メタ坊のブロマガ

「椿山(乙川優三郎著)」

2019/04/24 19:00 投稿

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・ゆすらうめ
 海老川町というどこかはっきり書かれていないが江戸からちょっと足を伸ばしたあたり、というような小さな町に娼館がある。ここの女主人は娼婦あがりらしく、弟に番頭をまかせてがめつく商売をやっている。姉弟とももとは百姓で、百姓では食えないからこういうことになった様子。
 ある日ここにおたかという美しい百姓娘が買われてくる。江戸で看板になれそうな器量だが、背中に大きな火傷があるわけありで、こんな場末に流れてきたわけだ。だが彼女は人気者になり、六年の年季をきっちり勤め上げてかたぎになる。
 根が真面目な番頭は、こんなところから抜け出せない自分の代わりに彼女が羽ばたいて出ていったような気がして、かたぎの生活がうまくいくよう住む家や仕事の段取りもつけてやる。
 だが様子を見に行った時に、おたかには国許に借金を抱えてどうにもならない家族がいて、結局もう一度身を売らないとならない事情があることを知る。
 姉の娼館も看板だったおたかが抜けると正直きつい。オーナーからはやんわりとしっかり補充しないと(切るぞ)、と圧力をかけられる。
 抵抗を感じつつもおたかに戻ってもらう。おたかはわずかな間でもかたぎの生活をさせていただきまして、とかえって礼をいう。
 番頭には以前と異なり、年をとったおたかには今度の借金は返せないとわかっている。おたか本人もわかっている。
 ゆすらうめは根付く場所さえよければ生き生きと育つだろうに、この娼館の狭い庭のそれはか細くやせ細っている。
 自分もおたかもそんなようなもんだ。でもここで生きていくしかない。

・白い月
 腕のいい飾り職人と所帯を持った女性。だが彼女には老いた母がいて、母は病弱である。それでも夫は嫌な顔ひとつせず、実の母のように接して高価な薬も使わせてくれる。
 だがそれが仇になる。腕が確かで実入りも多かった夫だが、母の病気が重くなるに従ってそれでも不足となり、結局博打でその不足を埋めるようになる。
 胴元の思惑もあってか最初のうちは勝ち、不足をきれいに埋めてくれたこともあったがお決まりのコースとして負けが込み、家計はかえって苦しくなっていく。
 母は病が悪化して半年ほどでみまかったが、癖になった博打は止まらない。真面目で優しかった夫は少しでも金ができると博打に行き、そのまま何日も帰らない。帰ってきたかと思えばこわいお兄さん同伴で、あと何刻でこれだけの金を持ってこい、さもなきゃ旦那の指が無くなるぜ、みたいな。そのたびに女性は走り回り、もう金を貸してくれる相手からは借り尽くした。
 それでも夫は博打をやめない。負けて打ちしおれて帰ってきたその時だけは昔の夫だが、すぐ別人になってしまう。どうしてそんなにやめられないの、と腹がたつ。
 ある日、夫の仕事場から使いがくる。何刻までに十両誰それに渡すように。そして夫は今日限りクビだと。つまり借金取りが夫の仕事場に押しかけて大あばれしたということだろう。
 彼女はもう離縁しよう、と心を決めて、それでも出来る限りの金を用意する。もう借金を返すのをあきらめて江戸からの逃げ支度をして現われた夫は、これっぽっちか、と彼女が髪の毛まで売って作った金に文句を言う。
 夫が去り、彼女は夫と所帯を持つ前に戻ったつもりでもう一度生きよう、夫の年季が明ければ一緒になれる、と思っていたあのころのように、と白い月を眺めながら思う。

