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「蘭陵王(田中芳樹著)」 ②五章から七章

2020/05/07 19:00 投稿

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五 白狼城 ハクロウジョウ
 斉の東北の端に位置する白狼城(はくろうじょう)は万里の長城よりも北にある。夏は豊かな牧草地、冬は一面の銀世界という土地柄。鄴都から1500里という距離にある。
 20歳になった蘭陵王は18歳になった弟安徳王こと高延宗(こうえんそう)を伴って六千の兵と共にこの地にある。徐月琴も一緒。
 現在この城を守る斛律羨(こくりつせん)は斛律光(こくりつこう)の弟で精強な部下を持つ。東北方面総司令官のような役割で、普段は後の北京にあたる幽州にいるが昨年からの突厥の侵入に対抗するため現地に詰めている。
 突厥軍12万を率いるのは大可汗である木杵(もくかん)。もともとこの辺りに勢力を持っていた柔然(じゅうぜん)という勢力を滅ぼし、契丹という勢力を敗走させている。
 国としての形が整ったばかりの周も斉も正面衝突を避けて貢物で懐柔する日々が続いたが、文宣帝高洋の時代に一戦交えて勝利する。周は突厥を斉を牽制するためにも懐柔をすすめ、両者を共倒れさせようと腐心している。
 蘭陵王は木杵の今回の出兵は目先の欲にとらわれたものと見ており、木杵を討ち取るよりも当分おとなしくしているように恐怖させたいと思っている。
 蘭陵王と斛律羨合わせて3万の勢力は城を出て戦うことにする。季節は正月で雪の中の行軍となる。月琴も馬で同行し、蘭陵王の側室だ、みたいに兵に噂されるが全然美人じゃないとも論評される。
 蘭陵王は雪を積み上げて防壁を作らせ、露出した土の部分に獣の皮で幕舎を作らせる。雪の中で目を傷めぬよう、黒い布を準備している。これで目を覆って保護する。紗という薄い布なので視界は確保できる。これは蘭陵王が私費で用意したもの。月琴の発案である。
 やがて敵が現れる。蘭陵王は鬼の面をつけて激突の時を待つ。
蘭陵王は箱型をした兵車を鎧をつけた馬にひかせ、この車の窓や屋根を開けて兵士に弓で攻撃させるという戦法を取る。これで先手を取り最小限の犠牲で大きな被害を与えたところで重装備の騎兵を出し混乱した突厥軍を追い立てる。こんなはずでは、と突厥は退却する。
 残された突厥軍の馬のうち死にかけたものを食料に変えて、元気なものは戦力とする。翌日夜明けと共に突厥は雪辱戦を挑む。朝日を背にしているので有利という計算もある。だが黒い布が弓の命中率を落とさずに突厥兵をなぎ倒す。二騎一組で突厥兵を効率的に倒していく。 
 蘭陵王は単騎で縦横無尽に敵中を駆け回る。後退して体制を立て直そうとした木杵は、白い布で姿を隠していた安徳王率いる一隊に追い込まれ、
凍った河の上に追い込まれて割れた氷と共に冷たい水の中に消えてゆく。
 蘭陵王は木杵を見つけて生け捕りにしようと近付くがこれは果たせず。だが副将の地頭(じとう)を討ち取る。突厥の死者2万5千。捕虜1万は養えないので馬だけ奪って帰す。
 味方の死者は300余人。
 これにより蘭陵王存命の間、突厥は国境を越えようとはしなかったという。勝利に沸く蘭陵王軍。だがその頃、都では三兄の河間王が殺されている。

