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「暮らしの中の日本語(池田弥三郎著)」⑤目ざわり・耳ざわり

2020/06/25 19:00 投稿

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  • 池田弥三郎




気になることば
 久保田万太郎さんに聞いた話。新宿の発音はシンジュクとは言わずシンジク。
髪結いはカミユイでなくカミイイ。慶応義塾はケイオウギジュクではなくてケイオウギジク。福沢諭吉本人がそう発音して書いたりもしたらしい。
 下宿はゲシク。宿題はシクダイ。一宿はイッシク。芸術はゲイジツ。美術はビジツ。忍術はニンジツ。
 江戸っ子の発音は本来そうしたものだったらしい。ちょっとややこしいけどではシ・ン・ジ・ク・と明確に発音すればいいかというとそういうわけでもないらしい。
 本人は「シンジュク」と発音しているつもりなんだけど、なまってしまって「シンジク」に聞こえてしまうというのが江戸っ子の発音らしくて、最初からていねいに「シンジク」と言おうとした「シンジク」とは違うのだという。つまりは「ジュ」と「ジ」の中間ぐらいの音がいいらしい。
 そんなこと言われても、と思うけど昔はそうだったらしい。

新宿を シンジュクと読むと東京都新宿区だけど、
 シンシュク と読むと大田区の新宿。
 ニイジュク と読むと葛飾区の新宿。
 アラジュク と読むと茨城県の新宿
 となるそうな。

 大地震というのは今は ダイジシン と読むことも多いけど
昔はオオジシン一択だったらしい。

 知床旅情で白夜をビャクヤと読むけど、正しくはハクヤだったけどこの歌のおかげで
ひっくり返ってしまったみたいなことも。

 その他巷に聞く著者の気になる言い回しなど。

 古式ゆたかに。正しくは古式ゆかしく。
 70年代の幕あけ。正しくは幕あき。

 清き一票のイッピョウと米一俵のイッピョウは違うけど選挙運動は一俵のアクセント。
 那須温泉を茄子温泉のアクセントで言う。
 落語の熊さんは森の熊さんとはアクセントが違う。

誤解・誤用
 著者は学生に

 先生のご健康を草葉のかげからお祈りいたします。

 という手紙を受け取ったことがあるという。これではその学生は死んでしまう。
 
 この手の間違いは戦前からあるらしい。

 ある大学者の記念講演で、弟子の司会者が老骨に鞭打っての大講演・・・みたいに褒める。

 「よらしむべき、知らしむべからず」の意味は「頼らせておけ。知らしてはいけない」
ではなく「信頼されても真意をわからせるのは不可能だ」みたいのが本来の意味だとか。

 永井荷風もそんな感じで新聞記事などの誤用を日記であげつらっているが、自分も著述で
誤用をしているという。

 著者も間違えない自信はさらさらない、と書いている。

ことわざ異説
 なさけは人のためならず ということわざを昔の人間は
 
他人にかけたなさけは、巡り巡って自分に誰かがなさけをかけてくれる形で戻ってくる

 みたいに受け取る人が多いけど、最近の人は

他人になさけをかけると、甘やかすことになって本人のためにならない

 みたいに解釈する人が多いという。著者は文法的にはその方が正しいんだよな、と思う。
 そのかわりそういう解釈を取る人は一切自分も他者からの援助を一切受けないという心意気があるんだろうな、と受け止める。

敬語のあやまり
 とんでもないという意味で「とんでもありません」「とんでもございません」という人が多いが、これは間違いで正しくは「とんでもないことです」「とんでもないことでございます」みたいな言い方になる。これは阿川佐和子さんが同じようなことを阿川弘之さんに言われたと書いていた。
 とんでもないの「ない」は否定の意味では無いので、書かないみたいな否定の「ないは」「ぬ」に置き換えて書かぬみたいにできるけど、とんでもない は とんでもぬ とはできない。ぬに置き換えられないということは、ありません や ございません にも置き換えられないということらしい。

 先生が申されますには みたいな言い方も間違い。目上の人間の行為をへりくだって言うのはおかしいので、尊敬と見城が入り混じった文法的に変な表現になっている。
 「先生が言われますには」「せんせいがおっしゃいますには」が文法的には正しいことになる。おっしゃる は敬語で、言われ の「れ」も敬語だから、おっしゃられ みたいな言い方は敬語表現が重なるので間違いではないけどくどい。敬語は必要最小限でいいのだという。

