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鳴門秘帖(吉川英治著)②江戸の巻

2020/06/18 19:00 投稿

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  • 吉川英治
  • 伝奇小説


・お千絵様
 江戸駿河台に墨屋敷と呼ばれる甲賀二十七家の住居の集まった区域がある。甲賀は先祖代々幕府の隠密役を勤める家柄。だが世に戦乱が遠ざかり太平の世が続けば無用のものと思う人間も出る。
 今は何かと口実をつけて幕府はこうした家を減らそうとしており、先日も甲賀の宗家にあたる甲賀世阿弥(よあみ)という者の屋敷が閉門となったという。という話をしているのは屋敷に近い武家の御新造と鉄砲笊をかついだ屑屋さん。屑屋の正体は目明し万吉である。
 万吉は江戸に戻ると真っすぐに千絵の屋敷を訪ねたのだったが、玄関は釘付けとなって庭口にも施錠され、呼んでも誰も出てこない。隙間から覗けば庭も荒れ果てており、表札は旅川周馬と変っている。この名は以前銀五郎が弦之丞に千絵を狙う男として告げたものだが万吉は知らない。
 近所を聞きまわっても千絵はどこかに移って行ったというのだが、万吉の勘ではこの屋敷には女がいるような気がする。そこで詳しい事情を知ろうと屑屋に化けての聞き込みだったのだが、この御新造によれば旅川周馬という男が立ちまわって世阿弥の戻らぬ屋敷を手をまわして我が物とし、さらにお千絵を屋敷の奥に軟禁しているのだという。近所の者は皆知っているのだが、噂をすればそれだけで旅川は仕返しをしかねない男なのでみんな黙っているのだと。

 万吉は思いきって塀の隙間から中に入り、家の中の様子を伺うと人の気配。思い切って羽目板を叩いてお千絵様、と呼びかけてみると 誰? と返事がある。万吉は名乗って法月弦之丞の使いで来た、と伝えると中の女は驚いた様子。だが格子の入った窓枠に飛びついたところ、中からその手をつかまれて、逃げるとこの手を小刀で羽目板に縫い留めるよ、と脅される。
 しまった!とあせる万吉だが、この声に聴き覚えがある。お綱の声である。お綱が言うには旅川という男に金を貸していて、今日はその取り立てに来ているのだという。ここでは何だから、自分の表の商売である本郷妻恋の家に来てほしいという。掏摸のお綱と目明しの万吉だが、互いに助け助けられた恩義がある間柄。ここは協力してもいいと万吉は思う。

・旅川周馬
 万吉はお綱の家を改めて訪ねることを約するが、家の中にお千絵という娘が監禁されていないか聞いてみる。お綱は一通り家探ししてそのような気配は無いと答えるが、もし見つけたら救い出してやる、代わりにあたしの願いも聞いておくれ、と取引。万吉は内容も聞かず承知する。万吉はこの約束のために後々苦しむことになる。
 塀の外に人の気配がしたこともあって万吉は引き揚げ。屑屋に戻る。塀の外にお十夜孫兵衛の姿がある。人の気配はこの男だったのだ。互いに正体を見破る二人だが、ここで戦う気持ちは無い。万吉は千絵をなんとしても見つけるのが先。孫兵衛は実はお綱の噂を聞いてたちまわってきたところで、こちらもそれが優先である。万吉が立ち去って、孫兵衛はこの屋敷にお綱が借金の取り立てに来ているはずだと聞いているので塀を乗り越えて入ろうとする。その足をつかんで引きずり落とし、襟髪をつかんできた男がいる。これが旅川周馬。27、8の総髪の小男である。孫兵衛は斬ってやろうと身構えるが、周馬は間を外すように大笑いして、何用あって拙者の屋敷に入ろうとするのか、と真面目に尋ねる。こう出られると孫兵衛も斬るわけにかなくなって、自分の女房が中にいるのだと言い訳。女房の名はお綱だと申し立てる。すると周馬はお綱と聞いて困った様子。だが何気なくそれではご主人が来ているとお綱に伝えましょう、と鍵を出して門を潜る。

