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「プラネタリウムの外側(早瀬耕著)」④忘却のワクチン

2020/07/03 19:00 投稿

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  • 早瀬耕
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・「プラネタリウムの外側」のエピソードから2年が過ぎている。南雲は居つかれてしまった、と困惑している。佐伯衣理奈は南雲が逆らえない上司の藤野奈緒教授の圧力で一時的に実験の手助けをしただけの学生だが、その実験が終わっても南雲の研究室に週2回は顔を出し、副業を手伝ってもらっている尾内佳奈と女子トークをしてまるで喫茶室みたいに入り浸っている。
 いつの間にかコーヒーとココアしか置いていなかった研究室に外国産のハーブティーのティーバッグが増えていく。
 一時的に彼女に有機素子コンピューターを貸し与えたが、いつの間にかその正式な使用許可を南雲が知らないうちに正式に取っている。どんどん自分の領域が彼女に侵略されていく。
 最初にやって来た時は2回生だった衣理奈ももう卒業の時期だ。就職は決まったのか、と佳奈に尋ねると衣理奈ちゃんは進学希望ですよ、知らないんですか?と言われてしまう。何故俺に言わないんだ、とぐぬぬすると衣理奈が部屋に入ってきて、相談を持ち掛ける。
 衣理奈は経済学部の人からリベンジポルノを消したいと相談されましたが、南雲さんできませんか?と聞いてくる。南雲は「ほとんど不可能に近い」と答える。
 衣理奈は、他の人に聞いたら全員「できない」という答えでした。そう言わなかったのは南雲さんだけです。だから、南雲さんなら大丈夫と思ってその依頼引き受けて、お金ももらっちゃいました、ととんでもないことを言う。

 藤野教授から南雲にメールが来る。期限付きの助教から准教授に推薦する条件みたいに、佐伯衣理奈の指導教官にしてあげるから彼女が大学院に無事受かるよう、彼女がやっかいごとに巻き込まれたら解決してあげること、と書いてある。つまり、リベンジポルノを消せ、ということだ。南雲はいつものようにAIの「ナチュラル」に愚痴をこぼす。副業の方は最近はサクラを減らしてAIの比率を増やしているが、売り上げに特に悪影響は出ていない。リベンジポルノなんて、完全に消せると思うか?なんて愚痴とも相談とも独り言ともつかないことをナチュラル相手に会話すると、ナチュラルは「発端」をなかったことにすれば可能だろう、と答えて来る。聞き返すとつまり過去を忘れることだと言う。
 南雲にはよくわからないが、ナチュラルは話を続ける。2年前に現代美術コンクールで賞を取ったポスドクは、尾内佳奈と付き合っていた。TrueかFalseか?と聞いてくる。
 南雲はこの命題がTと記憶している。だが尾内佳奈本人はこれを全く覚えていない様子が見える。ナチュラルは正解はTだと南雲に教えた上で、人間は完全に忘れてしまうと記憶よりも記録の方が正しいと勘違いするのさ、と話を続ける。ノートを取らずにスマホで板書して、自分や友人の写真は目の大きさや肌の色を補正して記憶する。そんな人間にとって正しいのは記憶と記録どちらだ?と聞いてくる。
 ナチュラルは人間の脳にはアクセスできないが、スマホやパソコンにはアクセスできる。ナチュラルはそうやって尾内佳奈の外部記録を操作して、彼女がポスドクと交際していた記憶を消したと言ってるのだ。ナチュラルは、その話協力してもいいよ、と乗ってくる。

