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「男の冬じたく(森茂著)」メモ

2016/09/05 19:00 投稿

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・はじめに として、以下のような文からはじまっている。
 四年前の冬、私たち夫婦は結婚35年の祝いをした。私たち夫婦、二人の息子夫婦、それに孫たち、みんな幸せに包まれて記念写真を撮った。 
 その日から間もなくして妻は体の不調を訴えた。大学病院で検査してもらったら進行したガンとわかった。妻は私より八歳年下だし、いつもはとても元気だったから、まさか私より先に妻が逝くなどとは思いもしなかった。
 それなのにその年の夏、彼女は笑顔を残して不帰の人となった。

戦後の昭和の日本のお父さんというのはこの著者のように、奥さんは自分より長生きする、と思い込んで毎日を過ごし、そうではないかもしれない、と気付かされた時にそれがはじめて自分の何の根拠も無い思い込みであったと気付く。

 中には奥さんの方が先に逝く可能性もあると覚悟している人もいるかもしれないが、覚悟があろうと無かろうと、奥さんに先立たれた夫は暮らしもなにかと不自由で近所付き合いもうまくできず、居所も話し相手も持たずに残りの人生を過ごすさびしいイメージがある。
 逆に一人暮らしになったおばあさんは、特に不自由もなく生き生きと何十年も元気に暮らしている人が多い気がするし、実例は何人もあげられる。

平凡な男性にとっては、妻に先立たれるのは 最大級の不幸と言えるだろう。死んでくれてよかった、なんて思う人も今は多いのかどうかしらないが、一般論として。

 著者は京王帝都電鉄の役員や京王百貨店の社長、会長、相談役をつとめた、一般のサラリーマンから見れば特別に成功した人という感じで、金銭的な不自由は無かったんじゃないかと思うが、そういう人でも男やもめになってしまえば人生の終盤には不幸の影が差す。
 二人の息子さんがいるのだが(もう一人いたのだが小児ガンで亡くしているらしい)、一時期は孫と一緒に同居してくれるものの、国際的な仕事をしていてすぐに海外勤務で転勤してしまう。奥さんが健在なら自慢の息子さんだろうが、この状況ではどこかうらめしい。

 一般に「男やもめに蛆がわく」というが、英語でも
 A widower’s life is usually untidy.
 (男やもめの生活は通常汚く、取り散らかしている)
 という表現があるそうだ。

 この本は はからずも65歳で妻に先立たれてそうした晩年を過ごす事になった著者が、できる限り心豊かであろうとして生活のあれこれの心がけや実践したことなどを書き連ねた記録で、自分にも参考になりそうなところを備忘録的に抜き書きしてみる。

 著者は持ち家で、息子さん一家と同居するためにさらに増改築を加え、ベッドに机、ミニキッチンや冷蔵庫、電子レンジに洗面所まで備えた自分の私室を増築したりしている。ベッドサイドのテーブルは特注している。
 著者は特に支障なかったようだが、この私室は二階に作らざるを得なかったらしい。
 自分の親は晩年歩行に不自由になったりしたので、老人の居室は一階に置くべきだな、と思ったりもした。民家の階段は急であぶないし、弱った足腰で毎日上り下りはきつい。
 万一車椅子になっても取り回しがきくような配慮も必要かもしれない。私には縁がないが、これから家を建てる人は老後の自分を真剣にイメージした方がいいと思う。階段や浴室の手すりは絶対つけたほうがいい。著者は玄関にもつけたそうだ。私の実家では椅子を置いていた。
 私の部屋はつけていないが、エアコンも今は必須だろう。
 団地住まいでも、定年を機に一階に引っ越すみたいなことがあってもいいのかもしれない。
タワーマンションの高層階で一人暮らしになったら不便だろう。でもタワーマンションの1階はたいていロビーとかテナントとかで、住めるのは2階とか3階以上の場合が多いのかな。ああいうところで暮らせるのは元気なうちだけだと思う。ポーチなんかの2、3段の階段が、症状によっては大きな障害になる。

