まりさるの☆ウェーぶろぐ

女児向けアニメ「プリパラ」の思想について、個人的な体験を顧みて「ラブライブ!」のネタとともに語る回

2016/12/18 18:35 投稿

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皆さん、こんにちわ(^o^)

まずは余談です。

恐縮ながら、今回の余談は長いです(^^;

とはいえ、筆者の目論見では、ここで語る余談はプリパラタウンの建造物の基礎をなすような働きがあるので・・・で、一体何が言いたいのかというと、余談では本題を支える基礎理論のような役割を果たすことが期待されるので、ここは目を通しておかれることをお勧めします。
          ❤プリパラタウン全景(注:ステマではありません)❤

                ❤らぁら かしこま!❤

今回の記事は、結果として実質的に「鉄道ファンでラブライバーなプリパラおじさん」向けの内容になってしまった感があります(^^; 

それと、ここでは「プリパラ」のアニメ作品について語っていますが、声優や楽曲については
「ラブライブ!」のネタばかりなので、記事のタイトルからすると違和感を持たれる方も出てくるかと思います。ガチのプリパラファン皆さまには申し訳ないです(^^;

・・・そこんとこヨロシクご了承くださいませ御主人様www

    (今回のけつろん)趣味の合う人が見つかるといいですね!(^ω^)

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それでは余談に入ります。

単なる余談で始めたつもりにしては、えらいボリュームになってしまった感じがするので、
ここでは「TINY TRAIN TOUR」と適当にタイトルを冠して、話を進めていきましょう。

筆者としましては、読者諸賢におかれましては「不思議なタイムゾーンを通り抜けて来たような気がしたよ」みたいな感想を期待しています。

それにしても、今回の記事は「寄り道」が多いです(^^;
例えるなら、京都から名古屋まで行くのに紀伊半島を一周するようなものでしょうwww

全体的には、余談が4分の3、本題が4分の1くらい(笑)の構成で、画像は多め、文章は少なめの内容になっています。

まあ、細かいところは気にせず、適当に流して見てもらえればよいと思います。

中身を見てもらって「こいつ面白いこと書いてるなー」と思ってもらえるのが、こっちとしては嬉しいわけですが、エンターテイメントの素質や趣味の問題もあって、アクセスしてくれただけでも有難いことですよ。ははは(^o^)

ところで、「生きる」ということは「味わう」ということでもあります。

人生の味わいは「ウハウハ」なものから「しみじみ」としたものまで、いろいろな味があると思いますが、今の僕は、どちらかというと「しみじみ」系の方が好きかな。。。

それでは、出発進行! れっつらごー(^o^)/

【TINY TRAIN TOUR 序文】

これは今年の5月に平成筑豊鉄道(福岡県)に乗車した時に撮ったものです。
                ちくまる号@田川伊田駅

             田川伊田駅、JR日田彦山線側のホーム

        ホームに今も洗面台が残っているところなどは昭和の面影?

ここで何を感じ取ったのか、その後になって、リリーホワイトの曲を聴きながら筑豊の鉄路を乗り回すという、何やら訳の分からぬ風流な遊びに興じるようになりましたwww

リリーホワイトと言えば、昭和アイドル歌謡に対するオマージュみたいなイメージがあるわけですが、やはり、田川伊田駅のプラットホームに降り立ったら「思い出以上になりたくて」が流れていなければならないのです♫(意味不明の使役形)
 ❤小さな旅の友に(^^♪ 「ラブライブ!」伝家の宝刀(?) lily white(リリーホワイト)♫❤

       参考までに、ここに福岡県の鉄道路線図を貼っておきましょう。

僕は物心ついた頃には、すでに電車や鉄道の施設を見ると異様な関心を示してはキャッキャッと喜ぶような子供でした。この症状の原因については未だ解明されていません。

小学5年生になった頃、僕の所属するクラスに一人の男子が転校してきました。

埼玉からやって来たという彼が、遠く福岡の辺境の地に転校してきて最初に話しかけた相手はM君で、M君と僕とは小学1年生からの友人で、それで転校生の彼とも仲良くなりました。

ここで、M君や転校生の彼を含めて僕たちは5人の仲良しグループをクラスの中で形成することになったわけですが、われわれが一緒になって遊んでいるうちに転校生君は「キハ58」「オハフ33」「クロ481」などといった大変に奥ゆかしい単語を発するようになり、彼の鉄道談話は時には小学生にしてはずいぶんと豊富な知識量だったりするので、そうして、彼がガチの鉄道マニアであることが発覚したのでした。

