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「90歳。何がめでたい(佐藤愛子著)」

2018/05/22 19:00 投稿

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  • 佐藤愛子
  • 老後




・名前は知っているけど作品は一度も読んだことがない作家さん。なので人となりも作風も知らない。結構売れているらしいので親が読むかと思って購入したが、合わなかったらしい。
 ので元をとろうと自分で読むことに。読んだらブックオフする。

 あとがきによれば著者は25歳から小説を書き始め、直木賞をとったりもして88歳で最後の長編を書いて引退宣言みたいのをしたらしく、あとはのんびり老後を過ごすつもりだったのがなんだか気が抜けて楽しくなく、一人でムッとして誰とも話さず座っているうちに老人性ウツっぽくなってしまい、そんな時に連載エッセイの話が来たので始めてみたところウツが治った、というようなことがあったらしい。
 人間は「のんびりしよう」などと考えてはダメだな、と90歳で悟ったとのこと。

 主にテレビや週刊誌や新聞などで知る世間の出来事に対して、特に身の上相談記事に対して、何でそんなこと相談しないといけないんだろう、と思いながら、何でこんないい歳した大人がこんなこと人に相談しないと決められないんだろう、回答者は何でこんな相談に優しく丁寧に回答できるのだろう、私には「勝手にしろ!」としか言えないわ、みたいな話が多い。

 何でこんなことで裁判しないといけないんだろう、何で(テレビに出ている)この人たちは情や寛容よりも観念や損得や正論などばかり優先させるのだろう、人間がそんなふうにいつも判断できるわけないじゃないか、がむしゃらに生きることが最優先だろうに、みたいな。

 例えば20歳年上の男性と結婚したいのだが家族が反対しています、どうしたらいいでしょうか、みたいな相談に対して(彼の人格や家族構成やらの情報が少なすぎると思いつつ)、自分なら将来どんなに自分の思惑と外れてスカを引いた、みたいに後悔し苦悩する日々が来てもそれを糧としてめげずに生きていく覚悟があるなら結婚しなさい、私はそんな感じで生きてきたので、みたいに言うだろうなと思う。この相談者が今やるべきことは家族の説得ではなくて彼の人柄や人間性や考え方や気持ちをはっきり見極めることなんだけど、熱に浮かされているとそういうことが出来ないんだよなあと思いつつ。

 いい年齢の女性が、昔なら小学生でも悩まないような、悩んでも仕方ないと見極めるような「そんなこと気にしなさんな」としか答えようのないことで何年も悩み続けているのを、平和の副作用か、みたいに思う。

 身近なことにいろいろとこんなことがあって腹立った!と腹を立てている。「長生きしてください」と言われても「人の気もしらないで」と腹を立てる。
 目も耳も歯も悪くて日々大変な様子。ただ、花粉症は90過ぎたら治ったらしい。アレルギー反応を起こす体力が自分の身体に無くなると治るらしい。

 ポンポンと脈絡もなくいろいろな話題にとぶが、大まかに言えばそんな内容の繰り返しで、自己主張をきちんとできず、周囲の人を自分が過ごしいいように説得なり一喝なり教育なり避けるなり距離を置くなりあきらめるなりできないタイプの人にとっては元気が出る、というエッセイであるらしい。

長生きすればそれだけで何らかの説得力は持つのかな。

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