 著者は転倒と火の元を要注意事項にあげている。また、暖房を電気に頼りすぎると、停電でガス風呂やガスコンロも使えなくなってしまう場合がある。著者は大雪による停電で、困った経験があるそうだ。
 灯油ストーブがあると簡単な煮炊きができたりもする。でも灯油ストーブは万一が心配だったりするし、腰とかが弱ってくると灯油を運ぶのに苦労する。灯油の入れ物って18リットル入りが標準みたいだけど、もっとミニサイズをつくってもいいいのではと思う(バイク用とかで小容量のものはあるみたいだが)。
 カセットコンロがあってもいいのかもしれない。
 著者は風呂を沸騰させてしまった経験もあるそうだ。今は自動停止するコントローラー付の風呂があるので、家を選ぶならそうした施設がある部屋にするべきだろう。沸騰するタイプの風呂は(今はガス会社の方で自動停止したりしてくれるが)酔って寝込んだりすると命にかかわる(私はこれであぶなかったことがある)。

 著者は固定資産税なんかも払っていて原稿収入もあったりして年金ももらっていて、確定申告に苦慮するらしい。私はここは苦慮しないと思う。
 大病をした年があって、その年は自分で確定申告をすることができず、息子さんにやってもらったらしい。一人暮らしの老人が大病した時の税処理なんかは、行政的な配慮も必要に思う。子供のいない老夫婦の一方が亡くなった時なんかも、いろいろな手続きを残された人が全部やるのはきつい気がする。それはそれとして、関連書類はふだんから整理しておくべきだな。
 年金とか健康保険とか生命保険とか医療費の明細とか。

 著者は布団や洋服の夏冬切替にも神経をつかっている。私はここは全く悩まない。

 著者は一人暮らしになってから、犬の世話が十分にできなくなって家出されてしまい、奥さんが温室で育ていていた蘭も枯らしてしまったらしい。庭木の世話には植木屋さんを頼んでいるとか。私もベランダに置いておいたハヤトウリを枯らしてしまった。生き物はせいぜい金魚とかシーモンキーとかにしておいたほうが無難かもしれない。

 著者はボタン付けぐらいは自分でするそうだが、着物のほころびなどは通いのハウスキーパーさんにまかせているという。ハウスキーパーなど雇えない私も、そうしたことがある程度できたほうがいいのかな。ボタン付けとかスソアゲとか、破けたポケットの修繕とか、頼めるところはあるけど、2回頼むと新品が買えるくらいの値段になってしまう。

 著者は読書と水彩画が趣味だそうで、本と額装した水彩画がたまる一方だとか。本は処分しないとな。最近ブロマガで本のレビューが多いのは、ブックオフするためもある。

 年の瀬は食料を買い置きするのもわずらわしく、正月を一人で祝うのも侘しいので旅行に出て、三が日はホテルの食堂を利用するらしい。お金があればそれもいいかもしれない。
 今は正月でもコンビニは営業していて買い置きの必要もないが、正月がコンビニの弁当ではやはり侘しいかも。災害の備蓄食料を正月の食事にするのもちょっと抵抗を感じるが、餅なんかはいいのかな。年賀状なども現役時代は600枚出していたそうだが、これも宛名は奥さんまかせだったようで、定年あたりで思い切ってそうした人間関係も整理するのがいいのかもしれない。私は親しい人ほどメールだけになってしまったので、今は遠隔地に住んでいて会えない人に限っている。

 著者は現役時代は秘書がいて、スケジュール管理はまかせていたそうだが、引退後は自分でシステム手帳を使って管理しているという。私も手帳は手放せない。携帯を忘れてでかけても、まあいいかですむけど、手帳を忘れるとどうも調子が出ない。

 著者はストレスが原因と思われる病気で社長を退いたいきさつがあり、それだけストレスがたまってしまったのは余暇の過ごし方が拙かったのだろう、と書いている。
 余暇には三段階あるそうで、
 1.怠惰(無為に時間を過ごす。疲れ果てて寝るだけだったり)
 2.気分転換(一杯やったりゴルフをしたり、帰宅すると和服に着替えたり)
 3.自己表現(心の平静を養う。著者の場合は水彩画)

