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「日本漂民物語(佐木隆三著)」

2017/08/28 19:00 投稿

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  • 佐木隆三
  • 軍艦島
・ルポなのか創作なのか、フィクションなのかノンフィクションなのかわからない。
 でもおそらくきちんと取材はしているのだろう。「漂民」て何だろうと思うが特に説明は無い。辞書的なジョン万次郎みたいに漂流してどこかにたどりついた人ではなくて、社会の下の方で漂うように生きる人たちを著者はそう呼んでいるみたい。

全部で6編が納められている。長いタイトルで、タイトルだけ書けばほぼ内容が察せられる。

・下町キャバレーで子持ちホステスが人生最良の日々を過ごすこと

・大日本製鉄で重市と伍平がケンカして嘉助がトクしたこと

・旅役者銀之助がサーカスで空中ブランコの花形になること

・閉山の軍艦島で栄光の産業戦士鶴吉が引越しを躊躇うこと

・元全共闘と脱柵自衛官が筑豊の藤四郎焼で陶工になること

・沖縄で姉は戦跡巡拝ガイドに妹はフーテン娼婦になること


・取材して文を書いている著者も含めて、登場するのは、秋山駿という人のあとがきによれば人間の生地剥き出しで生きている人たちで、社会の低い場所で無防備に生きる人たちでもあり、著者はこうした人たちを面白がり、同化しながら取材しているとの事で、亡くなるまでそうした生き方をする人、せざるを得なくなった人の取材を続けた人であるらしい。
 自分の小説の映画化をめぐっていろいろトラブルがあって、自分自身渦中の人となった経験もあるらしい。


・東北の村から幼い子供2人を抱えて上京した31歳の主婦は、寮と託児所付のキャバレーに飛び込んで生活基盤を確立する。それまでは夫に人間として認められず、最低の女と呼ばれ続けていたらしい。容姿にもコンプレックスを持っていた様子。
 ここには同じように夫の横暴に耐えかねて自分の力で生きようと試みた女性たちが大勢おり、彼女も考え方を変えて売れっ子になっていく。だが著者が他のホステスに取材したところ、男に入れあげて借金も抱えてしまっているらしい。だが、将来どうなるにせよ、彼女は今人生ではじめて輝いたと感じているのだ。
 彼女たちを雇う側の考え方は「借金を返すために働くのと、貯金をするために働くのでとは、人間の意気込みが違いますから」なので前借させて縛るという事はしないのだという。客がつかなくても一日分の日当を払い、その金で寮に住まわせ、指名客がついて自分で家賃を払えるようになったらすぐに退寮させる。指名がつかなくても6ヶ月で退寮。そういうシステムらしい。

 合併した製鉄会社の作業員は方言も違えば職場慣習も違う。慣習の違いは時に死亡事故につながる。時には殴り合いも起きる。

 昭和40年代に入った頃はまだ全国に存在していた旅役者は、最大の得意先だった炭鉱が閉鎖されるのと歩調を合わせてガタガタになり、売れっ子だった一座の解散も相次いだ。
 本当はいけないのだが生活保護を受けながら芝居をしている人間も多かったらしい。それなりにスターだったある座長も解散を決意する。その後温泉で働き、ストリップ小屋でコントをやり、何故か今はサーカスで空中ブランコをやっているという。だがサーカスにも先はあまりない。