他の友人たちから彼がどのように見えたか、或いは彼が友人たちをどのように見ていたのかは僕には分かりませんが、少なくとも僕から見た彼は、関心を同じくする同志であり、その道の先達でもあって、それ以来、時刻表の読み方や鉄道旅行術などの実践的な知識を彼から授かることになりました。

われわれの住む場所は行橋という町で、そこから田川線に乗って田川や直方、飯塚などの筑豊の諸都市を経由して、われわれにとっての都会である小倉に行ったりするようになりました。

これは当時の自分にとって、エポックメイキングな出来事でした。

小学生だけで計画して、保護者の同伴なしで実行された半日程度の小旅行は、今思えば些細なイベントでしたが、まだ年端もいかぬ少年にとっては、これにはちょっとした冒険心を覚えたりもして、そうして見知らぬ町の見知らぬ風景に出会っては、世界が拡がっていくワクワク感に胸をときめかせたものです。

ここで大切なのは、行動範囲の広さよりも、むしろ感動の深さの方でしょう。

当時、この小さな旅の車窓から眺めた沿線の風景、筑豊・北九州の街並み、駅の様子などは、その後の価値観や世界観の形成に少なからずの影響を及ぼしたのか、「もののあはれ」の美感を尊ぶ傾向と、ついでに言えば、「ラブライブ!」でリリホワ推しになったのは、そのような事情が背景にあるからではないかと考えられます(*´ω`*)

しかしまあ、10歳あたりの年齢と言えば、思春期の入口手前くらいの頃で、人生の価値基準が性愛の欲望に支配されてしまう直前の「人生最後のイノセンス」「最後の楽園」みたいな感じですかね?

・・・ちなみに、この概念は、後の記述にも出てくるので、覚えておきましょう(^o^)

子供は子供なりに情緒や良心が未発達な分、邪悪で陰惨な部分もあったりするわけですが、
とはいえ、イノセントな目で見られた世界は、今となってはもはやノスタルジーですね。。。

性の喜びを知りやがって!・・・汚れちまった悲しみに・・・あゝ、パラダイスロスト。

もっとも、あの頃の日常については、すべての出来事がバラ色だったというわけでもなく、
イヤなことや辛いこと、ムカつくこともそれなりにあったと思いますが、人生の皮肉なのか、こういうのは今でも変わることがありませんね。。。

しかし、あのイノセントな感動は、あの時だけに特有なもので、「稀少性」を伴った限定的な情緒なので、だから殊更に「郷愁」をかき立てるのだろうと、そのように考えています。

個人的な価値観では、私は私なりに恥ずかしい生涯を送ってきたので、「人生、あのへんからやり直したい」と思うことはあっても、「あの頃に戻りたい」と思うことはありません。
それでも「あの時の気持ちに戻りたい」と思うようなことはあります。

あの頃の自分は「行橋→田川伊田→直方→折尾→小倉→行橋」のルートが大変に気に入っていたのか、大学生や社会人になって実家を離れていた頃も、帰省した折には何とはなしにふらりと同じルートを辿ってみたりしていました。

人によって個人差はあると思いますが、折に触れては、どういうわけか心が自ずとその年齢、その時代へと好んで回帰してしまう・・・そういうのがあるのかも知れません。

それで、10歳くらいだった当時の自分は、今の自分の中にもしっかりと生きているみたいで、彼は、「オレ、このクラスのあの子のことが好きや」などと友人にネタを提供する時のようなノリで、私に向かって、こうつぶやくのでした・・・「らぁら かわいい
        ❤てか、こっちの方かよ!? こいつロリコンだなwww❤

            ❤かしこま! かごしま! かしこじま!❤

  ❤プリパラ空間では、自動的に年齢が調整されて最適化されるらしい(←ここ重要)

❤僕は、文学部地理学科卒なので、ちりちゃんがイイです(⋈◍>◡<◍)。✧(←ネタです)


    ❤見てたら、なんか可愛らしいので、もうちょっと貼っておきましょう


❤僕はロリータコンプレックスというわけではないのですが、かわいいですね(←おいおい)❤

しかし、このような心理状態の根底で、無意識のレベルで起こっていることというのが、実のところ「あの気持ちを取り戻せ!  Bring the beat back!(ビートを取り戻せ!)」みたいな感じで、生命」が精神に向かって何かを要請しているんですかね? 

