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サボ(サヴォ)島沖海戦(夜戦)

2016/10/11 06:00 投稿

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  • 艦これ
  • 古鷹
・昭和17年10月11日夜から12日未明にかけ、ガダルカナル島のヘンダーソン飛行場(もともとは日本軍のルンガ飛行場だったが奪われ、アメリカ軍に利用された。艦これでは飛行場姫として擬人化。現在もホニアラ国際空港として現役)砲撃に向かった日本艦隊は、米軍がはじめて実施したレーダー射撃(軽巡洋艦ヘレナに新式レーダー搭載)のため、得意とした夜戦ではじめて敗退。
 先制攻撃を受けて旗艦の重巡洋艦青葉が大破し第六艦隊司令官、五藤存知少将が戦死、駆逐艦吹雪が沈没。青葉と敵艦の間に入って集中攻撃を受けた重巡洋艦古鷹もほどなくして沈没、近くにいた輸送艦隊の護衛から古鷹の乗組員救援に回った駆逐艦叢雲もスクリューを破壊されて行動不能となり、味方艦に乗組員を移して雷撃処分される。重巡洋艦衣笠は反撃し、一矢を報いる。古鷹の犠牲と衣笠の反撃に守られた青葉は脱出に成功し、終戦まで生き延びる。
古鷹の戦死・行方不明者258名。吹雪は約100名としか書いてない。青葉戦死者79名。本日から明日にかけ、大勢の人々の命日になる。

 日本軍の見張員は夜間でも8000m先の敵艦を視認できたといい、米軍からは「猫の目」と恐れられたという。米軍の旧式レーダーより日本見張員の方が先手をとることも多かったらしい。この時も先に敵艦を発見したのは日本側だったらしいが、その位置に輸送作戦中の水上機母艦千歳、日進がいる可能性があったとのことで即時攻撃をせず、ワレアオバと味方識別信号を発信、敵の先制攻撃を許し、大きな損害を出してヘンダーソン飛行場破壊に失敗したということらしい。

 その2年前の昭和15年10月11日は、紀元2600年を祝う特別観覧式が行われていた。この時古鷹は妹の加古と共に供奉艦(ぐぶかん:天皇陛下の乗る御召艦(おめしかん)を後ろで護衛するものらしい)をつとめたという。この時の御召艦が戦艦比叡だったことは艦これ提督はご存知ですね。
(資料によって諸説ありますが、艦これ公式記録と産経新聞社「あの戦争」の記述を主に引用してます)



 古鷹は日本最初の重巡洋艦。「軽」「重」の区別は排水量ではなく搭載火器で決まるとか。このへんはワシントン条約での約束事でいろいろつばぜり合いの結果らしい。何かを基準として制限すれば、基準になっていないところを強くしようとする・・・
 艦名由来は広島県古鷹山。セリフからは心優しい、ていねいで控えめで真面目な性格付けがうかがえる。舷側の窓を開けると波が入ってきてしまう、という構造的欠陥があったらしく、「吹雪、がんばります!」では水族館とか呼ばれちゃっている。そのため窓は閉め切りにせざるを得ず、暑くて居住性は悪かったとか。

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