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みなもと太郎×平田弘史 特別対談

2017/04/06 19:00 投稿

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  • みなもと太郎
  • 平田弘史
  • 漫画
  • 劇画
  • 時代劇
・現在発売中の時代劇コミック月刊誌「乱」5月号に、みなもと太郎さんの生誕70周年、
平田弘史さんの生誕80周年を記念しての緊急対談が掲載されている。




 先日の弥生美術館で行われた「平田弘史展」まで、平田さんのことはあまり知らなかったのだが、手塚さんを源流とするような戦後漫画の流れの中で、平田さんは他の漫画家に全くといいほど影響を受けず、そういった流れと離れたところで独自に進化した人なんだなあ、というのがこの対談でも改めて確認できた。
 絵も表現も全て独学。例外はあるがアシスタントは使わず一人で描く。だから時間はかかるし量産もできない。資料は江戸時代の古文書と絵画のみ。その古文書を読むために独学で辞書を作る。歴史小説も読まないし他の人の漫画も読まない。絵だけでなく独特の擬音や場面転換などの構成手法も全て我流で編み出したもの。1コマ1コマが全て新たな発明であったという。だから劇画を描くのは地獄の世界をさ迷うことだ、と語っている。
「他の漫画を見たからといって、自分が優秀な漫画を描けるわけもないんだよ」「意味も無いし、暇もない。暇があるなら資料を読む。『日本随筆大成』とか、そういう古典的な資料を見るのがいい。それと明治・大正・昭和の新聞の挿絵。」
 先日の展示会で、やけに白土三平さんに似た絵柄の作品があって(「0伝」)、それだけ異彩を放っていて、何かアシスタントみたいな経験があったのかと思ったが、そのことについても語られていて、初期には佐藤まさあきさんや白土三平さんのところに居候したり出入りしたこともあって、特に白土さんは「ガロ」に仲介してくれたりしたという。
 また、「ガロ」は原稿料が出ないはずなのにもらっていたらしいのは、おそらく白土さんが出してくれていたのだろうとも。白土さんのネームに平田さんが下絵を入れた、などということもあったらしいが、世間一般にいうアシスタントではないな。
 そんな縁もあって、どうしても少年漫画を描かなければならなくなった時に、白土さんのタッチで作品をいくつか描いたのだという。これもそのひとつだったらしい。



 復刻されていない作品もまだまだ多いそうだが、みなもとさんはお持ちだそうで、同席した編集者に「うちにありますから!」と訴えかけている。貴重な作品が今後伝えられていくことを願いたい。


 こういう対談なんかは今後いつどの本に収録されるかわからないので、ファンの方は今の
うちに入手しておかれることをオススメします。
https://www.leed.co.jp/4910138270571
 

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