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【ミリシタ】ミリシタの最近のSSRについて、思ったことを書きなぐり(2019/06/20)

2019/06/20 22:00 投稿

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 麗しいことこの上ないお姿をしている、私の担当アイドルの画像です(池に反射する姿がとてもよい)


 最近、ミリシタSSRの構図が変わったなーって思うことが増えました。ツイッターや各種掲示板でも「今までのと違う!」みたいな声をよく目にする気がします。多分、みんなそれなりに感じていることなんでしょうね。

 けれども、変わった!っていう人はいますが、具体的に何がどう変わったのか、いつ頃から変わったのかを書いている人はほとんどいません。私も変わった!とは思っていても、なにが変わったのかは文章化できていなかったんですよね。

 しかし、今回の『…コン♪ 白石紬+』を見て、何となくの部分を詰められた気がしたので、こうして自分の言葉でまとめることにしました。

 一言で表すのなら「今まであったルールとは違うルールで描かれている」……でしょうか。

 事前に言っておきますが、私は美術知識も乏しければ、現代のイラストの技術に関してもほとんど知識はありません。ドが付く素人です。なので、本業の人が見たらつたない話をしていることでしょう。

 違う!と思った人は、その人が、自分の言葉で書いてくださると私がとても助かります。


① 何がどう違うの?(前)


 今までと違う!と言われ始めたのは、だいたい前回のミリオンフェスからでしょうか。

 
 『サンシャイン・ブライト 我那覇響+』
 
 『月のごとく輝く 四条貴音+』
 
 『スターリー・グロウ 星井美希+』 


 たしかに今までのSSRとは雰囲気が違う気がするSSRです。このイラストが従来のミリシタのSSRと違うと感じる点は、光の使いかた……なのかなぁ?従来のイラストに比べるとシンプルに見えるというか、はっきりしているというか……。ぶっちゃけハイクオリティすぎて、凄さや違いを明文化出来ないです。素人なので……。

 ただ、それでもあえて言葉にするのなら、覚醒後は「ほぼ全方位からライトを浴びて踊るフェアリー」といったイラストなので、全体的に輝度が高く、かつ光が当たっている/いないがはっきりして見えるのかな……?みたいな感じです。

 ただ、素人でも一つだけ、従来のSSRとは、明確に違うといえる点が存在するカードがあります。それは響のカード。

 

 このイラストのメインキャラ(響)には、両目が映っていません
 これが従来のカードとの明確な違いです。

 ……両目が映っていないってそこまで革命的なのか?って言われそうですが、ミリシタにおいては超が付くほど革命的です。
 ミリシタは、サービス開始からもうすぐ2年が経過しますが、その中で両目が映っていないSSRは、なんと覚醒前後合わせてたった6枚ほどしかありません。さらにいうなれば、この6枚のうち5枚がここ4ヵ月で実装されているカードです。それ以前では、両目が映っていないほうが自然な構図になるようなカードでも、両目が映るような顔の描き方をしていた(らしい)のです。分かりやすいのは『お気に入りの物語 七尾百合子』では横顔でも右目が見えますが、『月のごとく輝く 四条貴音』のイラストでは、右目が見えません(まつ毛は見えますが……)

 
(右目が見えている画像)
 
(右目が見えない画像)

 片方の目だけしか映っていないのが分かりやすいのは以下の3つです。

 
 『届け、この声! 最上静香』

 
 『サーカスの花形 矢吹可奈+』

 
 『With My Heart 箱崎星梨花』

 これらは、それぞれ背中からのカットなので、両目が見えると多少不自然になるカットです。ですが、従来のSSRでは、これらのような背面が見えるカットでも、何らかの理由をつけ、首や胴を大きくひねるなどして、なんとか両目を入れられるようにしていました。心当たりのあるイラストが。ですが、これらはしていません。

 おそらく、従来のミリシタのSSRでは「メインのキャラクターはきちんと両方の目を描く」という一種の「縛り」が存在していたのだと思います。メインはアイドルなので、そのアイドルの顔はきちんと描こう、という想いが創り出した縛りです。

 ですが、その縛りにとらわれないイラストが増えた。「アイドルの顔をきちんとする」のではなく、「全体をよりきちんとする」ほうが良いと考えるようになったから、ではないでしょうか。

② いつ頃から変化したの?

 ぶっちゃけ明確な時期は分かりません


 ただ、上でも述べた「両方の目を描かない」カードが現れるようになったのは『届けこの声! 最上静香』からといっても差し支えないです。
 
 (これ)

 『劇場サスペンス[支配人] 真壁瑞希+』も確かに片方しか目が見えないイラストなのですが、こちらは例外と考えています。一つは次の「両方の目が見えない」イラストと実装が二ヵ月以上離れていること、もう一つはこれが「映像の劇中劇」という設定であることです。おそらく、「劇中劇を描くのであって、アイドルそのものを描くわけではないから、例外として両目を描かない」とした選択をしたのかなぁ……と私が考えたた、例外扱いさせていただきました。
 なので、これの前後あたりから変化が起こり始めた……と考えていいと思います。ぶっちゃけこのカード前後が、私のなかでも「これ今までのSSRとはなんかちょっと違う気がするな」と思うカードが増えた時期でもあるので、このカードを一つの基準にしたい、という感じでもあります。