・花の顔(かんばせ)
 18で下級武士の家に嫁いで20年、一日も欠かさず姑に毎日文句を言われ続けてきた女性。
姑は几帳面で気が短く、自分が何かを思いつくたびに嫁を呼びつける。小言が待っているとわかっても、何をしていても手を休めて行かねばならず、気の休まる暇がない。ねぎらいの言葉など、一度もかけられたことはない。
 夫は彼女の味方になってはくれず、幸い長男は健やかに育ってくれたが今は江戸に遊学に出てしばらく帰らない。
 義父はずっと寝たきりで、その世話も全て彼女の仕事だった。この家は数代前には組頭をつとめた名門というのが姑の口癖で、そのため他家に借りを作ってはならんという。姑のプライドのためらしい。だが下級武士の家は貸し借りしなければどこもやっていけない。
 幸い隣家の嫁はさばけた明るい人で、彼女を何かと助けてくれる。義父がやがて死に、葬式の際に必要になる大人数の食器なども彼女が近所の妻たちと話をつけて届けてくれる。
 こちらからは姑の手前、何もお返しができないのが申し訳ないがありがたくもある。
 義父の死からまもなく、夫は主君について江戸へゆき、一年間をあちらで過ごすために出発する。これまでは夫か息子か義父の誰かが一緒にいてくれたのだが、はじめて姑と二人きりで一年過ごす事に不安を感じる彼女だが、夫は江戸詰めを出世の足がかりと考えて頭がいっぱい。妻の内心を思いやる余裕もないが、もともとそういうことを考えない性格である。
 姑と二人きりの生活がはじまってしばらくして、異変が起きる。義父の持ち物が無くなった、と騒ぐ。それは姑が夫に形見としてやったはず。だがあからさまにお前が盗んだんだろう、と疑っている。断わって買い物に出れば勝手にどこへ行った、と責められる。長年の内職を何をしている、ととがめられる。他にもいろいろあって、これはどうもボケたらしい、と思い当たる。だが江戸の夫に手紙で相談しても大事にするな、みたいな返事。医者に行くのにも反対する。結局独断で診せるが、これは治りませんな、みたいな診断。
 次第に症状はすすみ、幼児退行の症状も現れてくる。嫁の彼女を自分の姑と思い込むこともあり、そんな時の様子に姑が嫁入った頃の過酷な生活も垣間見える。自分がやられたことが全部嫁である自分に来ていた様子。痴呆というべき状態になり、奇声をあげて小水を垂れ流してところかまわず歩くようになる。
 親切だった隣家の嫁も、これ以上は無理です、と付き合いを断わって来る。
 もはや姑を殺して自害するしかない、と思いつめた彼女は、ある夜姑の部屋にしのんで行く。すると姑は縁側に座って、黙って夜半に降り出した雪を見ている。このままにしておけば凍え死ぬかもしれない、と思って一度は襖を閉める。だが思いなおして綿入れをかけてやる。
 すると姑は、どなたか存じませんが、ご親切に、と花が綻ぶような笑顔を見せる。はじめて見る姑の笑顔に、彼女はなんとおそろしいことを考えていたのだろうと正気に戻る。姑はなおも話し続ける。この家に嫁いで、こんなにゆっくり雪が降るのを眺めたのは はじめてでございます・・・
 彼女は姑が惚けなければ素直に礼も言えぬほど家に縛られて辛い思いをしてきたのだろう、と思い、心が通じたような気がして一緒に雪を眺める。

・椿山
 本全体の半分近くを占める中編。特に藩名などは書かれていないが、検見川という地名が出て来るので千葉県かもしれない山があって畑があって田んぼがあって、という田舎の小藩に主人公は30石取りの貧乏な侍の家に長男として生まれる。父親は祐筆をつとめ、石高は少なくとも学識はある、と主人公は思っている。
 父のすすめもあって、12歳から観月舎という私塾に通っている。ここは身分の分け隔てなく丁寧に教える、という人物が塾頭として教えていて、藩主に講義することもあるという。ここで主人公は優秀な成績で塾頭からも目をかけられ、彼の同年代の娘を意識するようになる。