・鏡の裏
 旅川周馬は実はお綱と顔を合わせるのを嫌って、庭を素通りして裏門から逃げている。待ちぼうけを食った孫兵衛は引き揚げる。一方お綱は自分の家のようにこの屋敷に居座ってしまう。茶菓子を用意して屋敷内から探してきた草双紙を読む毎日。時に三味線をつまびく。
 だがこんな生活が八日続くとさすがに不安になる。万吉と話をする約束もしているし、会って弦之丞と自分が結ばれるように仲立ちを頼みたいとも思っている。屋敷内をいくら探してもお千絵の気配は無い。これはお千絵は既に周馬によってどこかへ連れ去られているのだろうと思う。となればこれ以上ここにいても無駄だろう。周馬は自分がここにいる間は決して戻るまい。
 と決めたところに侵入者。孫兵衛である。お綱は孫兵衛にあたしはあんたなんか嫌いだよ、法月弦之丞というお人が私の胸に宿っているのさ、などと啖呵を切るが孫兵衛は力ずくでお綱をものにすると決めたようで家の中を追い回す。廊下の袋小路に追い詰められるが、鏡張になっているこの廊下の突き当りが含燈返しになっていて、くるりと回ってお綱を消してしまう。
これにあせる孫兵衛。思わず自分もそこに駆け寄るが、よした方がいいですよ、奈落の底に落ちますから、と話しかけたのはいつの間にか忍んでいた旅川周馬。
 周馬は孫兵衛にお綱の命が惜しければ、ここは取引といきましょうと申し出る。

・悪玉と悪玉
 周馬の申し出はシンプルで、孫兵衛が人を一人斬ればお綱を返すというもの。腕は孫兵衛が上だが悪だくみは周馬が上という印象で、差し引きして互角の悪と悪。孫兵衛は斬ってやるかと刀を抜くが、ここは周馬が勝手知った隠密屋敷。どんな仕掛けがあるかわからない。
 周馬が斬るべき相手の名を出すと、孫兵衛もその気になる。相手の名は法月弦之丞だった。
孫兵衛にとって弦之丞はお綱を挟む恋敵。そして周馬と弦之丞は、お千絵を挟む恋敵なのだ。
 悪人二人は手を結ぶと決めて、仲直りのしるしにと飲みに出る。

・日陰の花
 お綱が入ったがんどう返しの部屋は床が廊下と同じレベルになくて、1階下に落ちたような恰好らしい。しばらく落下のショックで気を失っていたらしいお綱だがやがて目覚める。だが下には畳が敷いてあって幸い怪我は無い。真っ暗なので手探りで調べると7,80畳はありそうな広い部屋。壁には扉も障子もなく柱が二間おきに並び、その間は羽目板が貼ってある。足元に孫兵衛と戦おうとした時に取り出した匕首が落ちている。
 お綱は慌てても仕方ない、と度胸を決めて暗闇に目が慣れるのを待つ。するとかすかに香の薫り。香の出所を探るとわずかな隙間があって、柱の陰にわずかな灯りが見える。お綱は匕首でその隙間を広げにかかる。覗ける程度の穴が開くと、向こうには普通の部屋があって二人の女性がいる。お千絵と乳母のたみだった。行灯があって戸棚など生活用具もある様子。
 実はこの部屋は甲賀宗家である世阿弥が甲賀の仲間と秘密の会合を行うために作った穴倉部屋で、お千絵がいるのはその控えの間のようなところ。大部屋には「お鏡下」、お千絵の部屋には「蜜見の間」という呼び名がついている。ここに入るには鏡の出入り口から梯子をかけるのだが、その梯子は周馬が引き揚げてしまって千絵とたみを幽閉しているのだ。
 周馬はお千絵に俺の女になれと迫り、また世阿弥が隠した甲賀の財宝や秘密書類の在りかを教えろとここに閉じ込めて圧力をかけているのだった。無理強いすれば千絵の気性から自害するとわかっているので遠回しの圧力をかけている様子。
 お綱は思い切って千絵に声をかけ、法月弦之丞の名を出すと千絵はお綱を信用する。お綱はさらに羽目板を壊して千絵がこちらの部屋に来れるようにするが、鏡裏の出口までは一丈(役3メートル)あるので登れない。 
 乳母のおたみはそこに数珠梯子が垂れているはず、そこからお嬢様を逃がしてください、私はその間に旅川周馬に財宝や秘密書類が渡らぬようこの屋敷に火をかけます、と行灯の油を撒いている。だがさあ、行きましょうと梯子を引いたとたんにこれが朽ちていて切れてしまう。既に火をつけてしまっていて、あっという間に燃え上がってもう消せない。
 おたみは畳を持ち上げて二つの部屋の間に立てかけ、これを自分の背中で抑えて時間をかせぐ。その間にお綱はしごき帯を梯子に結ぼうとするがうまくいかない。
 