たしか盆休みに投稿した記事で、ユングが開発した心理療法プログラムについて紹介したら、コメント欄で「受動意識仮説」という現代の学説を教えてくれた方がいましたが、
なぜか、らぁらやちりちゃんが可愛く見えてしまうのは、つまりそういうことなんでしょう。
うーん、アカデミック!(←こじつけ)

考えようによっては、これは「生きる力」に関わる話であるとも解釈できそうですね!
ちなみに、こっちの方は真面目で正当な解釈のつもりで、こじつけではありません(^ω^)

前回の記事では、三森すずこの「ヒカリノメロディ」のMVが、とてもステキだったと語ったわけですが、この曲の歌詞は「ラベンダーの香りが童心を呼び覚まして、そこからキラキラの新しい物語が始まる」みたいな内容だったように思います。 美しいですね。

このような着想は、ある日食べたマドレーヌの味から少年の頃の鮮明な記憶が不意に蘇って、そこから壮大な物語が始まるプルーストの自伝的小説『失われた時を求めて』に通じるものがあるように思われます。ロマンですね。
     ❤脳内嫁は三森すずこ(30)・・・これにてロリコン疑惑解消!(^o^)

三森すずこ「ヒカリノメロディ」MV short ver.(3rdアルバムToyful Basket収録曲)

この章の冒頭で「最近になって、リリーホワイトの曲を聴きながら筑豊の鉄路を乗り回す遊びに興じるようになった」などと言い出したわけですが、その動機などを語りだすと、ざっと、こういったところでしょうか。
いたいとが いたいとんでるわ
だけなんて がまんできないから
つまり、そういうことですね(*´ω`*)

ちなみに「TINY TRAIN TOUR」は、三森すずこの曲のタイトルからのパクリでした(笑)
ごめんね、みもちゃん(^o^;

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【TINY TRAIN TOUR #1】

2016年10月9日。快い秋晴れの日。

自分の知らない間に筑豊本線の直方駅が新しくなっていたらしいので、今回行ってみました。

新駅舎の構造は1階が店舗で2階が駅になっていました。
            いつの間にか新しくなっていた直方駅

               前代の直方駅(2007年4月撮影)

               新しい駅舎、贅沢な空間設計

駅舎がリニューアルオープンしたのは、いいことだと思います。
とはいえ、その一方で、駅前の景観はさらに時代から取り残されてしまったような。。。

しかし、日本の地方小都市においては、こういった現象は全国的規模で発生していることで、
これについては、大規模店舗の出店に関する規制緩和や都市再開発の区画整理事業、地域住民の高齢化、諸々の権力関係や利害関係、そういった様々な要因が複雑に絡み合っているように思われます。地域衰退の問題は、いわば「構造的な問題」として捉えることができそうです。
                 鄙(ひな)びた駅前

余談ながら、これは公務員試験の受験勉強をしていた時に参考書を読んで知ったことですが、「不況」というのはいくつかのタイプに分類されるそうで、その中でも「構造的不況」というのが一番タチの悪いタイプだったような覚えがあります。

立ちはだかる巨大で堅牢な構造を前にして、それに従うしかないような状態はカフカ的です。
不条理です。

さて、「地域の衰退」という「構造的な問題」をどのようにして改善していくべきか?

このお題については、持論では、次の視点が大切なのではないかと考えます。

①これから30年後くらいの間に今の大型ショッピングセンターがどのようになっていくのか?
②これから通信販売の技術がどれだけ発達していくのか?
③地域活性化のための法整備が今後どのように実施されていくのか?
④超高齢化社会への対応

もっとも、ここで言及しているのは、いわゆる外部環境の側面のみではありますが。。。
内部環境については、単なる通りすがりの立場では何とも言うことはできません。。。

何やら大学のゼミで発表する時みたいなことを語っていますが、僕はこの道の専門家でも実務家でもなく、しかもこの記事は趣味のブログなので、こういう難しい問題には深入りはせず、そういうわけで、これから電車に乗って折尾方面へと向かいます(^^;
               電車が来るぞー! プワーン♪

「脱構築」のポストモダンの思想が建設現場で展開される(?)大改造工事中の折尾駅に突入w

構造的な問題に対する処方箋については、実のところ「脱構築」にあると考えるわけですが、目先の利益に捉われている限りでは、こういうのはなかなか実現できるものではありません。
折尾駅の工事も、当初の計画から4年くらい遅れているらしいです。。。
        大改造工事の最中で、ずいぶんとショボくなった折尾駅東口

   昔の九州の鉄道駅を象徴する建築っぽい、かつての折尾駅東口(2007年4月撮影)

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【TINY TRAIN TOUR #2】

2016年11月5日。小春と呼ぶにはまだ早い秋晴れの日。

なぜか知らねど、気のつれづれなるままに、筑豊本線は桂川駅にやってきました(^o^)/
             筑豊本線から篠栗線が分岐する桂川駅

ところで、「筑豊本線」は、現場ではすでに死語になってしまったのでしょうか???
筑豊本線と篠栗線は、時代の変化によって福北ゆたか線と原田線へと関係性を改めたwww