 ただし「父が申しますには」みたいのはありだという。話し手から見て父は目上だが、会話の相手が自分よりも父よりも目上であればこうなっていいという。
 敬語はいくら重ねても意味はそれなりに通じてしまうので、特に商売においてはエスカレートしがちだという。
 「本日は休業いたします」でいいものを
「休ませていただきます」「休まさせていただきます」みたいになっていく。
 現代は店員さんや政治家に「させていただきます」みたいな言い方が多いみたいな。

 著者は敬語は多少間違っても、相手に対する気持ちが伝わればそれでよしとしよう、と書いている。

ことばづかい
 若い人の敬語が乱れている、という話。この頃言われた若い人が今は年寄りになって同じことを言っているわけだけど、著者は大人だっていいかげんだと書いている。
 国会で「総理の申されますには・・・」というのは誤用。申すでへりくだって「れ」でたてまつるプラスマイナスゼロになってしまう。「総理の言われますには」で言えばよいとか。
 ただし喋っている人が総理の下にいて、話し相手への敬意を示したい場合はこの言い方もあり。
 得意先から電話を受けて上司の不在を告げたい場合「部長はいらっしゃいません」ではなく「部長はおりません」になる。
 このへんの使い分けは年配者でもけっこうできていないと書いてある。
 著者が学校教師だったとき、教え子の母親が「うちのおにいちゃん、うちのぼくちゃん」みたいに言うのに驚いたらしい。自分の夫のことは「おとうちゃま」だったという。昭和10年ごろの話だそうで当時から乱れている。
 社会の人間関係の方が変わり方がはげしくて、敬語の前提となる年配者や目上をたて、幼い者や身内や目下よりも優先するという感覚が崩れれば形式だけまねて敬語を使っても昔とはずれてくるだろう、と書いてある。今はたぶんもっとずれている。

小さい不愉快
 郵便物に感じる不愉快。バイトが書いたらしい宛名の崩し字、誤字、敬称の間違い。敬称だけ印刷してあってそこに自分の名だけ手書きされてるのも不愉快。
 セロテープで封をした手紙。
「心まことならざれば、いかなる佳言も善行も皆うわべの飾りにて」
 と軍人勅諭にあるらしいが、出典が何だろうと正しいことはあるだろう、と書いてある。

ある車内広告
 キャバレーのホステス募集の広告があったらしく、そこに書いてあるホステスさんにとって都合のいい条件は、全部客をないがしろにしますよ、と言ってるのに等しいじゃないかという指摘。
 未経験者歓迎、気軽に、高収入、自由出勤 など、その店の誇りや矜持など何もないのだと客になるばからしさが垣間見える。そうだよな、とうなずいていろいろ経験談を書くとアレなので書かないでおく。

ことばの西東
 上方の言葉は女ことば、というイメージがあるようで、「おいしい」「してほしい」「言うてほしい」「買うてほしい」などには著者は自分が使うことには抵抗があるという。
 ハンカチはハンケチとしか言えないという。標準語=東京方言とするのは反対だが、かといって東京弁を目の敵にされるのには抵抗があるという。

男女別のあることば
 当時の市川房枝参議院議員がNHKに女性差別になることばを改めるようにと要望し、例としては「主人」ということばが書いてある。
 著者はこれについて、使わないのではなく男、もしくは女しか使わない言葉が男女どちらも使えるようになるのがよい、という意味では健康的であろうと書いている。
 「おいしい」などは昔は女性しか使えなかったが今は男女共通語になった(でも著者は使うのに抵抗がある)みたいな。
 それと同時にウナギをおうな、しょうゆをおむらなどという女ことばは女性たち自身で使わぬように心がけるべきではとも書いているが今は死語になった様子。
 おじゃが、おうどん、おしるこなどは今も残っているけど女性的イメージがあるような気がする。おでんやおひや、おもちゃなどは男女どちらも当たり前に使っている。

 主人なんかもおでんやおひや同様、性差別的なイメージから脱却しているので別に追放する事あるまいという意見もあればいや、これは男性の女性に対する差別意識の組み込まれた言葉だから禁止すべきだともある。著者は自分の判定は書いていないけど、ミスとミセスの区別を無理やり失くしたミズは女性自身どう思っているのだろう、と書いている。

 今、ミズという言葉は知る人ぞ知るだろう。主人はどうなんだろう。ミクさんはマスターって呼んでくれるけど。
 

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