メタ坊のブロマガ

「チップス先生さようなら(ヒルトン著)」

2018/04/07 19:00 投稿

  • タグ:
  • チップス先生さようなら
  • ヒルトン
  • イギリス




・イギリスの伝統あるパブリックスクールというのの教師として生涯を終えたチップス先生の一生を描く、という感じの作品。
 パブリック・スクールというのはイギリスにおいてはウィキペディアで見ると
13歳~18歳の子供を教育するイギリスの私立学校の中でもトップの10%を構成するエリート校の名称~
 みたいな意味らしい。現在は共学が多いらしいが、この小説が書かれた頃は全寮制の男子校だったらしい。これらの学校出身者はたいていケンブリッジとかオックスフォードとかの名門大学に進学するらしい。私立なのに何故パブリック?とかはいろいろあるみたいだけどよく読んでない。
 著者はそうしたパブリックスクールのひとつ、リース校を出てケンブリッジに進んだ人だったそうで、自分の経験と、その学校の教師と、やはり教師だった自分の父親をモデルに主人公を作り上げたみたい。その時代の良きイギリスを描いた作品、みたいに評価されているみたい。

 チップス(本名はチッピングらしい)先生は1848年生まれの設定。日本ではそろそろ黒船がやってきて、江戸が終わりに向うころ。一度メルベリ校というところに勤めたが合わず、1870年に(つまり22、3歳の時に)ブルックフィールド校にやってくる。
 当時の校長はウェザビーという人で親切だったが、一年もせず病気で死亡。メルドラムという人がその後を継いで校長となり、30年勤めて1900年に肺炎で急逝。しばらくはチップスが代理を勤めるが、やがて37歳で大学では首席で種目はわからないけどスポーツでもレギュラーだったという有能でエネルギッシュなロールストン校長の時代になる。この人とチップスはとことんウマが合わず、教育方針を巡って何度も衝突したあげくに1908年、60歳になった折に引退を勧告される。理由は教え方がぞんざいで旧式であること、服装もだらしないこと、校長である彼の指示に従わないことなどなど。折からラテン語の発音についての教育指針みたいのが変わったのか、これまでとは新方式に従って違う発音で教えるべきだという校長に対し、チップス先生は旧方式でいく、とゆずらない。日本でも旧かなから新かなに変わる時は同じようなことがあったかもしれない。
 ロールストンは金持ちの子供がより多く入学するような方策なども試みていて、そうした金持ちの息子とチップスが衝突したりもしている。ロールストンは力ずくでチップスをクビにしようとしたが、チップスはこれまで三代にわたって教えた生徒も大勢おり、彼らが学校の理事会やら地元の有力団体にも大勢在籍していたため、理事会がチップス解任に反対し、逆にロールストンがもっと給料のいい学校に変わることになる。後任は34歳のチャタリスという人になり。彼はチップスとウマが合う。だが間もなくチップスは気管支炎をわずらい、65歳で退職する。それが1913年。

 それまでは舎監として学校内に住んでいたみたいなのだが退職後は学校と道路一つへだてた下宿屋に住み、校友会の仕事をしたり会長になったり、と学校とはつかず離れずの活動を続ける。在職中もそうだったが、退職後も新入生の顔はすぐに全員覚える。生徒が遊びにくれば茶菓子をふるまう。

 1914年に第一次世界大戦がはじまると、彼の知る生徒や教師たちの名前が多く戦死公報に載るようになる。優秀な教師は戦場へ去り、あらたにやって来る教師は生徒をいじめるなど人間的に欠陥を持つ者が増えて来る。チャタリスは孤軍奮闘するが、健康なのに戦場に行かない徴兵拒否者だと噂され(実際には持病があって兵役免除だったのだが外からはわからない)、チップスにそうした教師たちのお目付け役として学校に戻ってくれるよう要請する。

 1916年にチップスは教師に復帰。チャタリスは入れ替わるように持病が悪化し1917年にチップスに代理校長を頼んで退き、翌年死去。
 理事会からは校長としての仕事をしばらく続けてくれないかと打診され、正式ではなく代理としてならいいよ、と答え、第一次世界大戦が終わる1918年11月11日に辞任する。
 それから15年、以前同様学校と道路を隔てた下宿で暮らし、1933年11月に倒れ、多くの学校関係者に見送られて生涯を終える。

 チップスは1896年、48歳の時に娘ほど年の違う25歳のキャサリン・ブリッジズという女性と夏休みに登山中に知り合い、二学期がはじまる前に結婚する。それまでは真面目だが面白みや潤いに欠ける人物という評価だったらしいのだが、彼女のおかげで生徒や同僚に愛される洒脱な人物に変わる。
 だが彼女は1998年、お腹の子供と一緒に世を去ってしまう。
 失意の時期、学校の仕事が彼を支える。
 「チップス先生、さようなら」という言葉は、彼の妻となった彼女が明日からは一緒に暮らす、という、別々に暮らす最後の日に、このようにお別れの挨拶をするのは最後ですね、と彼に言った言葉だった。
 そして、彼が世を去る前日に、彼を訪ねてきた最後の客が辞去するさいに言った言葉でもあった。これは一種の度胸試しのように、先輩にあおられてやって来た新入生が残したのだった。

 100ページちょっとの薄い本で、引退した先生が昔を回想するような感じで話は進む。
 ギムナジウムはドイツだけど、萩尾望都さんのギムナジウムものみたいなのに出て来る先生のように思える。
 何度か映画化もされていて、古い方は名作の一つと評価されているみたい。原作通りだとヒロインの出番が極端に少ないので、どちらもいろいろふくらませている様子。

コメント

コメントはまだありません
コメントを書き込むにはログインしてください。

いまブロマガで人気の記事