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「古都ひとり(岡部伊都子著)」メモ

2017/08/14 19:00 投稿

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  • 岡部伊都子


・若い頃にこの人の「観光バスの行かない・・・」という本を読んだ事があって、その流れで買った本。お寺や季節の花、着物や道具などの美を描きつつ、かつて自分が軍国少女で、兄や婚約者や友人を何人も「お国のために死んでらっしゃい」と死地に送り出してしまった悔恨から、自分を戦争加害者と位置付けた平和論的なものをさりげなく美を語る随筆の中に織り込んでいる、という作風。ちょっと個人的には幸田文さんと重なるものを感じる。

 この随筆集は 漢字一文字のタイトルで統一されている。
・呪(じゅ)
 いきなりおだやかでない、「呪」というタイトル。1961年に平城京跡から、人を呪うための人形(ひとがた)のようなものが見つかったという事から、古代より人のいとなみがあるところにはのろいのろわれる、というなまなましいものがあったのだと、古代の記録に残るそうした話を紹介した後に、我が身が呪われた話、呪ったと言われた話につなげる。
 自分が親しく感じていた人が、陰で自分のことを「死ねばいい」と言っていたと伝えられたショックのことを、言っていた人より伝えた人の方が呪わしく感じると書いている。
 個人的には人を呪うような関心さえ持たないといいつつ、人間を不幸にするものに対してだけはのろう心を忘れてはならぬ、と結んでいる。

・虚(きょ)
 浄瑠璃を見て涙を流す所が、戦前と戦後でひどく異なるようになったという著者。若い頃の自分のように、「立派に死んでらっしゃい」と兄や従兄や許婚や友人を戦地に送り出した自分には忠孝が人情に優る価値感には、自分に対する恥と憤りを感じてしまうという。
 歌舞伎にしても、文楽にしても同じような演目が多く、そこに先祖の生き方がうつしだされているのも確か。人間を不幸にするものを呪うのであれば、まず周囲の人間を不幸にしている自分を呪わねばならない。
 真実の姿が美しくない人間が、美しくありたい、と願い続けることは虚言かもしれない。
 近松門左衛門に、芸は実と虚の狭間にある、というような言葉もあるらしい。

・艶(えん)
 秋篠寺というところに技芸天女という像があるらしく、そこから人の持つ「艶」について考察を広げている。そうしたものにうとい私は初めてそういう名を聞くが、芸能を司る女神のことらしい。男の艶は困ったものだとも書いている。

 http://nara.jr-central.co.jp/campaign/akishinodera/special/

・彩(さい)
 芥川龍之介の「或阿呆の一生」という文章をひいて、世の中はなんと多彩な色で満ちているのだろう、たとえば「白」とひとくくりされてしまう中に、幾通りもの白がある、と述べた後に、ざんこくな色の刷毛目があって、瞳や髪や肌の色がやりきれぬ悲劇のもととなる、というように進む。
 外国の流行色をそのまま取り入れた図案が流行ったりすると、白い肌には映えても、日本人の肌色には合わぬことになったりもする。著者は若いときから着物好きだったようだが、着物を着るといわゆる進歩派の人から思想が古い、などと決め付けられることもあったという。
 着物の色に、演出だとかいや味だとか言われて好きな色が着れなくなったりもしたという。
 流行に乗るでもなく、抗うでもなく、自分の好きなものを見つけて取り入れ、自由にありたいと書いている。

・闇(あん)
 地蔵菩薩の話から。産めなかった子に負い目を感じる人が、化野(あだしの)をおまいりすることが多くなったという新聞記事があったらしく、著者はあだし野へ。ここには念仏寺というものがある。元来無縁の人骨が散乱する無残な風葬の場であったこの地に、弘法大師が開いた寺に法然上人が常念仏の道場を開いた寺だと書いてあり、8千体近い石仏が並んでいるという。
http://www.nenbutsuji.jp/index.html

