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「そうか、もう君はいないのか(城山三郎著)」

2019/04/01 19:00 投稿

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・多くの男性の人生が幸福だったか、そうではなかったかと考えると、既婚者の場合は奥さんより先に亡くなった人の方が、そうではなかった人より幸福だったように思う。
 女性はご主人を亡くしても、時が経てば独りの生活に順応して夫がいた時にはできなかった楽しみも見つけていったりするけど、男性はその独りの生活そのものができなかったり、奥さんがいない喪失感から立ち直れなかったりする。奥さんがいわゆる悪妻だったりするとそうでもないのかもだけど、よくできた奥さんであればあるほど、仲睦まじい夫婦であればあるほど残されたご主人はつらい。

 城山さんも奥さんを亡くして七年生きた。奥さんを亡くしてからは新作の発表がほとんど絶え、死後多くのエッセイや短編集が発行された。この本も遺稿が没後に発見されて、娘さんが文章を添えて出版されたもの。

 奥さんを亡くされてからは、奥さんのいない自宅に寄り付かなくなり、別に借りていた仕事場に泊り込むようななったこと。眠れず、食べられなくなったこと。赤ワインを手放せなくなったこと。半身をもがれたように衰弱していく様子に絶えかねて娘さんが同居するようになり、奥さんの七回忌を済ませたあと、奥さんと同じように亡くなったことなどがあとがきのように添えられている。

 作家は残酷なもので、家族を亡くしても、それについて書いてください、と依頼が来てしまう。困ったと言いつつも断りはせずでも書けず、みたいな状態が長かったらしいが奥さんが夢に出て、私の事を書いてくださるの?と言ったらしく、それからは本腰を入れて書きはじめたという。この本の原稿は亡くなる半年くらい前から本格的に書きはじめたらしく、奥さんとのなれそめからはじまって結婚に至るまでのちょっと運命的ないきさつ、新婚後の貧乏な生活から直木賞を取るまでの話、余裕ができてから奥さんと出かけた旅行でのエピソードなどが書かれて、奥さんの発病と闘病生活に入っていく。奥さんのかかりつけの医院が高名な医師だったが尊大に感じるところがあって城山氏の心象としてはあまり良くなかったらしく、言葉を抑えつつもこの時発見できていれば、この医師にかかっていなければという気持ちがにじむ。自分が奥さんのちょっとした異常を見逃してしまったこともあとから悔やむ。それでも虫の知らせか、医院を変えて、余命三ヶ月の癌との診断を受ける。それからはあっという間だったという。
 そこまでをようやく書いたように、本文は終わっている。原稿の形でまとまっていたわけではなく、順番もわからないバラバラの断片やメモから出版社がまとめたもので、もちろん著者自身がゲラをチェックしたものでもないとのこと。でも書いておきたいと思った最低限のことは書かれているように思う。

 奥さんにペンネームを教えておかなかったために、最初の文学賞をもらったときに受賞を知らせる電報を危うく受け取り拒否しかねなかったこと。
 オーロラを夫婦で見に行ったが全然オーロラが出ず、それから数年後、寝静まった夜行便で城山氏ただ一人が起きて読書をしていたところ、スチュワーデスが窓の外にオーロラが出ていると教えにきてくれて、眠っていた奥さんを起こして二人で見たこと。
 海外旅行先で買い物に出た奥さんが警察に居丈高な態度をされたところ、居合せた役場の人たちが遠来の客人に何をする、と抗議してくれて、態度を改めた警官がタクシーを先導してくれたこと。
 桜の季節になると奥さんが作った弁当と洋酒の小瓶を持って、二人で多摩動物公園まで出かけたこと。書かれたこと以外にもこうしたほほえましいエピソードは思い出しきれないくらいあるのだろう。
 夫婦で穏やかな日々を過ごしていたことが感じられる。生涯楽しませてくれてありがとう、みたいに締めくくられている。

 リアルでも様々なご夫婦のそうしたことを聞く。有名な人のそうしたニュースも聞く。残された人のことを聞くと、やはりこちらの方が、という順番はあるように思う。
 だから男性を見送った女性はそれだけで功徳をなしたのだと思う。
 でも城山さんの奥さんのように先にいってしまったから悪いというわけでもない。運命だから仕方ない。生涯互いを楽しませての結果であればそれもまた功徳だろうと思う。
 一方で残すと後のことが心配だから、妻に先にいってほしいという男性もいるだろう。

 個人的には親よりも先に死なないようにと思うし、妹よりは先がいいなと思う。
 親しくしている友人、知人も見送るよりは先がいいなとも思う。でもまだまだやりたいことはたくさんあるのでずっと未来のことでありたい。

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