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「蘭陵王(田中芳樹著)」 ③八章から十章

2020/05/14 19:00 投稿

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  • 田中芳樹
  • 古代中国




八 無愁天子 ムシュウテンシ
 これまでの歴史的経緯としては北魏が分裂して東魏と西魏になり、東魏は斉、西魏は周にとってかわられる。南では梁が陳に代わる。
 周は最初は北魏の皇帝を擁した宇文泰(うぶんたい)という人物が国祖となるが即位はしなかった。彼は皇帝を利用価値が無くなったと殺してしまう。
 宇文泰の死後は16歳の息子が継いでこれが周の初代皇帝となるが、伯父にあたるらしい宇文護が皇帝より27も年長であったため政治の実権を握り、これに反発した初代皇帝も殺してしまう。二代目皇帝には初代皇帝の兄だが母親の身分が低く無視されていた人物が宇文護によって選ばれる。この人はつつましやかな性格だったが才気ある傑物で、それを恐れた宇文護はまたしても皇帝を殺してしまうが、後継者にはこの二代皇帝の遺言に従って彼の弟をすえる。
 三代目皇帝・武帝は兄二人の仇を討つ決意を秘めながら12年雌伏して、ついに宇文護を討つ。蘭陵王と宣陽で互角に戦った宇文憲はこの武王の実の弟になる。
 これまでは軍事的才能が無く、自分のことしか考えない宇文護が実権を握っており、そのため周は弱かった。だがこれからは違う。若く英明な君主が周の実権を握り、斉の皇帝の腐敗ぶりも知って天下統一こそ大義、と挑んでくることになる。
 これまでは最前線の将軍たちにも宇文護を嫌っているものが多く、ある意味最低限の働きしかしていなかったのだが、今度の皇帝のためなら、と士気も上がってくる。皇帝の弟である宇文泰が有能な将軍であることもプラスに働く。

 一方の斉では和土開はいなくなったが若い皇帝にはそれに代わる小物の取り巻きが何人も侍り、朝廷の乱れはますますひどくなっている。宰相のは皇帝のためでも民のためでもなく自分の理想だけを追って国家経営をしている。それは異人を廃し、漢民族だけで国家を運営するということ。例えば斛律のような胡人でありながら貴族階級にあるものは排除したいのだ。ここに周が斛律が周に帰順したがっているというデマを流す。これをは利用して、皇帝がこれを信じるようにダメ押しをする。
 皇帝は自分には徳がないということを知っているので斛律が背くのを止めることはできまい、と斛律を殺すと決心する。斛律はだまし討ちのような形で殺されてしまう。弟の斛律も同じように殺され、彼らの子供も同じ運命となる。
 祖珽はちょっと不思議な気もするが、皇帝に佞臣を除くように諫言して怒りを買い、左遷される。

 六兄弟の末弟、漁陽王・高紹信(こうしょうしん)は兄たちと異なり国家を思わず遊蕩にふけるタイプで不祥事を起こす。三人の兄に叱責されるが、この国では尊敬され人望がある人物は三兄や斛律兄弟のように殺されるだけです、と言い放つ。
 
 皇帝には異母兄がいて、母親の身分の問題で皇帝にはなれず領地に引っ込んでいたが、弟に劣らぬ残虐な人物で楽しみのために無実の領民を殺している。この男が大将軍に任命され、官僚や学者を面白半分に殺すようになる。顔之推は助かったが、国家を支える武と文の柱が朝廷自らの手で叩き折られてしまう。

九 江淮之役
 こんなことをやっていれば他国は斉を攻めるチャンスと見る。南の陳20万が長江を渡って斉の領土に入ってくる。このあたりの長江と淮河に挟まれた部分はもともと陳の勢力範囲だったが斉に奪われた地域で奪還は陳の悲願なのだ。斉はこれに対抗して20万の軍を出すが、わざと蘭陵王には指揮をまかせず少ない部下だけを与え、総帥というものを置かないことにする。総帥を置けば経験実力共に蘭陵王しか適任者はいないのでわざとそうする。
 その結果経験の浅い指揮官たちがバラバラに出撃することになる。そしてみんな陳の軍をなめている。蘭陵王が人物と見るのは鮮干世栄(せんうせいえい)という将軍だけだったがこの人は内乱に対処するため途中で呼び戻されてしまう。
 この地をずっと守っている王琳(おうりん)という将軍と合流して軍議に入る。歴戦の勇将で彼は持久戦を主張するが、軍を主導する三人の無能な将軍たちは彼を軽んじて稚拙な作戦をたてる。蘭陵王は一度経験しないとわからんだろう、と黙っている。
 アッと言う間に将軍の一人は敗走し、もう一人は斬り殺される。もう一人は引きこもる。王琳軍のみ善戦するが多勢に無勢。蘭陵王は王琳を助けようと兵を動かすが、1万人しか兵を与えられていないのでどうにもならない。
 今回の斉軍は弱いぞ、と呉超という将軍が深入りしてくる。この人は陳の総司令官みたいな呉明徹(ごめいてつ)の甥にあたる。蘭陵王が一騎打ちで呉超を倒し、陳の進軍は一度止まる。
 陳には関羽の再来と言われる蕭摩訶(しょうまか)という勇将がいる。陳軍は蘭陵王はこの将軍に任せて蘭陵王を避けることにする。蘭陵王とその歴戦の部下たちは友軍を守って戦場を戦いながら移動するが、ついに蘭陵王蕭摩訶が激突する。両者互角に打ち合うが戦場は圧倒的に陳軍有利。呉明徹から個人の武功は二の次だと指令が出て蕭摩訶は引き上げる。

