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城巡り1~犬山城

2013/07/28 16:29 投稿

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さて、ここで一旦ブートの話から離れて趣味の一つである歴史と城について
書こうと思います。

そんなんで少しブートの話以外の記事も少し書いていこうと思います。


犬山城


近年まで日本で唯一藩主であった成瀬氏の個人所有の城であった城として有名な城です。

3層4階地下2階建てで今の天守閣は織田信康によって建てられたものを
石川貞清が改築したものと言われています。
歴史の大舞台でこの城が登場するのは2回で1回目は織田信長絡みで織田信康の息子織田信清が信長を裏切り斉藤氏に付いた為、信長が尾張国内の統一と言う意味と尾張国内の斉藤勢力の抹殺を図ってこの犬山城を包囲しました。斉藤軍も援軍を出しましたが結局3か月の籠城の末落城し信清は命だけは永らえ甲斐へと逃亡しました。

斉藤方だった猿啄城、鵜沼城方面。この2城が落城した為、犬山城は孤立無援に‥



信長と言えば中長期的な城攻めと言う物が性格的に苦手で彼の行った数少ない城攻めと言えば猛攻撃と放火による短期火力集中攻撃一辺倒の戦い方ばかりであり攻められた城は大抵跡形もなく燃えてなくなってしまうのが殆どなのですが犬山城に関しては珍しく3か月も包囲戦を行った為焼失を間逃れた現存する唯一の城です。(妹のお市がいた為放火出来なかった小谷城と難攻不落だった石山本願寺も包囲戦を行った為焼失を間逃れてますが、小谷城は解体、本願寺は戦闘終了後失火で焼失し現在は大阪城の下に眠ってます。)




次にこの城が歴史の舞台に上がるのは豊臣秀吉と徳川家康&織田信雄が天下の覇権を掛けて
争った小牧・長久手の戦いでした。犬山城はこの時豊臣秀吉方の元犬山城主池田恒興
(姫路城主で有名な池田輝政の父親)が信雄家臣の中川定成に奇襲を仕掛けて奪取しました。

これに慌てた家康&信雄が小牧山城を改修して本拠地にしたのは周知の事実です。この事から見ても犬山城の戦略的価値が如何に高かったか伺えます。また城が責められ落城したにも
拘らず焼失しなかったのは恒興が武将として優秀だったのか、盗られた中川が間抜けだった
のかは定かではありませんが信長・秀吉・家康の三大天下人が城を巡り争い、二度も戦乱に
巻き込まれたのにも関わらずこうして現代にまで”白帝城と呼ばれる美しい天守閣が
残ったのは戦国の奇跡という他ないと思います。


このお城シリーズはネタに困ったらまたやります♪


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