さて、これから原田へと向かいます。これが本日のメインイベントです(^ω^)
  桂川駅で時間を持て余すこと約100分、ようやく原田線の列車がやって来ました。

原田線の沿線の印象を一言で述べてみると「筑豊地方を過ぎて峠の長いトンネルを抜けると、やがて福岡都市圏へと突入した」みたいな感じですか。

沿線の風景について、少しだけ触れておきましょう。

どこの駅か忘れましたが、ある駅にて。
対向式のホームの片方は今はもう使われなくなって、レールが撤去された跡には、この草花は秋桜(コスモス)でしょうか、健気に黄色い花を咲かせているのでした。

ゆっくりと日が暮れていく中、田舎の静寂をカタンカタンと走り過ぎていく車窓から見えた、あたりを茜色に染めながら山の稜線に隠れていく夕陽が大変に美しかったので、シャッターを切ってみましたが、この感動を十分に伝えきれない出来になってしまったのが残念です。。。
       プロの写真家という職業が成立する理由がよく分かる一枚(^^;

アナクロニズムの風流な人は、すすけた顔のディーゼルカーに乗って原田駅0番線に到着w

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【TINY TRAIN TOUR 閑話休題】

さらに寄り道です(^o^)

小倉の市街地の景観も少しばかり紹介しておきましょう。

旦過市場の周辺は、ラビリンスでカオスな街並みが好きな人にとっては、小倉の市街地で最も趣のあるスポットではないかと思われます。

僕はこういう場所が好きなので、趣味の押し付けです(笑)
              小倉に訪れた際は、旦過市場へGO!

上の写真は市立医療センター付近の歩道橋から撮ったものですが、この場所からはモノレールが走る姿を望むこともできるのでした。変化に富んだ景観は楽しいものですね(^ω^)
都市高速鉄道でも、モノレールは車窓から市街が展望できて、地下鉄より楽しいデース(^o^)

            モノレール小倉駅に停車中のメーテル号

筆者の意図するところでは、この章は余談の中でもいよいよ余談な設定で、そういうわけで、このへんで、個人的に未だ愛してやまないリリーホワイトの話でもしておきましょう(^o^)

さて、「ラブライブ!」楽曲の中で、あなたの一番のお気に入りの曲は何でしょうか?

もうちょっとしたら、こういうのが発売されるらしいですね!
     ❤リスアニ!別冊 『ラブライブ!』音楽大全、12月24日(土)発売決定!❤

で、僕は「乙姫心で恋宮殿(おとひめはーとでらぶきゅうでん)」が好きです(^^♪

このCDは、一般販売の商品ではないので、2,980円支払って中古のやつを購入しました(笑)
「今は昔」「昔は今」を旅する心は「乙姫心で恋宮殿(おとひめはーとでらぶきゅうでん)」♪

この曲は、70's後半~80's前半のテイストにあふれたディスコビートが効いたナンバーで、
それもどうも、人力で鳴らしてるっぽいところが何ともソウルフルでたまりませんね♫ 

なんかこう、魂を感じさせる曲はいいですね! えもいわれぬ感興を催します(≧▽≦)

また、この曲の歌詞のサビの部分は、今回の記事で語っている内容とも重なって、
筑豊鉄路めぐりツアーとはなかなか相性がよろしいようで、しっくりきます(*´ω`*)
人の世は(すぐにすぐに)変わるけど
私の願いは(変わらないわ)
うず潮よりはげしく あなた揺さぶりたいの

「来て…!」

むかしのむかしの物語 伝説の宮殿で
恋した恋した殿方
ああ還らない(さだめなのよ)
こよいのこよいの物語 伝説がよみがえる
恋する恋するはずだわ
そうよ あなたが来てくれた
なにもかも忘れて ゆらゆら踊りましょう
人によって様々な解釈が可能と思われますが、ここで「殿方」をイノセントだった頃の自分、「あなた」を今の自分に当てはめてみると・・・なんだ、そのまんまじゃないか!( ゚Д゚)

畑先生、僕の喜びそうな詞を書いてくれてありがとうございます!(^o^)

歌の世界が主体化されると、愛着もひとしおですね!(*´ω`*)

ところで、歌うたう乙姫の心は、「超越の声」「存在の声」とも解釈できそうですが、本題との関わりで言えば、この心はさらに「プリパラ」の精神性、思想にも相通じるものとして解釈することができるでしょう。・・・このへんについては、また本題で触れたいと思います。

そして「恋宮殿」は、先述した「折に触れては心が回帰するような場所」とも言えそうで、
いわば「心のふるさと」みたいな存在と呼んでよいかもしれません。
あゝ、プリパラ的、あまりにもプリパラ的なwww
(←ここ強調する???)