 万吉は外神田のめし屋で酒を飲んでいる。二人の角兵衛獅子の格好をした子供が現れて、寒そうにしているので万吉はそばに呼んで火にあたらせてやり、里芋を分けてやる。そこにお茶の水あたりで火事だという知らせ。なんでも火元は駿河台の墨屋敷だという。こう聞くと万吉は勘定もそこそこに駆け出していく。
 間一髪で万吉は鏡の裏の隠し部屋を見つけ、取り繩でお千絵、お綱の二人を助け出す。だが自分の背中で火の延焼を防ぎ続けたおたみは助からなかった。このお民が先に死んだ銀五郎の妹で、兄妹とも千絵に忠義を尽くして命を落とすことになった。
 その頃京橋あたりで一緒に飲んでいた孫兵衛と旅川周馬も火事に気付いている。二人は明日あたり江戸に着くはずの法月弦之丞をいかに始末するか、という打ち合わせをしていたのだが、火元が墨屋敷と知ると愕然とする。とにかく様子を見に行くがもう焼け落ちている。
 だが神田川の岸でお綱が羽織っていた被布を見つけ、焼け死んだのではなく逃げたのだ、と知って後を追う。
 二人を守って逃げる途中だった万吉は周馬と孫兵衛に追い付かれ、戦うものの川に落ちてしまう。だが突然現れた深編笠の武士が二人を圧倒する腕前を見せて追い払い、千絵を籠に乗せていずこかへ運び去っていく。そのころようやく川から這い上がってきた万吉は、気絶しているお綱を見つける。

・自来也鞘
 六郷川の渡し船に乗った虚無僧が、乗合の客に先日の昨夜の火事の話を聞いて不安そうな表情をする。八ツ山下の木戸をくぐって江戸に入ると、茶店で往来を見張っていた男が後をつけてくる。武芸者風のいでたちで野袴をはき熊谷笠をかぶり、腰には朱色の自来也鞘に収まった大小を帯びる。自来也というと海竜大決戦の主人公だが(映画では自雷也表記だけど)、これに由来する鞘なんだろうと思うけど具体的にどういうものかはわからない。
 この男こそ阿波藩主から法月弦之丞を討てと命じられて江戸までやってきた天堂一角。実はここまでずっとつかず離れず尾行してきて機会あればと狙っていたのだが弦之丞も気付いていて隙を見せず、討てずにここまで来てしまった。
 弦之丞がふと道をそれると慌てて後を追った一角は間違えて別人を斬ったりして見失ってしまう。甲賀屋敷の焼け跡に姿を見せた弦之丞はそこに佇んでいた二人の侍に、彼らは甲賀屋敷の者であろうと見当をつけて話しかける。ここに住んでいたお千絵のことを。すると相手は弦之丞の顔を見たとたんに逃げ出してしまう。

