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「マラコット深海(コナン・ドイル著)」

2020/10/06 19:00 投稿

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  • コナン・ドイル
  • SF
  • 深海


・まだSFなんていう言葉が定着していなかったころに書かれたSFの古典。作者のコナン・ドイルは名探偵ホームズで有名だけど自分ではホームズはあまり好きではなく、読者と出版社に書くように強制されてイヤイヤ書いたみたいなところがあったけど、SFの長編は自分の文明批評なども入れてノリノリで書いた、みたいなことが解説に書かれている。

 でもこの作品は今読むとちょっといろいろ引っかかるところがあってあまり素直に楽しめないかも。原作に忠実に映像化したらおそらく失笑されるとも思う。

 作品の舞台は1926年の大西洋。作品の発表は1926年。この本ではカナリー諸島と書いてあるけど、一般にはカナリア諸島として知られているアフリカ大陸西の北側の一帯のさらに西側の海底に、どれだけ深いか測定されていない海淵があって これを発見したマラコットという生物学者にちなんでマラコット海淵とかマラコット深海とか呼ばれていることになっている。

 マラコット博士は海上からの調査ではらちがあかない、と自ら汽船を準備し、自分が開発した潜水函を船から海底に降ろして調査しようと探検隊を編成する。
 博士は海洋生物に関しては権威で、有名な人物であることになっている。ベストセラーとなった本もたくさん出していて私財もたくさん持っていて、それで潜水函や探検隊の準備をしたのだと思うけどそのへんはよくわからない。具体的な年齢は書かれていないけど、元気な老人という感じで書かれている。

 いくら頑丈な潜水函でもこれを船とつなぐ鎖や送気管の長さの関係で海淵の中までは下ろせないので、博士は海淵のふちにある小高くなっている水深550mくらいの海底に下りる計画らしい。だが博士はこれを汽船の乗組員の誰にも話さないで秘密にしている。
 ストラッドフォード号という汽船も博士がイギリスに発注して新たに建造させたものらしく、その底部には潜水函を下ろすための開口部がある。潜水函はこれも秘密保持のためか部品の形で積み込まれており、航海中に博士自らが組み立てる。アメリカの製鋼所の職工が雇われており、彼が助手として組み立てを手伝う。イメージとしてはサイコロのような形であり、壁に当たるそれぞれの面には丸いガラスがはめ込まれている模様。船の中で二人だけで水漏れのないように組み立てられるかはちょっと疑問があるところ。溶接などできないので鋲で組み立てた様子なのでなおさらあぶなっかしい。

 とにかく目的地に着いて、これまで潜水函のことをはっきり知らされていなかったらしい汽船の船長の制止を振り切って博士は海底へ向かう。最初は一人で行くつもりだったらしいが、探検隊員の一人だったアメリカの青年が博士の信頼を得て同道することとなる。この青年の手記という形でこの小説の大部分は書かれている。
 さらに潜水函を組み立てた職工も同行させてほしいと強く主張したため、機械が不調になった時のメンテ要員として仲間に加わる。
 海底にもほどなく到着してそこにいる珍しい生物や海底の様子を観察し、そろそろ引き上げようかというころに、海淵の中から全長数メートルの巨大なザリガニみたいな生物が現れて潜水函に取りつき、強力なハサミで潜水函と船をつなぐ鎖を切ってしまう。函はゆっくりと深海に落ちていく。正確にはわからないが、事前の測定では少なくとも8000mくらいの深さがあるらしい。

 送気管が切られて浸水した穴はすぐに塞ぎ、函には酸素ボンベも積まれていて、あと24時間くらいは生きられるがそれで終わり。その前に水圧で潰されるだろう。と思われたが、函は海底のやわらかな泥の上にふんわりと降り、海底は燐光のようなもので光っていて照明が無くても不自由しない。マラコット博士は深海では水圧を打ち消す力が働くのでナントカカントカ、と主張しているのだがその通りで、この作品では水圧は8000mの海底でも何の影響もないことになっている。この時代の作品だからかろうじて許される設定でしょう。まだエーテルが実在すると信じられていた時代の作品で、何かというとエーテルの力だ、みたいなことになる。

 さらにこの時代の作品だから許されそうな設定として、深海にはアトランティス大陸の住民の子孫が生きている。マラコット博士たちは潜水具も持っている彼らに救われ、客人として歓待される。彼らは執筆当時は実現していなかった原子力をエネルギーにして海底地下都市みたいなところで暮らしており、未だに実現していない元素組み換え技術みたいなで食糧や生活必需品なども合成して作り出している。

 そして語り手である青年は、この海底人の族長の娘と恋仲になる。海底人たちは先祖の残した高度な科学技術を継承はしているが、維持するだけでもうそれ以上は進歩しない、みたいな感じになっている。貴族と奴隷がいる社会みたいにもなっていて、現代人から見て進化しているのか退化しているのかよくわからない。変な信仰も持っていて神殿を畏れ、生贄を捧げる習慣もあるらしい。
 近代人であるマラコット博士たちはこのあたりの旧弊を巡って海底人たちの神職者と対立し、さらにSFとは言えないような超古代の魔神がその背後にいることがわかってその魔力に圧倒されそうになるが、超古代の賢者の魂がマラコット博士に憑依することによって魔神を打ち破り、海底人の装具を改良して海上世界へ復帰する。青年と恋仲になった娘も一緒にやって来る。
 
 地上に戻ったマラコット博士は再度の探検を計画している様子。いろいろと調べたい生物がいるらしい。本筋にはほとんど影響しないけど、海底に棲む様々なモンスターが登場し、中には人間を食べるものもいる。

 でも青年は愛する人ができたので、職工も陸にいた恋人と結婚したので、博士の二度目の冒険に同行する気はない、みたいな感じで終わる。
 この作品の主人公は語り手であることもあって青年のようではあるのだが、マラコット博士の方が強く主体性を持っている。

 海底の水圧の問題やアトランティスの科学文明がノーメンテに近い状態で数千年稼働していること、奴隷がいて魔神がいてというその社会体制などそのまま真面目に映像化したら失笑ものだと思う。
 作品構成としても手記の形で書かれているので、そこで青年は死ななかったとわかるのであまりハラハラしない。突っ込みどころは山ほどあるのだけど、マラコット博士のようなバイタリティ溢れた老碩学みたいな人物はコナン・ドイルお気に入りの人物像だったらしい。
 ロストワールドなどに登場するチャレンジャー博士に似た感じもある。科学小説なのに途中で魔神や神のような存在が登場するのは、晩年コナン・ドイルが心霊学に傾倒した影響であるらしい。

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