 ここでは千灯供養という行事があり、闇の中でろうそくの火がゆらめくという。
 闇から戦時中の灯火管制に記憶はとび、沖縄のアスファルトの下に多くの人骨が塗りこめられた、という証言を思い出す。日本人の屍をきちんととむらわせてほしい、と交渉に行った人たちがブルトーザーで潰されたような事も書いてある。
 世界のどこでもそうしたことが起きているのを、人間みんなが闇の中にいるようだと書き、闇の中に咲き、香る花もある、と書いている。

・音(おん)
 著者は幼い頃の中耳炎のために右の耳が聴こえなかったそうで、自分がとらえている音は自分にとっては真の音であっても、純粋な本来の音ではないだろうと書いている。
 でも音楽を聴くのは好きで、聴くとその曲を一緒に聴いて、戦地に行って帰らなかった人たちを思い出すともいう。
彼らと聴いた曲の代表的なものとして、ベートーヴェンのものがあり、著者は彼の曲が好きだが、ある時は平和のシンボルのように、ある時は右翼的思想のシンボルのように、またある時は共産主義者のシンボルのようにこの曲が使われていた事を記憶しており、同じ曲を愛好する人間同士が敵味方にわかれて血みどろの戦いをしたのだと思う。
 誰かが生み出したものが、生み出した人間の意図とは正反対の受け取り方や使われ方をしていることはめずらしいことではなく、同じものを愛する人間同士の心の中に断絶があるのだと書いている。
 薬師寺の花会式というものについても書かれているが、私にはちょっとうまくまとめられない。
http://www.nara-yakushiji.com/contents/hanaesiki/

・執(しゅう)
 著者が比叡山の奥座敷と呼ばれる、横川(よかわ)という地を訪れた話みたい。
http://www.hieizan.or.jp/keidai/yokawa
ほとんどの観光客は根本中堂というのがある東塔一帯を駆け足で訪問するだけで終わってしまい、横川まで足を運ぶ人は少ないらしい。風流懺法(ふうりゅうせんぽう)というこの地を舞台にした高浜虚子の小説があり、懺法とはみずからの犯した罪やあやまちを懺悔する修法だとのこと。
源氏物語の浮船の章に、横川の僧都は登場する。
 源信僧都という人が恵心院という建物を中心に活動して、それまでの貴族中心の仏教のあり方を大転換させ、一般民衆の仏教を志向して法然などをうむ源泉となったという。
 元三大師は一般におみくじを作った人、と言われているそうだが、業績はそれだけでなく叡山中興の祖でありもっとそのことも知られてよいようなことを著者は書いている。
 仏教の修行は俗世間的な執着心と闘うことであると書きつつ、執を捨てようとするあたらしい別の執念を呼ぶともいう。「仕合せになりたい、みんな喜んで暮らせるようになりたい、という執念だけは持ち続けたい」、というある知人の言葉で文を締めくくっている。

・淡(たん)
 著者は豆腐が好物とのこと。おかべには女房言葉で豆腐の意味もあるそうで、それはそうでしょう、と笑われるという。
 著者は神戸から嵯峨豆腐を買いにいく。この豆腐が近所で買えれば、と悔しがる。
 豆腐そのものは中国渡来らしいが、醤油と出会って冷やっこという食べ方が生まれたのは日本だろうという。豆腐の美味しさを味わう事を、素材を底まで見極めてうちこみ味わうには淡でなければならない、と書き、ちょっと男女の関係を抑え付けすぎた戦前と、解放しすぎた戦後とを語りつつ、何ごとも本来の真味は淡にあり、技巧はかえって素材を損ねると書く。
 