 翌日神田の湯屋にお十夜孫兵衛と旅川周馬の姿がある。昨夜弦之丞に話かけられて逃げ出したのはこの二人だったらしい。二人は謎の武士に負けてお綱とお千絵を奪われたと思っているのだが、孫兵衛はあいつは天満与力の常木鴻山だったのではないかと思い始めている。
 昨夜は女二人の手掛かりを探して甲賀屋敷近辺をうろうろしていたところを弦之丞に声をかけられ、屋敷とお千代を失ってちょっと気落ちしていた周馬が反射的に逃げてしまったのだった。二人は湯女を連れて浅草に行くが、ここで孫兵衛は何かを見たのか先に帰ってくれ、と単独行動をとる。
 孫兵衛は自来也鞘の武士に声をかける。天堂一角は孫兵衛を認めて関屋孫兵衛かと返事をする。孫兵衛ももとは阿波の原士。現役原士の一角とは旧知と見える。
 二人は旧交を温めるうちに、共に法月弦之丞を追っていることに気付くと手を組むことにする。

・見返り柳
 万吉はあれからも駿河台の焼け跡に足しげく通い、石碑に弦之丞が書いたらしい文字を認める。そこには彼の居場所が書いていある。万吉はあれ以来、助けたお綱の家に身を寄せていたので早速戻り、お綱に弦之丞の消息がわかったと伝える。
 お綱は万吉からいろいろな事情を聞いて、自分が掏り取った300両がきっかけで唐草銀五郎と待乳の多市が命を落とし、それが千絵を絶望させることになったと知っている。
 これまでは自分の掏摸の腕に自信を持って悪女として生きてきた彼女だが、そのことがこのように人に災いを及ぼすと深く知って罪をつぐなうためにもお千絵は助けたいと思っている。
 一方で弦之丞への思慕もある。二人は早速弦之丞が身を寄せているという普化宗の寺を訪ねるが折悪しく不在。しばらく近所で時間をつぶすことにすると、角兵衛獅子の子供二人が三人組の侍に乱暴されているのに出会う。侍は孫兵衛と周馬、一角である。
 以前万吉が里芋をやった子供だが、これがお綱の妹、弟らしい。助けに飛び出そうとするお綱をお前が行ってどうなる、と止める万吉。だがそこに虚無僧が現れる。弦之丞である。
衆人環視のなかで斬り合ってはまずい、と周馬が柔らかく応対してここを納める。子供は侍をからかったらしいのだがこの間に逃げ去る。
 三人組は立ち去り、万吉とお綱は頃合いを見て弦之丞に声をかける。立ち話もなんなので寺へ参られい、という話になるのだが、ここで先ほどの子供がお綱に抱きついて来る。
 三輪と乙吉はもう離すものか、と家を出たまま戻らぬお綱にしがみつく。こうなると寺に同行するわけにもいかず、弦之丞に心を残しながらひとまず幼い二人を家まで連れていくことにする。だがさすがに家までは行かず、おはぐろ溝の近くで幼い二人にまた来るからね、と言い聞かせて帰らせる。
 お綱の母、お才は元芸者で名妓と呼ばれた人であったが、乱暴な地回りと一緒になって四人の子供を授かり、若くして世を去った。夫の虎は年頃のお綱とその下の妹を吉原に売って金にしようとし、お綱はこれを嫌って家を飛び出したまま帰らずにいる。下の妹は売られてしまった。お才は生前、お綱だけは虎の子供では無いことを打ち明けているが、父親が誰かは話さなかった。養父は子供を働かせて自分は遊び暮らしているろくでなしだ。
 養父への嫌悪から実家にはずっと近づかず、知らぬふりでここまで過ごしてきたのだが、いざ妹、弟に会うとその境遇が不憫である。自分の掏摸の技で金を作って義妹を吉原から身請けし、三人が暮らせるだけの手助けをしてやりたい、と魔が差したように思う。
 

・変化小路
 だがお綱はもう自分が金を掏り取った結果が、掏り取られた人の運命を変えてしまうかもしれないと知っている。そうなると指が動かない。そうこうしているうちに役人に囲まれている。掏摸として名の売れている彼女が実家に近付けば、必ずこういうことになる。
 お綱は身軽に匕首をふるって包囲を抜けると、女湯に入って追っ手をまいてしまう。