過去の記事で「乙姫心…」の曲を現実界とイデア界との関係で読み解いて語ったことがあったと思いますが、補足の文章をここに載せておきましょう。

身体は、諸行無常の非情な掟に支配された現実界にあっても、精神は、超越者の主宰する永遠不滅の超時空世界(イデア界)でゆらゆら踊る・・・そんなところですか(*´ω`*)

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【TINY TRAIN TOUR 最終章】

2016年11月19日。雨のち曇りのち晴れ。11月らしい空。

今回、ふたたび直方駅にやってきました。

逆光の被写体を上手く撮るのは、素人には難しいです(^^;
                  逆光の直方駅

今日は、これから筑豊電気鉄道の筑豊直方駅を目指したいと思います。

         参考までに、ここに直方市内の地図でも貼っておきましょう。
スケール(縮尺の目盛)がなくてアレですが、直方駅から筑豊直方駅までは約800メートルほどの距離になります。

てくてく歩きの道すがら、かつての栄華を偲ばせるような市街地の景観が哀感を誘います。
         幾星霜の時を見つめてきた白亜の殿堂を仰ぎ見よwww

このアーケード商店街は、あまりの寂れように、かえって30~40年ほど前の様子がどんなふうだったか知りたくなる、もののあはれな、うらぶれた雰囲気に満ちていました。

直方駅から、昭和的「わびさび」の情趣漂う市街地を歩くこと約10分、筑豊直方駅に到着。

                   ちくてつ電車

              電車の中に置いてあったチラシ類

           座席の最後尾は展望席!? ああ、最高(^o^)

筑豊直方駅を発車した時点では、車内は3分の1くらいの乗車率でしたが、沿線の駅で次々に客を拾って、終点の電鉄黒崎駅に到着した頃は、満席になっていました。

途中の駅からキレイな女の人が隣に座って来て、艶めかしいメスの匂いがこっちにまで届いて来ました。ずいぶんとご無沙汰していた感じのするフローラルな芳香に誘われるがままに彼女の方にそれとなく目を向けてみると、スマホで音ゲーに興じている様子でしたが、プレイ中のアプリはスクフェスではありませんでした。。。(←どこ見てんのよwww)
筑豊直方から36分と430円、電鉄黒崎駅に到着。途中の駅から終点まで女子大生かお水っぽいチャラそうな美人さんが隣に座ってくれたので、プラスの外部経済が働いて費用対効果は予想以上に高かったです(←何だよそれwww)

これから、JR黒崎駅へと向かいましょう。

黒崎駅は目下工事中のようです。
中に入ると臨設の売店があって、おばちゃんが「かしわめし」を販売していました。

 
  黒崎駅のペデストリアンデッキの左右には、平成と昭和が向かい合っていたのでした。

ところで話は変わりますが、工事中の黒崎駅のプラットホームに、われらが親愛なる、私たちの輝ける指導者ダテンコフ、もといスティグマ天使「堕天使ヨハネ」が降臨してきら?!


「リトルデーモンのあなた!

今日は、このヨハネが落ちてきた地上を紹介してあげましょう」








「まずこれが…」














                「重機!!」  


・・・などとやっているうちに、ソニックがホームに入ってきました。

               おおー、未来ずらーwww

黒崎から小倉に来ました。小倉駅を降りました。
まずは、小倉駅北口からペデストリアンデッキで直結の「あるあるCity」へと向かいます。
              この画像は拾い物です。念のため。

この建物はもともとはラフォーレ原宿が入っていたファッションビルでしたが、今となってはオタクがオサレに勝利した聖地であり、記念碑的建造物となっております???(観光案内)

「イケてる」と「ダサい」が共存できるダイバーシティなインテグラル・インテリジェンスを具現化したような建物ですね!(意味不明www)

ここで3階のゲーマーズに寄ってから、1階のサイゼリヤで夕食にします。

この日の夕食を、ここに載せておきましょう♪(^o^)
        「サイゼリヤ」(イタリアンファミレス)で食前酒と前菜

            「めいどりーみん」(メイドカフェ)で主菜

           「一平」(ラーメン店)で食後のデザートwww

            【店舗情報】(注:ステマではありません)
    
より需要が見込める福岡ではなく、わざわざ小倉に出店するところはチャレンジャーな感じもしなくはないですが、北九州には本物のセレブがいなさそうなので、消費活動におけるオタクに対する期待が大きいのかもしれません。