 だがやっかむものもいて、250石の藩重職の息子はとりまきを連れてからんで来る。どうも彼も塾頭の娘が好きらしく、父親の権力を使って無理やり許婚にしているらしく、あの女は俺のものだ、みたいな。だが当の娘はそんな事は知らず、彼のことは嫌っている様子。
 主人公は実は娘と話したこともないのだが、娘は悪く思っていないらしくそれが重職息子には気に触るらしい。
 主人公は結局呼び出されて決闘するみたいになり、数人がかりで叩きのめされるが重職息子にだけは顔に腫れが残る程度の怪我を負わせる。だがこれで力尽きたところを滅多打ちに。そこに助けに入った同じ塾の百姓の息子が強くて5人を打ち倒して助けてくれ、とこれがきっかけで親友となる。
 だが重職の息子は父親と一緒に主人公を呼び出し、親の力で親子に謝罪させる。父親も逆らえない。主人公はこれを見て、父親の弱さを軽蔑するようになる。重職息子は百姓の息子にやられたとは恥ずかしくて言えないらしい。
 やがて塾頭から内々にうちの娘をもらってこの塾を継いでくれる気はあるか、などと打診を受ける。美しく成長した娘とも塾のそばの椿山という小さな山で彼女は笛の稽古、主人公は読書をするような交流の時間を持つ。重職息子の許婚の話は有力者を介してなんとかかわしたらしい。
 だが主人公はすぐに塾に後継者として入るのではなく、一度藩に出仕してある程度出世してからにしたい、と答える。これは権力にひれ伏す父の姿を見、またこの塾頭も娘の許婚問題で翻弄される姿を見ているのでそういう権力も必要だろう、と思っているから。そのため猛勉強をするようになり、家族とも会話もしなくなっている。
 そのへんが影響したのか、結局娘は彼ではなく親友の百姓の息子を婿とすることになる。

 これでますます出世することだけが人生の目標になり、そのかいあってか勘定吟味方という役に取り立てられる。藩のお金の動きを監視する目付け役であり、能力も人柄もいい上司にも恵まれるが藩のかなりの上役まで巻き込んだ不正が行われている事をその上司に教えられる。だがその上司はこうも言う。不正を見抜いても、告発できないのだと。この藩は勘定方も勘定吟味方もその上もさらにその上も腐っているのだと。

 やがてその上司は脱藩して江戸に向うが、主人公に不正の証拠となる書類を預けていく。おそらく江戸にいる藩主に直訴に行ったと思われるが、死体となって発見される。

 彼はここで先輩の残した書類を自分の出世の道具に使うことを考える。藩の不正を働いている派閥に近づき、書類を握っていることをほのめかして少しずつ権力層に食い込んでゆく。例の馬鹿息子の親は今は家老となっていて、この男にも気に入られる。やがて吟味方の責任者まで上り詰める。
 藩の不正は本来切ってはいけない若木まで切り出して他国に売り、一時的に収入が増えたことを手柄としてその利益を分配しているというもの。短期的には利益が出ても、切られて荒れた山を元に戻すには長い時がかかる。主人公は鉄の採掘を提案してその責任者となり、さらに利益をあげることによって権力者たちに食い込んでいくが、そのために百姓が困っても配意しない。
 こうしたことはやがて藩内の若者の反発を呼び、主人公は奸物の一人として闇討ちを受ける。相手は少年だったので取り押さえそんなやり方では世は良くならん、と説教して何ごとも無くすませるが、そうした思想はかつての親友と思い人の塾から出たものだった。
 一方権力者たちは主人公を不気味に思い、証拠の書類を取り上げるとともに完全に仲間に取り込もうと、家老の娘の縁談と出世と引き換えに書類の提出を命じて来る。
 主人公はこれに応じるが用心深く控えは作ってある。自分がその一味に加わったことから、先輩の作った書類に手をくわえ続けた結果数段悪人の息の根を止める力のあるものになっている。
 だが書類を提出したとたんに権力者の態度は変わり、家老の娘というのも妾の子で年増で、よそに嫁入って追い返された札付きとわかる。監視役でもあるのだろう。それでも主人公は出世して馬鹿にされない権力を、とこれを受ける。

 だが、藩内に広がる危険思想の芽を摘むという目的で、あの塾が闇討ちされようとしていることを聞くと、彼は弟に書類を託して汚職に加担していない藩の実力者にこれを届けるように頼むと、自分は刀を持って塾に向う。親友と大切な人を逃がすために。

 ということで幸せになりきれない人々を描いた小説4編。客観的にみて幸福とはいえないんだけど、心の持ち方によってはそんな人生にも意味があるさ、みたいな。
 今もそんな世の中だけど、不幸不幸と思って生きるか幸福を少しでも見つけて生きるか。

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