 蘭陵王はこの戦いに勝機無しと見極めて淮河の北まで撤退し、そこに防衛線を張ると決めて部下を動かす。陳軍は淮河をわたらずともよい、領土は取り返したと判断して戦いを止める。
敵地に取り残された王琳は民衆の命を助けるという条件で投降し処刑される。民衆も兵も彼の死を惜しんだという。彼はもともと陳に滅ぼされた梁の軍人で、故国再興のために斉に身をよせていたのだったが、これで再興の夢は潰えた。
 蘭陵王は王琳を救おうと試みるが他の二将軍は逃げ腰で、結局救えなかった。
 皇帝は軍が負けたことより蘭陵王が生き残ったことにがっかりした様子。

十 亡国之音
 王琳が投降するのは十月だが、まだ救えたかもしれない五月に蘭陵王は勅令を受けて鄴都に戻される。そこで皇帝の使者が待っていて、陛下に対する不敬の罪で死を賜ると言い渡される。その不敬とは、まだ子供だった皇帝に周軍20万と戦って怖くなかったかと問われ、怖くりませんでしたと答えたことが後の皇帝に対してお前は怖いのだろう、と嘲笑したことになるというもの。逆らえば蘭陵王だけではなく二兄や五弟の一族すべて殺すが、おとなしく死ねば蘭陵王一人で許してやるという。これまでに多くの無実の忠臣を殴り殺した柳桃枝が控えているが、蘭陵王に敬意を表してなのか毒が用意されている。蘭陵王は柳の枝一本で棍棒を持つ柳桃枝を倒し、殺す価値も無い、と退散させると皇帝の使者に夜明けまで待てと言い放つ。使者は圧倒されて引き下がる。
 月琴は謀反を起こされませ、と蘭陵王にすがるが、蘭陵王は私には罪がある、今まで一度も皇帝を咎めなかった罪だ。堂々と諫言して殺された趙郡王のようにするべきだった。今更命惜しさに謀反などできぬ、と月琴に静かに語りかける。
 もうすぐ必ず周の大軍がやって来る。その時に斉のために戦って戦場で死にたかったのだ、だがそう思っているうちに斛律王琳も見殺しにしてしまったと付け加える。
 蘭陵王は鄭妃に別れを告げ、自分が貸した金の債券を悪用されないようにと焼き、月琴をはじめて抱く。もともと妾としてやってきた月琴を蘭陵王はあくまでも侍女と扱い手を出さなかった。
 それは母親の身分が低かったために母がどんなつらい思いをしたか知っているため、身分差を利用して女を抱くことを自分に禁じていたためだった。が、死を前にして月琴と求め合う。

 翌朝月琴が目覚めると傍らに蘭陵王はおらず、すでに別室で毒を飲み息絶えている。鬼面をつけたまま。月琴はこの人の生前最後の顔を見たのはわたし、そして死に顔は見ないでほしいということね、と察する。
 月琴は昨夜蘭陵王に死後のことを頼まれている。その約束を果たすため、今は乗り手を失った蘭陵王の愛馬に乗って立ち去って行く。
 蘭陵王は27歳の生涯を閉じた。正妻の鄭妃は二兄と五弟に助けられて後始末をすませると、尼寺に入る。これが五月末のできごとだった。

 十月に王琳が投降すると斉にもはや将は無く、陳軍はどんどん北上してくる。だが朝廷は漫然と狂乱の宴を続け、佞臣同士が足を引っ張り合って殺し合いを続ける。
 周も黄河を渡って国境を越えてくる。

 蘭陵王の弟、安徳王が蘭陵王のかつての部下を中心に30万の軍を集めてこれに立ち向かう。安徳王は兄の名をはずかしめぬ戦いぶりで一度は親征していた周の武帝の本拠地をつく。あと一歩で勝利だったが、この時これも嫌々ながら親征していた皇帝・高緯が寵姫が驚いたからという理由で逃げてしまう。これで斉軍は総崩れになり崩壊する。蘭陵王を支えた優れた部下たちも多く戦没する。安徳王は晋陽(しんよう)という街を拠点として徹底抗戦するが、10日目に段韶の弟である段暢(だんちょう)が絶望のあまり裏切り、ここに勝敗は決す。
 二兄の広寧王も宇文憲に投降する。宇文憲は敬意を持って広寧王を扱う。

 鄴都でも醜い裏切りが行われた結果陥落し、それでも皇帝は各地を逃げ回るが、かつての佞臣たちが皇帝の居場所を垂れ流している。皇帝は一人だけ例外の忠臣がいたものの後の者全てに裏切られ、長安に送られる。
 広寧王安徳王も長安に送られ貴族として遇されるが筋を通して死ぬ。六弟も死んだ模様。
 皇帝高緯は周の武帝にへつらいつつももはや価値無しと縊り殺される。

 周の武王は斉を併呑し、鄴都を見回ってかつての宿敵斛律の屋敷跡の荒廃ぶりに心を痛め、斛律の遺族を厚遇するとふれを出す。すると十歳くらいの少年が女道士に連れられて現
れる。
 武帝は陳の呉明徹を破りほぼ中国を統一するが突厥との戦いに赴き陣没する。
 するとこの人の息子が馬鹿で皇位を継ぐと叔父
の宇文憲を一族皆殺しにしてしまう。これを手始めに斉の皇帝と同じように忠臣を殺しまくる。周はあっという間に傾いて、楊堅(ようけん)という臣下に簒奪される。楊堅が隋の文帝で、その子楊広が煬帝になる。

 180年ほど後の唐の玄宗皇帝の時代、皇帝の娘の万春公主が安禄山の乱での逃避行中に盗賊に襲われたところ白馬に乗った女仙人に救われる。24歳で世を捨てたと語ったという彼女は、年に一度困った人を救うため下界に降りてくるのだという。歴史書にある話らしい。
 月琴の後身であろうと著者は述べている。

 


 
 


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