小倉に秋葉原の老舗メイドカフェ「めいどりーみん」 萌えエンタメ提供
【小倉経済新聞】

     ❤この人たちも「めいどりーみん」の制服を着てるのはっ!?(^ω^)

初めての鳥取!の巻【徳井青空オフィシャルブログ「そらまるのスペース」】

食後のデザートの話にしましょう(^o^)
          ここのラーメンは、昔ながらの「あっさり豚骨」系

好みにもよると思いますが、豚骨ラーメンにはニンニクは入れない方が、スープの風味が殺されなくて美味しいです。ここのラーメンを食べてから、そう思いました。

紅ショウガも、口直し用に一つまみ乗せるくらいが丁度いいでしょう。

豚骨は他の種類のラーメンと比べると、より「スープ命」が顕著らしく、九州のラーメン屋で「替え玉」がメニューに定着しているのは、そのへんと関係があるのでしょう。たぶん。

この店は居場所的な要素はなく、サクッと食べてさっさと帰る店です。客の回転も速いです。
・・・とはいえ、これは時間帯にもよるかな。。。

で、この店は、チャンポンがまた美味いっす! これはオススメ(*´ω`*)
          タンメンですか? いいえ、チャンポンです(^o^)

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それでは、いいかげん本題に入りましょう(^^;

僕は、「プリパラ」については、いわゆる「プリパラおじさん」というほど熱心なファンではなくて、ただアニメを見て楽しんでいるだけの単なる視聴者に過ぎないわけですが、とりあえず、第1話から毎回欠かさずに見てきたように思います。直近では、第126話くらいまでやってたんでしたっけ?(笑)

最近のエピソードは、らぁらの妹・のんちゃんが愉快な仲間たちとチームを結成することになって、このメンバーというのがなかなか濃いキャラで、見ていて面白いですね!(^ω^)
                    ❤のん❤

                   ❤ペッパー❤

                    ❤ちり❤


           ❤三人あわせてNonSugar(ノンシュガー)❤❤❤

NonSugar(ノンシュガー)は「甘くはない」という意味合いらしいですが、三人の名前を単純に並列すると、のんちりペッパー(ノンチリペッパー)になって、そうなると「辛くはない」という意味合いになりそうなところが、なかなか奥が深いですね(*´ω`*)


このへんで「プリパラ」の基本設定について、おさらいしておきましょう。


まずは、こういうことでした。ファンタジーですね。メルヘンですね(^ω^)

これを初潮の比喩とか言ってた人もいましたが、ここで個人的な体験などを踏まえると、また余談の「序文」の章に出てきた言葉を用いれば、「人生最後のイノセンス」「最後の楽園」に入場するためのチケット・・・こう解釈すると、人生はもっとロマンチックですね(*´ω`*)

そして「プリパラ」は、「女の子の夢と憧れがいっぱい詰まった」場所でした。

「仲間をつくって育む友情 歌って踊って 明るく楽しく朗らかに プリパラだよ人生は♪」

こういう感じのメッセージが、子どもや保護者たちに伝わって、アニメに良い印象を持ってもらってコンテンツ関連商品の販売促進につながれば、この作品は成功したと言えそうですが、しかしながら、「プリパラ」には、それにとどまらない面白さがあるように思います。

設定では、たしかプリパラは、人類の誕生と共にあったのか、先史時代からあったのか、歴時時代の始まり(約5000年くらい前)からあったのか、そのへんは忘れてしまいましたが、それとともに世界中に遍(あまね)く存在していて、なんかそんなことになってましたよね?

また、プリチケは、お年頃になった女の子の全員にもれなく届くということになってますが、ザ・ガール・オブ・ガールズ(女子の中の女子)と言っても過言ではない、高い女子力を有する完全無欠の「男の娘」であるレオナ君にも届いたということは、ここで言う「女の子」の定義は、どうやら肉体的な属性よりも精神的な側面を基準にしているようですね。
            ❤最強女子力キャラのレオナきゅん(♂)❤

ということは、「体は女性でも心が完全に男性」のようなケースにはプリチケは届かない、
自動的にそういう結論になるんでしょうか?!
                ❤「システムです!」❤

このような設定を見ていると、「プリパラ」のファンタジーな世界は、「女の子向け」という前提ではありますが、実のところ人間の普遍的な精神を志向・表現しているのではないか!?