・幻(げん)
 三輪山の主である大物主大神(おおものぬしのおおかみ)は孝霊天皇の皇女、倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)と恋仲になるが、大物主は蛇の化身であり、その姿を見た姫はもともと自分が望んで姿を見せてください、決して驚きませんからと言ったにもかかわらず大声をあげてしまい。これで破局。箸でほとを突いて死んでしまう。
 愛し合う男女は、互いに相手に幻想を持っていないとその愛情を維持できず、幻想をのけて真の姿を見せ合えば破局に至る。自分自身にも人は幻想を持ち、真の自分に向き合えない。
 幻覚のない人間などいないのに、自分の姿には幻想を見て、他者には真実を求めようとする危うさ。正体を知るとは幻を払いのけることではなく、幻をみとめること。
 「みないでください」という女の願いをきかずに破局に至る話はたくさんある。
 相手を自分の思う姿に描き、そこからずれると相手を責め、嫌い、軽蔑するようになってしまう。ありのままの姿をさらすことだけが正しいとは限らず、それでも正体を見せ合うならそれだけの覚悟や気魄がないとだめですよ、とある。

・酔(すい)
 奈良にも当然ながら奈良漬があって、これをいただいた著者は自分が持っていた奈良漬のイメージと異なるあと味の良さがあるとのこと。山上憶良や大伴旅人の時代には、もう酒も瓜も奈良漬もあったらしい。
 小学校のころに著者は家庭が複雑で、先生に生きる意味を問うたことがあるという。先生は苦しむことは酔生夢死よりはいい、と答えたといい、著者は後に自分は自分に酔って生きているのでは、だから苦しむのでは、と思いつく。
 馬酔木という植物は文字通り馬や牛には毒になる成分を持っていて、これを食べると酔っぱらったようになるという。鹿も酔うそうで、それを嫌って馬酔木は食べず、結果として奈良には馬酔木の森が残っているという。
著者は酒によわい体質ではないらしく、酒を飲む風情は好きといいつつ酔って我を忘れるのはこわいという。商売柄、未知の人から慰めや励みになる手紙なども多数いただいたが、それに頼るのは自己愛に酔うのと同じではないかと思うようになり、そうしたものは処分してきびしい手紙、つらい手紙を残して読み返すようにしたという。

・離(り)
 著者の実家は瀬戸物商だったとのことで、食器類は好きだという。信楽の技術を盗んだ雲林院元吉という人が五条坂付近で窯をつくったのが清水焼のはじまりだという。
 著者は京の陶器市に足を運び、日々使う食器を買うという。
 だがお気に入りの器とは、時に無残な、突然の別れを迎えることにもなる。自分ならまだしも、人の手にかかれば、割った人を責めそしることにもなりかねない。別れの覚悟なしに人なり物なりとつき合うのは自分勝手なわがままであろうと著者は考えるようになる。
 音楽を聴いても、聴いたそばから音楽が消えていくのはもちろんのこと、聴いている自分の方もいつかは消えていくことを思う。
 日常生活ではあらゆるものとの出会いが「離」の場でもあり、自分への愛や憎からもある程度の離は必要であろうと書いている。

・荒(こう)
 「荒御裂神(あらみさきのかみ)」という神様があるそうで、お役目は男女の仲をひき裂くことだそうだ。仲のいい二人をねたましがって、ということではなく、わかれることによって個としての自由と尊厳を取り戻した男女は数知れずあるだろうと続く。
 鬼手仏心という言葉があるそうで、外科医の待合室などに書かれているという。四肢や内臓を取り除いてようやく健康を取り戻す例があり、これも荒御裂の一種であろうと。
 「荒」という漢字には未開の自然などに代表される美しい激しさとでもいった意味があり、著者はそうしたものを愛すという。例えば滝のような。
 原爆の落ちた地にはじめて生えてきた植物の一つは、「あれちのぎく」だったという。

 という全部で12の随筆が入っている。自分に馴染みのうすい世界、浄瑠璃や仏閣などの話が多いのでなかなか頭に入らず、読めなかった本なのだが、ようやく一部分だけでも切り取れた気がする。

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