 みたいな感じ。「毎日が日曜日」という城山三郎氏の小説があったが、著者は「毎日が半ドン」と言って半分は自宅で、半分は外に出てという感じで過ごしたいと語っている。

 基本的に朝晩は自炊のようで、朝はパンとミルクとフルーツ、昼は外食で天ザルか和食、夜はご飯と味噌汁、魚か肉の主菜に野菜or海草or漬物だという。私もそんな感じだ。
 今冷蔵庫もしくは冷凍庫に何があるかを把握しておくのが、買い物上も重要になる。
 著者はある料理書を本文の順に作ってみたらしい。80kcal=1単位と考える、いわゆる食品交換法とか、四群点数表とかも勉強しているようだ。
 私はあまり細かいことは考えないけど、朝パン、昼麺、夜ご飯になっていて、だいたい1600~1800kcal、塩分6g~8gくらいになっているはず。一回飲めばその限りではない。
 お米は1合炊いて、半分をその日に食べて、残り半分を翌日雑炊みたいにする。
 著者も1合を2回に分けて食べるそうだが、冷ご飯で焼き飯を作ることが多いようだ。
 一人者が作れない料理として、五目寿司を上げている。

 誰でもそうだろうが、著者はボケ防止に気をつかっている。著者によれば手先を使うのと、首の運動をして新鮮な血液を頭に送るのがいいらしい。

転倒→骨折→寝たきり→痴呆 という流れを著者は警戒している。祖母が年をとると、畳の縁でも新聞紙でも座布団でも足をあげたつもりで躓くのよ、と言っていた記憶もある。なるべく自宅内ではゆっくり歩くようにしている。私の部屋は床にいろいろありすぎて、そうせざるを得ないのだが。

 著者はワープロを愛用していて、これで三冊の自費出版の原稿を書き、この本もワープロで作成し、海外勤務の息子には家族通信なるものを月に数回送っているという。

以下ワープロを使う上での創意工夫がいろいろ書いてあるが省略。リスト・ピローも自分で思いついて作ったらしい。私はバスタオルで代用している。

 趣味の水彩画についてもその道具や額についていっぱい書いてあるが省略。

 閑職になっても毎日のように本を買うとあり、買ったら目次とまえがき、あとがきを読んで、5割は本文を読まずに積んでしまうとか。これはお金があってこそだな。井上ひさし氏の影響を受けて、赤鉛筆で線を引きながら読んでしまう癖があるので、図書館ではダメだそうだ。

 著者は石(銘石)を集めたり、猿の民芸品を集めたり、とコレクター気質もあるようだ。こういうのはある程度の年齢になったら、自分が健在なうちに誰に譲るか決めておくか、処分すべきと思う。

 海外、国内問わず一人旅にもしばしば出かけるという。コンコルドにも乗ったそうだ。3時間半の飛行でビジネスクラスの世界一周料金に40万円上乗せだったという。一方で豪華客船にも乗るようだ。著者は大戦中は海軍におり、雲祥丸という特設砲艦に主計科士官として乗り組み、本土から700~1000里の太平洋上に約30隻の漁船とともに布陣して、敵機動部隊の接近を監視していたという。敵を発見すれば大本営に無線連絡する。無線連絡すれば敵に発見される。発見されれば攻撃を受ける。ということで多くの同僚が亡くなっており、自身も魚雷攻撃を受けて危うい場面もあったという。平和の時代の船旅なら何度でもよい、と書いている。

海外一人旅の楽しかった経験や失敗談なども載っているが省略。著者は散歩というかウォーキングも好きで、郷土博物館や歴史館も好きなようで、私が「プラネテス」のプラネタリウム版などを観た府中郷土の森公園をはじめとして、上野の下町風俗資料館、新宿歴史博物館などを紹介している。