「人間の普遍的な精神を志向・表現することで、広く人々の福利に貢献する。」

これを一言にすれば、ズバリ「思想」という言葉が妥当でしょう。

私の主観的な審美眼によれば、さらに「プリパラ」には、自我を超越して無意識の領域である「生命そのもの」にまで訴求してくる何かがあるようで、このことはきっと、この作品が持つ強みの源泉になっているものと思われます。

このように考えると、「プリパラおじさん」の存在は、全く自然な流れですね!(^o^)
いい年したおっさんが「プリパラおじさん」になってしまう気持ちがよく分かる。。。

なぜか毎回「プリパラ」を見てしまうのは、つまりそういうことなのでしょう。
そうだ、これはきっと、そうにちがいない!(←論拠不十分www)

・・・でもね 君に 伝えておきたいことがあるよ。

僕が「プリパラ」のどこに「思想」を感じたのか!?

ここまで、何やら思いつくがままにいろいろと並べ立ててきましたが、
個人的な一番の関心は、実のところ、こういうことです(*´ω`*)
「プリパラ」「人生最後のイノセンス」「最後の楽園」

それは、子どもにとっては「憧れ」、大人にとっては「郷愁」となり得る場所

そして、そのような場所は「生命そのもの」が元気になれる場所

小学5年生でプリパラデビューしたちりちゃんが、なぜか遠い昔の自分と重なって、おそらく私をしてこの記事を書かせしめたのは、究極の普遍性である集合的無意識ではなかろうかと、
自分の根底にして本質である生命そのものが、どうも、ちりちゃんのことをお気に召したらしく、余談でそのベースとなるような記述をそれなりに尽くしてみたわけですが、それでも上手く説明できなくて、もうしょうがないので、ここは、ちりちゃんミニギャラリーを特設して、考えるよりも感じてもらうしかないでしょう。実存は本質に先立つ!」(サルトル)

もっとも「生命そのもの」自体は「語りえぬもの」の範疇にあるわけで、論理的記述だけでは十分に把捉しきれない存在だと、ゲーデルの「不完全性定理」によれば「世界」を論理で覆い尽くすことは不可能なのであって、しかし、おそらくそこは運命に対する自由の余地でもあって、だからこそ、超越せよ!・・・ゆえに、ここはミニギャラリー!(←意味不明www)

「生命そのもの」は「超意味」や「善悪の彼岸」の領域にあるわけで、悟性に対しては答えられない問題と言えるでしょう。そしてまた、これは「生きる意味」の問いに対する一つの答えであるとも言えそうです。

なお、ここで言う「生命そのもの」は形而上的な実在であって、生物学的に還元できる性質のものではありません。「世界」が存在していること自体が神秘だ!

女児向けアニメの話から、どういうわけか実存哲学の話になってしまうところが、このブログの良いところです(^o^) (←自分で言うなwww)

これまで何やらウダウダとゴタクを並べてきましたが、こういうのは、読者の皆さんも雑学が身に付いて、これはこれで良いのではないかと(^^; (←言い訳)

で、話を元に戻しますと、ちりちゃんは可愛らしいキャラですが、僕がそこに見ているのは、結局のところ、失われた過ぎ去りし純真に対する「郷愁」なのではないかと思います。

・・・ああ、まったくかわいい郷愁だぜ(*´ω`*)

この心理を「ときめき分類学」すれば、「小五病」みたいな診断名が下せそうですね(笑)

ところで、個人的な趣味の話ですが、「ラブライブ!サンシャイン!!」の楽曲の中では、
今のところアゼリアの「ときめき分類学」がダントツ神曲です(^^♪
ときめきに種類があると知りはじめたばかり
だから研究が必要です
手伝って欲しいってお願いは
書類上のことじゃない もっと個人的なことです
だから研究が必要ね
手伝って 謎を突きとめて
ペダンチックで勿体ぶった回りくどい言いまわしに、「ときめき」という記号表記の意味内容がまさに分化・分裂しようとする瞬間の甘切ない心苦しさがよく表現されていますね!(^o^)

アゼリアの「ときめき」と、ちりちゃんの「ときめき」を分類・整理して、謎を突きとめて、
そうしていくうちに、有限で儚い存在であるわれわれは「永遠の生命」に触れることとなり、
――それは、閉塞的な動物的個我が「大きないのち」に触れることによって「小さないのち」が解放される瞬間でもあるが――そこでわれわれは安心立命の境地を得て、それを基盤にして再び新しい物語が始まる・・・つまりそういうことですね!(^ω^)

ここで「ときめき分類学」を援用することによって、システム思考的な展開が可能となって、辛うじて、いい感じに畳み掛けることが出来ました(!?)