 操業中止直後の三菱端島礦業所、つまり軍艦島で、著者は軍艦島で生まれて軍艦島で育ち、祖父も父親も次男も、もちろん48歳になる自分も石炭を掘って暮らしてきた人物に取材する。島の外にはほとんど出た事がないという。彼は「軍艦島は、ほんとに暮らしよかとこでした」という。だが炭鉱を嫌って早く島を出た長男は、「なにがいいとこなもんか。奴隷船だ」と意見が違う。彼は商社に勤めている。
 閉山決定後に島に来るのは、彼によれば炭鉱を食い物にする作家やジャーナリストばかりで、わざと貧しい身なりをさせてお涙ちょうだいの話をでっち上げるのだという。あとは退職金目当ての銀行員と、求人に来る企業。ただし島内での求人活動は禁止されていたという。
 まだ島の商店も残っていて、通いの業者が開く露店と、島に住む人が経営する商店がある。物価は外地より大幅に安かったらしい。正式な記録には残らないが女郎屋もあり、20名ほどの娼婦もいたという。犯罪も多かったそうで、渡り抗夫が社宅の奥さんを襲ったりして殺人に発展したりしたらしい。
 黒手帖という炭鉱離職者求職手帖には失業保険一年支給、移住資金など様々な手当て、身元保証などの特典がつき、再就職の意欲をかえって削いだともいう。特典に雇用奨励金があり、これは雇用した企業に支払われるので求人が殺到する。
 この話は、軍艦島を脱出したはずの長男が住んでいるところー1階から3階までがオフィスで4階から8階までがマンションになっているーを見た父親が、「ここも軍艦島か」と言った、というエピソードで終わっている。著者も、これから帰る東京もまた軍艦島だと思う。

 25歳の青年が筑豊で窯元をやっている。東京の美大を出たあと地元の某有名窯元に弟子入りして三年で思うところあって辞める。地元で世話する人があって、産炭地振興のための補助金かなにかあったのか、若き陶工としてプロデュースされ地元の評判になる。だが産業振興のために焼き物をしているわけではない、とそこも辞め、自力で窯を作る。
 すると何故か行き所のない若者が全国からやって来ていつくようになる。
 その中にはタイトルのように元全共闘もいれば元自衛官もいる。生活保護世帯を長女として支え、学校を出たら医療費扶助目当ての精神病院と結託したケースワーカーに精神病院に送り込まれて脱走したらしい女性もいる。ほかにも目的なく集った若者たちが、何をするでもなくなんとなく寄り合って暮らしている。

 返還前の沖縄・那覇のバー街は売春地帯だったそうで、復帰前は地元の日本人専用の地域もあったりしたらしい。そんな店にアルバイトで勤める女性と著者は知り合う。一晩彼女と過ごして、翌日一緒に戦跡を巡る観光バスに乗ると、そのガイドが姉だという。
 一晩一緒に過ごしたといっても色気のある話ではなく、若い娘さんにいろんな店を連れまわされて飲んだり踊ったり、彼女のアパートに明け方行けば得体の知れないいろんな人種の男女とマリファナパーティーになり、著者は著しく体力と経済力を消耗する。
 摩文仁の丘にバスが着くと、妹はこの碑文の前でペケペケしたことがあるという。姉はこの碑文を沖縄の心の玄関といい、妹は肉体の玄関と思っている。
 ガイドの姉は復帰直前になると日本の軍人は卑怯で逃げ回ってばかりいた、というガイドを勝手にやって辞めた同僚がいたと話す。彼女は同じ日本人が憎み合うようなことをいまさら言う必要はないと思う、と話す。過去にこだわるのはよくない、妹はだからあんなになってしまったと言う。妹は米兵と付き合って捨てられ、変わったという。
 妹の同僚は本土復帰に反対する。理由は復帰すると売春禁止法が来るから、商売に差し支えるということらしい。妹の彼氏は彼女を捨てたのではなく、ベトナムで戦死したのだという。

 とそんな感じで、とりとめのないというか、つかみどころのないというか、とにかく社会の底辺の人と話して数時間から数日を一緒に過ごしてきた内容をそのまま文字にしたという感じ。いろいろ意見が分かれる問題なんかも出て来るが、著者は自分の意見は挟まない。
 ただ、そこにいてそこで暮らしている人はこう言った、というだけ。

 正式な新聞記者が書くみたいなルポとも違って、創作みたいな小説みたいな雰囲気もある。

ニコニコ市場にはないみたいなのでアマゾンのリンク。
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