六 盲眼老公
 間王は亡き父親の画像を朝夕拝礼して涙を流している、というのが今上帝に対し不敬である、という密告をされて殺されてしまう。まったくの言いがかりだが密告があったという事実が上皇にとってはまたとない口実になる。二兄の広寧王・高孝(こうこうえん)はこれを弟に知らせたいが、それはまた口実を与えるので蘭陵王の凱旋をじっと待つ。
 そして蘭陵王、安徳王は凱旋報告の場で三兄の死を知らされる。安徳王はこれに憤り、その発言のために自分も殺されかけるが兄二人の助命嘆願に、皇族の趙郡王・高叡(こうえい)という人物が助力してくれたこともあって拷問は受けたが命
は助かる。
 上皇は蘭陵王と広寧王も殺そうと口実を探すが二人には隙が無い。蘭陵王を戦場にやって殺そうかと考えるが、これ以上武勲を立てさせたくないという気持ちと兵を持たせると危険だという計算から以降五年間無為に過ごさせる。蘭陵王はその間疑われない程度に遊び暮らすが、月琴にとっては最も穏やかで幸福な五年間となる。
 その間に間王を陥れた一人である珽が失脚し、月琴の父徐之才が尚書(大臣)となったりする。ある日、月を見ながら散歩をしていた蘭陵王と月琴は十数人の男に襲われている女性を助ける。彼女は北魏の皇室の末流であり、この一族は文宣帝高洋によって殺しつくされている。彼女は気まぐれのように生かされた一人だが畢義雲(ひつぎうん)という盗賊上がりの高官の奴婢としてつらい毎日を送り、死ぬために脱走してきたところだった。
 だが畢義雲のような悪い奴ほど上皇にとりいるのがうまい。蘭陵王が直接動けばまた口実を与えかねない。そこで月琴は蘭陵王に迷惑がかからぬようにこの女性に手を貸して畢義雲を討たせる。
 そして天統五(568)年、上皇が倒れる。そしてしばらく寝込んで死ぬ。少年皇帝・高緯の時代になるがこれまで父親に頭を押さえられていた彼は惰弱でわがままな本性をあらわにする。彼は悪いとりまきと遊びふけるようになる。和土開が宮廷を抑えるようになるが、自分では国政は取り仕切れないと知っていて失脚して光州に流されていたを宰相にするよう少年皇帝に進言する。は拷問で失明していたが行政能力は健在で、宰相として国を支えることになる。やがて盲眼老公と呼ばれて尊敬されるようになる。
 だが和土開はに恩をきせて遊びまわり、少年皇帝にへつらう。少年皇帝の乳母と息子も仲間に入って国家財政を危うくしていく。だが一方では治水工事や国家の制度を整えて国の屋台骨を強化し、少年皇帝がぼんくらでも国は揺らがない。
 珽が抜擢した人物に陳の前の王朝だった梁の朝廷にいた顔之推(がんしすい)という儒者り、月琴はこの人物と知遇を得たりする。

七 河東之役
 西暦571年、月琴の父徐之才が80歳で死ぬ。粛清もされず出世も極め満足して死んだ模様。だが二人の兄は月琴には遺産を渡さない。その頃周と斉の国境地帯・宣陽(ぎよう)で衝突が起きる。周の名将・宇文憲(うぶんけん)と斛律が対峙する。

 周は宇文憲の応援に弟の宇文純(うぶんじゅん)と歴戦の勇将、田弘(でんこう)を送る。
これに対し斉の16歳になった皇帝・高緯は蘭陵王と段韶を差し向ける。蘭陵王は5年ぶりに戦場に出ることになる。蘭陵王は1万、段韶は2万の兵を率いる。斛律と3人が揃うのは邙山の戦い以来になる。
 難攻不落と言われた谷(はくこく)城を月琴、蘭芙蓉(らんふよう)、綦連延長(きれんえんちょう の字は小説では糸の下の小みたいなところが無い字)の活躍で攻略する。蘭陵王はさらに服秦(ふくしん)城と姚襄(ようじょう)城を陥とす。
 ここで蘭陵王は宇文憲と1対1で戦う。互いに皇族同士。勝敗のつかぬまま水入りとなるが戦場全体では斉軍の大勝利である。

 斉の乱れ切った朝廷にあってただ一人賢臣と呼ばれた高叡は開祖高歓の弟の子。安徳王の命を助けたのも彼の助力あってこそ。武成帝にも恐れずに諫言して暴政をやわらげることができる唯一の人間だったが、高緯が政務を忘れて和土開の思うままになっていることを強く諫言して殺されてしまう。この死に憤ったのが高緯の弟・14歳の高儼(こうげん)こと琅邪王(ろうやおう)。兄よりも気性が激しく、高緯を脅かす存在であった彼は逆にいつ殺されるかわからない。和土開は琅邪王の力を弱めようと人事を行うがこれが決起のきっかけとなる。
 琅邪王は和土開を討つが、兄を殺すのにためらって勝機を逃し、部下たちと共に処刑されてしまう。

 戦場は膠着状態になっているが、
段韶が病む。彼は自分の兵を蘭陵王に託して帰京し、そこで息をひきとる。長引く戦いにじれた宇文護が宇文憲を長安に呼びつけたことなどが
祟って、黄河東岸から撤退する。斉の勝利ということになり、蘭陵王もようやく帰京を許される。
 だがそれを迎えることになる皇帝・高緯の心には自分より優れた蘭陵王に王座を奪われるのはないかという恐怖と嫉妬が渦巻いている。


 
 
 

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