メタ坊のブロマガ

本土初空襲

2017/04/18 06:00 投稿

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  • あの戦争
  • 大鯨
・昭和17年4月18日、味方の士気高揚のためにも何としても日本本土を爆撃して一矢を報いん、と考えた相手方は、空母を日本の攻撃圏ぎりぎりまで接近させて航続距離の長い陸軍の中型爆撃機を空母から発進させ、爆撃した後は日本を飛び越えてそのまま大陸の日本軍非占領区域に着陸する、という計画を立てた。
 だが日本まで900キロ地点で発進させる予定が、漁船を徴用した監視艇に発見され、予定よりだいぶ遠い1200キロ地点で発進させることに。30メートルの低空飛行で接近し、日本の索敵機の目からのがれたという。
 相手方機動部隊を発見した日東丸は軽巡洋艦から938発の砲撃を受け沈没。乗組員14名は全員戦死。長渡丸の艇長は敵艦に針路を向けて自決。こちらの乗員14名のうち5人は救助され捕虜になったという。
 だが彼らが犠牲になって早期発見したにもかかわらず、航続距離がそんなに長い陸軍機が
空母から発進するとは思わず、防空体制の整備は遅れ、本土爆撃を許してしまう。
 荒川区で一家6人が焼死、品川でも民家に爆弾が落ち、葛飾区では13歳の少年が機銃掃射を受け死亡(校舎を兵舎と誤認したのではという説もあるが、子供が死んだ事に変わりはない)。さらに名古屋、四日市、神戸なども攻撃を受けたという。
 日本側は一機も撃墜できなかった(味方機を誤認して攻撃し、戦死者を出すという失態も)がほとんどが燃料切れになり、予定の場所までたどり着けずに不時着したり、機体を放棄して落下傘降下するなどして5名が戦死。8名が日本軍支配下地域に下りて捕虜となり、3名が処刑されたという。罪名は無差別爆撃を禁じたハーグ国際協定違反。

 この空襲で横須賀のドックに入渠中の空母大鯨(と資料には書いてある)に直撃弾(大鯨は潜水母艦時の名前で、空母になってからは龍鳳に改名されたのは艦これ提督はご承知と思うが、爆撃されたのは空母への改装中で、まだ龍鳳という命名はされていないタイミングだったのかも)。すると大破絵はこの時のものか。我が艦隊にはいまだ未着任・・・



 日東丸、長渡丸が撃沈された他に長久丸、第二十一南進丸、第一岩手丸が大破。興和丸、
第三千代丸、栄吉丸、第二旭丸、第二十六南進丸、海神丸、支援母艦の特設巡洋艦粟田丸が
損傷。計12隻で戦死33、戦傷23とある。
 ラバウル沖では貨物船小牧丸、爆撃され沈没。前日17日には特設館北見丸カビエン南東方で被雷沈没。

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