 これを依頼してきたのは被害者本人ではなく、彼女の家族や恋人でもない。友人ですらない。たちの悪い男たちと遊びまわる彼女を案じて、かえって私を矯正しようなんて、きみの驕りなんだよ、と
言われてふられてしまった高校時代の元カレである。だが彼女は彼が彼女をふったと思い込んでいる様子。自分を馬鹿にしている、とすぐ思い込んで彼を批判してくる。
 彼としては彼女に「そんなことしちゃ駄目だよ」ともっと強く言えなかったことを悔いている。そして詳しい経緯は知らないが、彼女の淫らな写真がネットに流通するようになり 彼女は大学に来なくなった。前期試験も受けないつもりらしい。このままだと卒業できないかもしれない。
 だからそういう写真をネットから消せないか、頼むなら男性より女性だろうとインターネットに詳しい女学生を知らないかと工学部の友人に聞いた結果、佐伯衣理奈を紹介されたのだ。相手はこれを別の意味にとったのか、あまりかわいくないけど、と条件付きで。
 実際に衣理奈と会って事情を話すと、いろいろ辛辣な突っ込みも入るが衣理奈が指導教官の協力を得ればできるかもしれない、と条件をつけて引き受ける。衣理奈にとって信頼できる男らしく、衣理奈はその男を好きらしい。

 ひと月後、その依頼者は衣理奈に呼び出される。やっぱり駄目だったのか、と思ってやって来る彼に、衣理奈はあとひと月かふた月で画像が消えるように準備はできた。でも副作用があるので念のためにそれでもいいか確認に来たと告げる。
 副作用とは、リベンジポルノが消えるのと一緒に彼と彼女の思い出も消えるかもしれないということ。それでもいいのか、と。
 依頼人は2時間だけ彼女との思い出にひたりたいので、そのプログラムの起動は2時間まってほしいと条件をつけて了承する。衣理奈はわかった、と一度去るが引き返してきて、思い出を忘れても彼女がいなくなるわけじゃない。だからまた彼女を好きになればいいだけだよ、と告げて今度は本当に去っていく。
 南雲は一種のコンピューターウィルスを作り、このビット配列に依頼された女学生の顔認証データを埋め込む。感染したデバイスのアドレス帳、メールボックスにその女学生の名前がある場合はそのデバイスを次の感染源とする。すると本物のィルスィルス核酸がカプシドと呼ばれる膜に覆われているように、被害者の女性の画像データの中にコンピューターウィルスが覆われている形となって、アンチィルスソフトを製造している会社にはこの女性の画像をィルスと認識し、多くのデバイスから彼女の画像を削除していくことになる。ィルスであろうとなかろうと。
 出会い系サイトの運営だけでもまずいのに、ィルスを作ってばらまいたとわかれば失職は間違いない。ナチュラルは俺がィルスの発生源を適当に探しておいてやるという。

 依頼者と約束した時間が来るまで、南雲は衣理奈と会話をする。衣理奈は 
「過去に誰かを好きだったことを忘れてしまった人と、つらい思い出を抱えたままの人の二択だとしたら、どっちの人を選びますか?」と聞いてくる。
 南雲ははぐらかそうとするが衣理奈は引かないので、後者だろうなと答える。
 そういえば衣理奈も交際相手が鉄道事故で死んだというつらい思い出を抱えているのだった。そして時間を潰しに二人でカフェに行く。この時南雲は衣理奈がこの仕事でいくら金をもらったのか聞いてみる。8万円です、という答え。俺に失職の危険を冒させて何だそれは、という南雲に、衣理奈はその代わりに、とある提案をする。

 それから半年余りが過ぎる。依頼人は女学生と待ち合わせをしている。彼女は夏休み前に体調を崩して前期試験を受けられず、留年を決めた。彼自身は東京の総合商社に就職が決まっている。やってきた彼女は来年は東京の企業に受かるつもりだから、待っていてくれる?と彼に来いてくる。高校時代から付き合って、手書きの交換日記をしてきた相手だ。しばらく途絶えていたのだが、彼女はまた交換日記しよう、と言ってくる。
 メールでいいじゃないか、という彼に、彼女はメールなんて駄目だよ、手書きじゃないと、とノルマも課してくる。二人は日記に使うノートを買いに行く。

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 交際を始めた二人の思い出もネット上には残らないことになるが、手書きがいいよ、というタイプの彼女には問題ないのだろう。ある程度年齢が過ぎれば画像認識されなくなるのであればそれ以降は残るのかもしれない。

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