これで、The安堵(ジ・アンド)です(*´ω`*)

それでは「ちりちゃんミニギャラリー」スタート!(⋈◍>◡<◍)。✧
       ❤らぁらの手ほどきを受けて、ちりちゃんもプリパラデビュー♫❤


     ❤消さないで この胸のときめき いつまでも(←ここ最重要)






               

      (けつろん)来世では、こんな女児に転生したいものだ(*´ω`*)

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今回はまた、いろいろと盛り込んだがために、えらいまとまりの悪い記事になってしまいましたが、例えば、カレーは作りたてよりも一晩寝かせた方が味がなじんで、より旨味が増して、
それでは、この記事がもっと美味しくなるおまじないをかけたいと思います♪(^o^)
        おいしくな~れ! 萌え萌え きゅるる~ん!

               ❤ありがとうございます❤

今回の記事を書こうと思い立ったのは、「プリパラ」第120話を見て、何か思うところがあったからなのでした・・・それにしても話が膨らみすぎwww
「プリパラ」第120話(11月1日放送)は、ノンシュガーがデビューする話でした(^ω^)



        ❤お前らが大好きそうな、ちりちゃん(←読者にふるなwww)❤

あの可憐で従順な、お前らが大好きそうなタイプの女の子だったちりちゃんは、プリパラ空間では高圧的で高飛車でわがままで、お前らが苦手とするタイプの女に豹変するのだ!(^o^)

それでは、このエピソードで、個人的に印象に残った場面を振り返ってみましょう。

第120話で最もインパクトのあったキャラは、この方で異論はないですね(^ω^)
      ❤この回のラスボス感漂う、ちりちゃんのおばあさま「ちりばあ」❤

        ❤ちりちゃんのパパも、おばあさまには頭が上がりません❤

ちりちゃんは月川流の後継者になるべく、おばあさまから華道の英才教育を受けていて、一日一作品を完成させないと友達と遊ぶこともままならない状態のようです。
          ❤ここは3人で事の成り行きを見守るしかない様子❤

ペッパーが生け花用の花を食べてしまい、そこからいよいよストーリーが動き始めるという、このへんは、いかにも「プリパラ」らしい展開www
                   ❤ごちです❤

ストーリーの詳細については、アニメ本編を見るか、或いは、他の方たちよってまともな感想のブログ記事も出ているので、そちらを見ていただけるとよいでしょう(^o^)




ペッパーの雨乞い体験が、ちりちゃんのインスピレーションをかき立てたらしく、ずいぶんとアバンギャルドな作品が完成したみたいです。

おばあさまは前衛芸術についての心得や造詣があるのか、今回のちりちゃんの作品に大変感心されているご様子です。

            これを機に、さらに深まる仲間たちの絆

ちりちゃんのプリパラ通いが発覚すると、おばあさまは眉を顰(ひそ)めるのではなく、目を細めていらっしゃるご様子です。

      ❤実は、おばあさまはプリパラでは長年の馴染み客だった???❤




      ❤おばあさまは「プリパラ」では、ハイカラな乙女の姿にwww❤

ここで「プリパラ」というのが実は、人間の精神世界を表現した空間なのではないか?
そのような思いに至って、今回このような記事を作ってしまったわけですが、記事を作成している間、ある文章がずっと頭の片隅にありました。

これは過去の記事でも引用したことがあったと思います。
プルーストの美学の中には、これからある世界に入っていこうとするとき、つまりその世界に強い関心と憧れを抱いているときと、そしてその世界を去ったり、その世界を失ってしまったあとになって、回想するとき最もその世界の魅力を味わうことができるという美学がある。(P.165~P.166)

プルーストによれば人生上のいろいろな価値はそれに憧れているときと、それを回想しているとき、つまりある距離を置いたときに一番美しいのだが、芸術とはいわばそうした距離を置いて人生を見ることを可能にする装置のようなものなのだ。それはいいかえれば、現実を内的なビジョンによって見るということだろう。(P.186)

            『人と思想127 プルースト』(石木 隆治著、清水書院)
プリパラデビューしたちりちゃんは、上の引用文にある「これからある世界に入っていこうとするとき、つまりその世界に強い関心と憧れを抱いているとき」の立場にそのまま該当するでしょう。 

プリパラでは「レジェンド」の通り名で乙女へと若返るおばあさまについては、「そしてその世界を去ったり、その世界を失ってしまったあとになって、回想するとき」の文章をそのまま適用することはできなくても、それに近い立場にあるということは言えるでしょう。

この2つの立場は同じ場所を志向していて、そこに、人間にとって何か本質的なものがあるのではないか? 今回の記事の着想はそういうところから出てきたわけですが、煮詰め方がまだまだ足りないのは否めません。反省です(^^;

            ❤ちりちりしゃんしゃん! ちりしゃんしゃん!❤











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