・投げ十手
 お江戸日本橋にお綱の姿がある。迷いつつも悪の心が買って、妹弟のための金を作るつもりだ。さっそく一人の懐を抜いたがしけている。もっと大物を狙わなきゃ、と目を付けたのが薬問屋で高価な薬種を買っている編笠の侍。後をつけてチャンスを伺い、首尾よく掏り取った、と思うところを十手を投げつけられて足を止められて腕をねじ上げられてしまう。侍は大きな屋敷にお綱を引きずり込んでしまう。

・かなしき友禅
 侍がお綱を連れ込んだのは松平左京之介輝高(てるたか)の屋敷。輝高は知恵伊豆として名高い松平伊豆守信綱の孫であり、宝暦事件では京都所司代として竹内式部ほか公家17家を処分した切れ者で通っている。
 左京之介とこの侍の会話を聞くうちに、お綱は相手が誰か思い当たる。大阪で目明し万吉を救った常木鴻山に間違いない。鴻山は病人を抱えていて、平賀源内に学んだ蘭薬の知識を使って自ら薬を調合しているらしい。常木流十手術の達人であり、そんな相手の懐を狙ったのが間違いだった。
 鴻山はお千絵をこの屋敷に匿っていること、自分と左京之介は法月弦之丞と同じく阿波の秘密を探る立場で動いていることをお綱に話す。もう悪から足を洗う気になっているお綱も素直に常山に協力することにし、常山が弦之丞の居所を探していると聞くとこれを教え、早速常山とお綱二人で弦之丞を訪ねることにする。
 だが、お千絵はあれ以来精神的なショックでか狂人と成り果てているということも聞く。買い求めた薬はその治療のためだったのだ。だが回復の兆しは未だに見えないらしい。

・夕雲流神髄
 弦之丞と万吉は普化僧が泊まる宿院であれから七日を過ごしているが、いまだにお綱が訪ねてこないのをちょっと案じている。案じながらも昼は千絵の行方を探り、夜は阿波に潜入するための計画を練っているので暇ではない。
 そこに旅川周馬からの書状が届く。千絵の所在がしれたので鶯谷の料亭までお運び願いたいという内容。万吉は罠だと疑うが弦之丞は罠なら打ち破ればよい、という感じで気軽に出かけようとする。万吉はこの宿院の規則上留守番せざるを得ない。
 門を出るとすぐに提灯を持った若い男が寄ってくる。料亭からの迎えだと言って同行する。
水鶏橋というあたりで男は小用の間提灯をお持ちいただけますか、と身をかわす。とたんに銃撃。この男は半次というごろつきで周馬が湯屋で手なづけた手下である。
 弦之助が倒れたとみて暗がりから三人の男が現れる。もちろん周馬、孫兵衛、一角である。銃を撃ったのは周馬らしい。
 だが誰も倒れていない。傍らの木の陰から弦之丞が飛び出して手近な一人を斬る。半次がすっ飛んで逃げていくがこれは無傷の模様。弦之助はさらに一人を蹴倒して疾風のように去っていく。蹴倒されたのは孫兵衛らしい。斬られたのは一角で、たいへんな出血。だが致命傷では無いらしい。半次に一角に肩を貸させて一同は町医者を目指す。

