MistiRoom

児童ポルノ問題を別方向から斬る!!

2014/06/12 23:32 投稿

コメント:14

  • タグ:
  • 児童ポルノ
  • 評論
  • エッセイ
よお!オレがMistirだ!

前回はクサイ内容の記事だったので、読者さん減ってないかちょっと不安ですが、引き続き好き勝手やってやるぜ!

さて今回の内容は、Twitterで衝撃を与えた「あの」画像に関することです。

さて、さっそくその画像を御覧ください。



これ見たとき……



超興奮したね!

……いや、性的な意味じゃないよ?ホントだよ?筆者はロリコンじゃないよ?

冗談抜きに、坂口安吾が「規制すればするほど特需が生まれる」って言ってたことや、「創造は制限から生まれる」という有名な事実がここで明確に立証されたように感じたからだ。
それに、この写真は……

表現の自由を、ロジックと表現という武器で歌い上げている!

これが興奮せずにいられますか!!

ここまでが僕の感想です。
さて……これが「児童ポルノに当たるか」という問題ですが、問題外です。
この辺りは語られ尽くされているでしょう。なのでそれほど語りません。

さて、今回の本題はここから。このツイートを含む以下のまとめをお読みください。

【成人男性による女装写真は児童ポルノなのか?】
http://togetter.com/li/677674




さて、お読み頂けたでしょうか?













お読み頂けましたか?
どう思いました?







筆者は…………























呆れました。

だってこれ……明らかに「議論」になってない。僕はこれ読んでて滅茶苦茶イライラしました。
何?「そんなもん読ませるな?」
すいませんでしたッ!でも許してください。

まぁこの三国志アイコンの人には言いたいこと山ほどありますが、大体のことはコメント欄にもう書かれています。

この記事では僕が要点だけ整理して言いますね。
僕はこれを読んで、こう思ったのです……

この人、誰と戦ってんだ?
次のツイートをお読みください。





これを見て、僕は真っ先にある小説のある描写を思い出しました。
言わずと知れた名作――

太宰治『人間失格』

その中の、かなり有名な一節です。
――世間というのは、君じゃないか。

ってことでググってみたんですけど、大爆笑してしまいました。


太宰メソッド


なんだこれwww滅茶苦茶センスあるネットスラングだwwww

さて、言いたいことはこれだけです。
「あれを違法ではなくても児童ポルノだと考える人って誰なのでしょうか」
誰と戦ってるのでしょうか

この人は、「あれは児童ポルノだ!」っていう立場じゃないと思うし、実際そうじゃないと思うよ。それでも……
一体何を目指しているのか。この「議論」は何に向かっているのか。

児童ポルノ問題でさ、実は真っ向から「俺が許さない」と「いいや、表現の自由を守れ!」 という二つの派閥が戦ってるの、あんまり見たことないんですよね。
同じ土俵の上で戦ってないから……それは、もちろんあるだろう。だけど……
このカギカッコ付き「議論」を見て思った。これは、代理戦争なんじゃないか、と。
しかも、代理に仕立て上げられてる「代理者」は変なところにいる。あるいは、いない。いたとしても……そいつは「利用」されるためだけの存在。


「俺は許すかもしれないけどあいつは許さないぞ〜俺は許すかもしれないけどさ〜、で、君〜あいつを説得するためにどうするつもりなのかな〜? 俺は許すかもしれないけど〜」

うっせーよ!そんなのあいつが直接言ってきた時に考えるわ!あいつって誰や!

っつーかお前誰やねん!
地獄のミサワか!


こんな感じになることが多い。
余談ですが、対義語は「お天道様が許しても、この桜吹雪は……見逃ねぇぞ!!」です。こっちのほうがカッコイイね!

