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「綴方教室(豊田正子著 山住正己編)」

2020/12/04 19:00 投稿

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  • 豊田正子
  • 昭和
  • 岩波文庫


 昭和初期、戦前の東京下町に暮らすブリキ職人の家に生まれた今なら小学四年生・五年生位になった少女が教師の指導を受けて綴った綴り方、今でいう作文が本になって出版されると当時のベストセラーになり、演劇にもなり映画にもなった。

 映画はスタッフに若き日の黒沢明氏がおり、主演は14歳の高峰秀子。スタッフ・出演者とも一流のメンバーを揃えて評価が高い。

 そのような大雑把なことだけ知っていたのだけど本も映画も見たことはなかった。どことなく戦前の子供の世界を描いた牧歌的なものを想像していた。
 はじめて本を読み、続いて某所で映画も見たのだけど 本の内容は牧歌的というよりはリアリズムに満ちた、自分が見た汚いものもそのまま正直に描写してしまうタイプのもので題材は身近な家族や知人。考えようによっては秘めたる恥部を公に晒すような内容だった。
 著者は子供としては、あるいは子供だからなのか脅威的な記憶力を持っていたようで周囲の人々の会話内容を口調や口癖もそのままに綴り方の中で再現して見せる。悪意は無くて見たまま感じたままを描写しているのだろうけど、「おびをだらしなくだらんとさげて」「えりは髪の毛でよごれて、黒光りに光っていて」「おかめによくにた顔をしていた」みたいに書かれた人が見たら気を悪くしそうな表現も多い。「うさぎ」という作品では近所の人の悪口を聞いたそのまま書いて、これが「赤い鳥」という雑誌に掲載されたことから悪口を言われた人から学校が抗議される、みたいな事件にもなっている。悪口に怒ったのは父親の上得意の妻であり、生活にも影響しかねない。
 著者はこれで綴方を嫌いになりかけるが才能を惜しむ教師の尽力でその後も綴方を書き続けるようなり、赤い鳥に何度も入選して鈴木三重吉にも講評を受ける。川端康成も彼女を評価したという。

 主人公は当時の庶民の中でも貧しい方であり、世情は不況に向かっていて父親の商売も先細りとなっていく。区画整理で立ち退きをくらったり、商売がうまくいかずに夜逃げしたりで今の墨田区や葛飾区を転々とし、この時期主人公は四つ目の小学校に通っていて ここで出会った教師によって綴方の才を見出される。
 主人公のような境遇の人々の暮らしを読者も今そこにいるかのように活写してみせる、貴重な記録といえばそうだろうし、ちょっと裕福な層からはのぞき見するような面白さがあったのかもしれない。
 アンネの日記や高野悦子の二十歳の原点を読むような、人の心の中、人の人生を疑似体験するような面もあったのかも。
 目の前で起きたことをそのまま書いてしまう著者の綴方は、貧乏に負けて気持ちが荒れていく両親のいさかいや、借金しないと正月を迎えられない困窮の様子、その借金を著者が頼みに行かないといけなくなる経緯なども書いてしまう。親からすればたまったもんじゃないだろう。

 著者は今残る写真を見るとふっくらした美人で、自分が朗読するレコードを吹き込んだりもして当時のスターみたいな扱いも受けるが本や芝居や映画がどんなに評判になってもそのことが一家の暮らしをうるおすことは無く、印税収入は本を編纂した教師が著者と著者一家の無知をいい事に全て自分の収入として取り上げてしまったらしい。本を編集したのは自分だから収入も自分のものみたいな。文庫本の解説でも非難されている。
 主人公はそれでも恩人として教師を信じ続けたが、報われなかった様子。結局小学校を出ると当時の多くの子どもと同様に女工となる。両親から家計を助けるために芸者になれ、と言われたようなことも書いてある。この本にははっきり書いてないけど父親の仕事はほとんど無くなって家の中は暗く荒れ、母親は不倫して両親は険悪になり弟二人は空襲で死ぬ。
 その後の人生はこの本には書いてないけどその後もいろいろな文章で書き残したようで調べると軍部に利用されたり戦後は共産党に入ったり、中国に行って文化大革命を絶賛したりある男性と出会い夫婦同然の生活を送るが裏切られたり共産党と決別したり大病を患ったりと波乱の人生を歩んだ様子。
 その後も文筆は続け、自分の印税が入るようになり再びヒット作を書いたりもして、晩年になってようやく平穏な生活を送ることができるようになったみたいに書いているHPもある。
 その名声で晩年はテレビに出演することなども多かったらしく、2010年まで生きて88歳で亡くなっている。彼女が育った葛飾区では郷土の偉人として再評価されているみたい。
豊田正子『綴方教室』顕彰のしるべ | 葛飾みんなの協働サイト~葛飾区公式協働ホームページ~ (katsushika.lg.jp)
豊田正子・未発表原稿入手 | 葛飾みんなの協働サイト~葛飾区公式協働ホームページ~ (katsushika.lg.jp)

 映画の方は素朴な雰囲気でまとめられていて原文のどこまでも遠慮なく書いてしまう、というところは弱められている。当時の東京はこんなんだったんだ、と思う。長屋に住む貧乏人同士の助け合いながらも時には人間関係の親密さがうっとうしいような雰囲気、どこまでも助け合う人情喜劇とはちょっと異なる親しさの影に垣間見える所詮は他人の冷たさみたいなものもかいま見える。
 教師はあくまでも善人として描写されている。巨額の印税など入らなければこの人も善人で著者にとっても信頼できる恩人で終わったのかもしれない。
 映画が作られ公開されたころは、描かれた下町の長屋の暮らしは当時の人の共通の体験であり認識であって演ずるにもとりたてて困難はなかったろうけど、今は相当な時代考証をしないと再現する事さえ難しいような歴史の彼方の出来事になってしまっている。
 そういう意味では映画だけどけっこうこの時代のドキュメンタリーに近い映像記録なのかもしれない。隅田川の情景など見ると本当にそう思う。
 映画では先生は主人公の家に援助をしたり、芸者にさせられそうになったらなんとかこれを防ごうとしたりして善人そのもの。最後は主人公の父親が工場の正社員みたいになって貧乏から抜け出せそうな雰囲気で終わる。
 でも原作の方はそんな都合のいい救いなど無い。全然牧歌的な作品なんかじゃなかった。

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