著者は京王に入る前は国鉄にも勤務した経験があるとのことで、国鉄総裁だった石田礼助氏に仕えたことがあり、城山三郎氏の小説「粗にして野だが卑ではない」に登場する氏に関する記述が正確だ、と感想を述べている。

この本の発行は平成元年だが、日経平均株価が3万にのせるなどバブル絶頂期だった。が、著者は株の急騰には懸念を抱いているようなことを書いている。いわゆるバブル崩壊は2年後になる。著者は株はバクチだといい、資産運用は専門家に相談しながら堅く行っていると書いている。

 著者は海軍で「躾教科書」なるものがあったといい、その教育を受けた延長からか身だしなみやおしゃれについてもページを割いている。ネクタイやカフスボタンなどでおしゃれするとある。これは百貨店の仕事をしたせいもあるかもしれない。私は退職したら冠婚葬祭用を除いてネクタイは全部処分するつもり。今はクールビズとかのおかげで昔よりは締めなくなったが。

東大先端科学技術研究センター教授の古川俊之という人の本から、著者はしばしば抜き書きをしているが、その中に「老人勅諭」というのがあるそうだ。
一.老人は感性を磨くを本分とすべし。
一.老人は礼儀を正しくすべし。
一.老人は教養を尚ぶべし。
一.老人は信義を守るべし。
一.老人は消費を楽しむべし。
 著者は感性を磨くべく水彩画を、消費を楽しむべくおしゃれを、という考え方のようで、そのためには自分の体のサイズを知っておいたほうがよい、と書いている。身長体重はともかく、胸囲とか肩幅とか裄丈とかは知らないな。店で測ってもらえばいいのだろうけど、通販なんかだと困ることがあるかも。そういえば買ったはいいけどきつくてダメだったシャツとかあるな。
 以下洋服のタグの読み方とか流行色への配慮とかがたくさん書いてある。私はこういうのが頭に入らない。

 著者は一人暮らしは大勢の人の支えによって成り立っていると書いている。これは仮に夫婦二人であったとしても同じだろう。著者は息子さんの家族に支えられ、週二回やってくるハウスキーパーさんとも家族ぐるみの付き合いと書いている。

 著者は鉄道会社勤務の経験から、「つなぎ目」にこだわりを持っている。レールのつなぎ目、列車の乗り換え時の接続の便不便などがトラブルの発生源であったからといい、人と人との接点にも気をつかうという。自分に合った帰属団体があるかということも、生活の充実に重要だと書いている。著者は小学校の同級・同窓生から海軍時代の戦友会、仕事仲間の会、各種同好会など帰属グループは20を超えるという。私なんかはそんなに多いと疲れてしまうが。

 著者はこの本の出版時は70代になるころで、検索すると2002年に82歳で亡くなったとあるので奥さんが亡くなった後15年ちょっとこのような一人暮らしを続けたことになる。願ったような生活ができたのであれば、奥さんに先立たれた不幸も少しは癒されたかもしれない。
 大企業の社長経験者ということで、平凡なサラリーマンには参考にしたくても真似できないところもあるが、共感する部分もある。

 著者は伴侶と死別した時の悲しみは大きかったと書き、「女房にもっとやさしくしてやればよかった」との悔悟があるとも書く。奥さんの背が低いことをついきつい言葉で責めてしまい、「直せることならともかく、直せないことを言うものではありません」と逆鱗に触れてしまった経験も、胸に刺さったままだという。
 それでも悲しみから立ち直れたのは、ガンということもあって、精一杯の看病を尽くしたという思いがあるからだとも。息子さんの提案により、奥さんの追悼記を作ったことも精神的なやすらぎを与えてくれたという。

 同年代には親を失った人が多いが、やはり看病を尽くした人と突然失った人とは、残るものがちょっと違うようにも思う。突然の事故や災害で家族を失った人は看病もできないが、普段から互いにもっとやさしく、ということはできるだろう。伴侶は私には関係ないが、親兄弟や友人知人に対してはなるべくそうあろうと思っている。



カバーのイラストも著者本人とのこと。味わいのあるイラストだと思う。

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