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城巡り2~丸亀城

2013/08/13 22:54 投稿

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さて、ここで久々に城について書こうかなと思います。

丸亀城

天守閣と大手一の門・大手二の門


日本にある12の現存天守の中で3層天守としては
実は一番小さい天守だったりします。
(全部の天守の中で最小は11mの備中松山城)





この小ささである(笑)

独立式層塔型3重3階で高さ僅か15m…しかし、石垣の高さは60mと
日本一高い石垣を持つというアンバランスな城だったりします。



何と言ってもこの城の素晴らしさは天守閣よりも石垣の美しさにあります。
この遠景から見ても分かる様に実に綺麗に石垣が築かれているのが分かります。
天守閣自体や城の基本的な部分は江戸時代前期の藩主だった山崎氏によって築城されましたが、現存する石垣の大半は1673年に京極氏が行った大改修による物です。
松山城でも石垣の美しさ(こちらは昔の石垣も今の石垣両方が美しい)に感動しましたが、丸亀城は別の意味でこの素晴らしい石垣の構築美に感動しました

さて、ここで城の話から少し外れますがここ丸亀には歴史の教科書にも登場する”
とある有名な人物”が長い事幽閉されていました。
その人物は鳥居耀蔵…水野忠邦の部下として江戸市民から“妖怪”
恐れられていた人物です。

江戸で市中取り締まりの為におとり捜査を常套手段として猛威を振るい、蛮社の獄などで
敵対する人物を徹底して弾圧・殺害にまで至らせる等讒言権謀術数を得意として
何と自分を取り立ててくれた恩人の水野忠邦が天保の改革の失敗で行き詰まりかけるや
敵対勢力に寝返り忠邦を失脚させて身の保身を図るという
鬼畜外道・悪人の見本みたい人物です。

そんな彼が何故ここ丸亀にいたのか?
なんと寝返って忠邦を失脚させたまでは良かったものの、人材不足により忠邦が老中に復帰してしまいw可愛さ余って憎さ100倍の忠邦は耀蔵を許さず、部下2人と共に彼を粛清。
部下の1人は斬首、耀蔵は全財産没収の上丸亀に配流されたのでした。

丸亀での彼は、江戸の悪人時代と打って変わって漢方の心得を活かし、幽閉屋敷で薬草の栽培を行ったり(!)、生家が林家である為か学問の知識が豊富で丸亀藩士や一般市民に学問を
教える等丸亀の人達からは善良な人格者として慕われていました!

何が彼をここまで変えたかは定かではありませんが
(けど、幽閉中にかつての敵の死を喜ぶなど陰険な性格自体は変わっていなかった模様)
彼が明治2年に恩赦で許されるまでの23年間過ごした丸亀は彼にとっては
権謀術数を張り巡らして人々を恐怖に陥れた前半生とは別の人生があった事を知りました。
こうして現地に行って歩いてみないと分からない発見があるからこそ
城巡りは辞められません!

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