つまり太宰メソッドに照らし合わせて考えると、
「『お前』が仮定する誰かより、『お前』の方がよっぽど面倒くさいわ!」になります。
『お前が仮定する誰か』と『お前』が完全に一致していないので、明確な太宰メソッドの適用範囲ではないかもしれませんが……まぁ応用はできるでしょう。そもそも太宰メソッドの応用ってなんだ。太宰に謝れ。ごめん。


まあこの問題に関してはこれが全てだとしても、極めて複雑なことに「世間じゃないあなた」が結局「世間」を作り出してるっていうことがたまにあるのだ。
こんな会話を仮定してみる。

Aさん「これは常識的にアウトじゃないか?」
Bさん「そうだそうだ、常識的にアウトだ!」
Aさん「ならやめとこ」

常識に照らしあわせて判断してるように見えるけど、実はAさんとBさん個人の「自重」でしかないわけで。でも、それこそが「常識」の力だったりする。そしてこの場でAさんとBさんが「常識」を「作り出して」いるのだ。さらに言えば、紛れも無くそれが「常識」の本質だ。

……あー、こういうこと、就活で多かったなあ(遠い目)

常識って、脳の中にしか存在してない。これ突き詰めるとガチの哲学になっちゃうから避けるけど、脳の中にある「常識」が邪魔を始めたとき……僕は、こう考える。
それは、作るべき、見るべき「常識」か否か。
僕の敵は、僕が作り出した常識になっちゃいないか。

さて、本題に戻って……

児童ポルノ問題を含む議論では、どの立場に立とうとも「相手」がこのように「常識」を作り始める場合がある。相手に何かを求めても始まらない。
だから自分が意識しよう。その際に大事なことは、おそらく三点……

1、目的を見失わないこと
2、敵を見失わないこと
3、相手をバカにしないこと

……うーむ、3番……。……ははは(乾いた笑い)

結論:Mistirはネット上の「ギロン」が大嫌いですッ!
おしまい。

※一部URLが弾かれるため、画像にてツイートを貼っております。

【今回のおまけ】
吉井和哉の名曲中の名曲『CALL ME』より一節。
人間的とは何かな 答えの数が世の中の形

コメント

hagehagehagehage
No.14 (2014/06/17 23:12)
あれ?新しいエントリーにコメントしようと思ったら消えてたww

すごく勉強になったし考えさせられることが多かったので、ちょっと残念です。。


かわりに、といってはなんですがこちらのエントリーに関して前回から少し思ったことを書きます。

表現規制推進派の言うように、もしメディアに犯罪を誘発する危険性が存在するとしたら、その効果を考える上で「読者の感じるリアリティ」は重要な要素だと思います。事実かどうか、ではなく事実と感じるかどうかの問題です。
例えば「完全自殺マニュアル」に問題があったとすれば思想性や出版の意図ではなく、読者が書籍の内容を現実に実行可能だと感じさせるだけの強いリアリティがあったということではないかと思います。同様に石原慎太郎氏の「太陽の季節」や「処刑の部屋」が多くの模倣犯罪を惹き起こしたのも、それらの作品が(作者の来歴を含め)読者にリアリティをもって受け入れられたゆえではな... 全文表示
(著者)
No.15 (2014/06/17 23:31)
>>13
はっはっは、僕は思ったことを僕なりに表明するまでですww
なのでまたよろしければコメントしてくださいw
(著者)
No.16 (2014/06/17 23:45)
>>14
おお、申し訳ないことをしました。
なんか最近自分の言語がガバガバになってる気がしまして……ちょっと言語活動自重したほうがいいんじゃないか、ってふっとよぎってしまったのです。前の自分語り記事もやり過ぎた感ありましたし、もう十分見られたからいいかなぁって思って非公開にしてしまいました。
ツイッターにせよブロマガにせよ、思考がダラダラ垂れ流されてしまってるので……蛇口を閉めるべきか、少し悩んでるところです。なんて、変な話ですねw
一応、鳩山由紀夫の記事は公開に戻しました。ありがとうございます。

さて、表現と規制の話ですが、まさに美味しんぼの話が頭によぎりました。確かにアレが責められたのはあまりにも創作と「リアル」の境目が曖昧だったからですよね。
仰るとおり、実際にあっ... 全文表示
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事