・目安箱
 弦之丞の帰りをじりじりと待つ万吉は、入れ違いに訪ねて来た二人の客の相手をしている。一人はようやくやって来たお綱だが、もう一人は旧主人とも言える常木鴻山である。驚く万吉。つもる話をするうちに弦之丞も帰ってくる。
 4人は夜明けまで語り合う。鴻山は夜が明けると大手町の左京之介の屋敷に戻り、それから数度にわたり往復することになる。鴻山を間に立てて左京之介と弦之丞の間に密約が成ったと見える。
 やがて左京之介の代々木の別荘に弦之助と鴻山が赴いて三人で密議をこらした様子。ここには千絵が匿われて狂った頭を戻すべく療治を受けている。
 密議の結果が出て弦之丞が辞すことになるが、千絵と会って行かぬかと勧められるのを辞退して、彼女がとりとめのないことを口走る声を聞きながら痛ましそうに帰っていく。
 弦之丞は翌朝早くから書状をしたためると万吉を呼んで書状を目安箱に入れてきてほしいと頼む。これは左京之介の計画で、将軍が必ず直々に読む目安箱に阿波の陰謀を書き入れて、将軍はこれを左京之介に事情を尋ねるに決まっているので実情を説明し、弦之丞を公儀隠密として阿波へ差し向けようというものである。法月家は本来大番頭の家柄で隠密にはなれないのだが、将軍が承知すれば大丈夫なのだ。
 その間、お綱は自分も弦之丞に同行して阿波まで行くと決めたらしく、本郷の家も処分して身辺を整理している様子。弦之丞は正直ありがた迷惑なので万吉に何故そこまでするのだろうと聞くのだが、あなたに恋しているからですよ、というのは本人から伝えるべきだと思っている万吉は、女掏摸として銀五郎や多市の死のきっかけを作ってしまった懺悔の気持ちでしょうとごまかしている。
 そしてついに将軍家から左京之介に密命がくだったらしく、弦之丞は松平家に呼ばれていく。

・悪業善心
 お綱の養父である虎こと紋日の虎五郎が喧嘩で重傷を負い、吉原おはぐろ溝近くの孔雀長屋の自宅へ運ばれる。お三輪と乙吉の子供二人ではどうにもならない。いまわの際に虎がお綱の居所を告げて呼んできてくれ、と頼んだので若い男が向かう。お綱は吉原に売られた妹を身請けするのに十分な金を虎に届けたのだが、彼はこれを使って飲みに出て喧嘩になったものらしい。だがまだ身請けに十分な額が残っている。
 その頃万吉とお綱は松平家に呼ばれたまま半月帰らず音沙汰もない弦之丞を案じていて、とうとう万吉が松平家に事情を聞きに向かう。戻ってきた万吉は、弦之丞は半月前に極秘で阿波に立ったこと、自分もこれから後を追うことを告げに帰るがお綱は自分も一緒にとがんばる。
 押し問答しているところに虎が危篤の知らせ。お綱はなんとか死に目に間に合うが、虎は押し入れの刀を見てくれと言い残してこと切れる。
 お綱はあわただしく刀を受け取ると長屋を後にする。彼女は掏摸として手配されており、本来は近所の者は彼女を見たら番所に知らせなければならない。長居はできないのだ。
 行きがかり上万吉はお綱に同行している。喧嘩相手のおじだという小池喜平という武士が現れ、三輪と乙吉を引き取ろうと申し出る。

・大慈大悲閣
 なし崩しに万吉はお綱を連れて旅をすることになる。お綱は江戸の家も実家も失ったのだ。
お綱は肩身の刀の入った包みを開けてみることにする。中にはお綱の母・お才に宛てて書かれた手紙がある。差出人は甲賀世阿弥。お綱の父親は世阿弥だったのだ。千絵は腹違いの妹ということになる。
 だがそこを孫兵衛、旅川周馬、左腕を弦之丞に斬られて首から吊り下げた天堂一角が襲う、お綱は父の形見の刀を抜いて立ち向かう。そこに謎の武士団が現れて、孫兵衛たちに短銃を向けてお綱と万吉を救う。
 武士団を率いるのは三輪と乙吉を引き取ると言ってきた小池喜平だった。彼は松平左京之介の家臣で、常木鴻山も一緒だった。
 彼らはお綱の身元調べをするうちに虎の受難を聞き、また彼女が甲賀世阿弥の娘であることを隠れ聞いて彼女を助けることに決めたのだった。
 鴻山から餞別の金と道中手形を受け取ったお綱は、晴れて万吉と同行し、阿波を目指す。
今から追えば国分寺で弦之丞に落ち会えるであろうとも。

 その頃孫兵衛たちの手下、半次はこの様子を隠れ聞いて孫兵衛たちに注進する。彼らもお綱万吉を追って西へ向かうことになる。

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