るたびになんかむかむかしてました。ちょっと考えてみても累進課税自体には何ら含むところはないし、むしろ合理的だとすら思っています。じゃあなんでむかむかするのか?うーん、どうやら社会の授業中の教師の言葉だとか一緒に受けていた生徒の反応が気にくわなかったところから続いているみたいだと。それで、はてさて、僕は彼らの態度のどこが気にくわなかったんだとHappyもこもこ漫画を読みながら考えていました。
そ... 全文表示
(著者)
No.6 (2014/06/25 18:21)
>>5
おめーはもうちょっと行動しろwwwwwww(リア友並み感)
ノブレス・オブリージュって考え方次第だったら、卑屈な下層民が考えだしたって言うことも可能だしな。でもそれを上流階級が自分たちの権威付けに利用できるってのもあるわけで。
納税者ランキングとかまさにそれでさ。あれ自体が一種、自分たちの立ち位置を誇示する力そのものになってる。ある意味持ちつ持たれつなのかもしれない。
大衆は案外無視できるんじゃないかとも最近思う。ネットの大衆なんて所詮ネットの大衆に過ぎないし。だから個人として言うがお前は本当に大丈夫なのかwww
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