 それからもう一つ、もがみんのSSR周辺を契機と考えている理由があるんですけど……こいつはちょっと邪推です。

 TB結果発表が2月半ばで、一番最初の実装が8月末。
 ってことは、ミリシタは動き出した企画が実際に私たちの手元に届くまで、だいたい6ヵ月くらいかかると推定できるわけですよ。
 もがみんのSSR実装が2月後半、ってことは発注とかあったのはだいたい半年前だと推測できる。
 その時期になんかがあったから、構図を決める上での制約を一部開放した、といった可能性が考えられる。

 昨年のー8月後半と言えばーなにかあったかなー……

 
 (言わなくてもわかりますよね)
 ……はい。ぶっちゃけ、影響は受けたんだろうなぁ、って思ってます。というよりも、キャラクターを中心に置かなくてもいい、もっと言えば「アイドルをより輝かせる構図があるのならば、アイドルそのものを魅せなくても受け入れられる」という考えが、制作サイドに生まれたんじゃねえかなって思っています。

 後頭部が大きく見えるショットにするとか
 
 『with My Heart 箱崎星梨花』
 あるいはアイドルを中心からあえて外したりとか
 
 『ドキドキの瞬間 篠宮可憐+』
 あるいはあえて小さめに描くとか
 
 『…コン♪ 白石紬+』
 これらは、従来のミリシタのSSRでは使えなかった構図なんですけれども、どれも画面としては正解だなと思っています。

③ 今までのSSRとはどう違うの?(後)

 「正解」って言葉をさっき使いました。いや「正解」ってなにがだよ!どんな概念だよ!ってツッコミが入ることでしょう。

 この正解という表現は「アイドルの仕事の画」としてより正しい、といった意味合いで使いました。ここ最近のミリシタのSSRは、非常に実在性が高く優れた構図を採用しているケースが増えていると思います。たとえば――

 雑誌の特集の見開きとして使われていそうなイラストとか
 
 (「新婚さんに聞いた!結婚式のお悩みトップ100」とかいう文章ついてそう)

 
 (「特集 伝統×イマドキ結婚式♪」とかの企画で使われてそう)

 写真集に乗っていそうな雰囲気で作られているものとか

  
 

 映像広告のワンカットなんかでありそうなものとか
 
 (電車の中吊りとかでありそうなタイプ)
 
 (プラネタリウムの広告にあるヤツ)

 そういった感じの、いわゆる「お仕事の結果として手に入った画像」として、以前よりも納得ができる構図のものが増えたなーって思っています。

 いや、今までも「お仕事の結果の映像」じゃないの?って言われそうなんですけど、個人的には半分正解で半分は違うかな……って思います。

 お仕事って、アイドルが主役ではないじゃないケースもあるじゃないですか。あくまで「伝えたいこと」――コンセプトが先にあって、それを叶えるための被写体がある。コンセプトに則った画の世界観の中に人間がいるのであって、人間そのものが必ずしも画の主役ではない、みたいなお仕事。上でも書きましたが、宣伝の一部としてとか、雑誌の特集に使われるための写真とか。
 変化前だったら、そのイラストや衣装に何らかのコンセプトがあったとして、かつそれを十全に描ける構図があったとしても、それは「きちんと顔がみえること」とか「出来る限り大きくアイドルを描くこと」といった制約があった上でのものだったと思うんです。「アイドルをメインとすること」という制約です。この制約は、時に世界観そのものを描いたほうがより綺麗に画を作製できるものであったとしても、その構図を選択できなくさせるものだったと思うんですよ。

 なので、「正解」という言葉は、表現したいことを叶える構図としてより「正しい」構図を選択する方針にした。そのために、以前はあったアイドルを大々的に取り扱うという以前の縛りを撤廃した。といった感じの意味合いで使ってました。伝わっていただけたでしょうか。

 まあ、これは、一部の人にはなかなか理解しがたい概念かなあとも思います。
 だってアイドルゲームとしてアイドルを描くにあたって、アイドルそのものを大々的に描くこと――アイドルを綺麗に魅せることや、かわいく魅せることが、必ずしも正しいわけではない、ということを意味しますから。

 けれども、現実のアイドルって……アイドルに限らずとも、モデルとか女優とかって、その人が使われている写真であったり、あるいはその人自身がメインだったとしても、ご尊顔やお身体が中心なものばかりではないじゃないですか。だから、アイドルとしての実在性を高めようとしたら、彼女たちがメインではない構図が増えていくのはむしろ自然なんだと思います。

 「アイドル個人」ではなく、「アイドルとしての実在性」を表現することを選択した、といえば聞こえはいいですかね。

 そして。「アイドル個人を描かない」という選択肢は、アイドル個人をないがしろにしてる、というわけではありません。むしろ正反対です。

 なぜなら「その人物が起用された理由」が存在しているためです。

 現実ならまあ、色々な商業的な理由があって、その無数にいる人物の中からその人が起用されるわけですが、ミリシタSSRでは、特定のコンセプトを叶えるために52人の中から、だれか一人が起用されるわけです。
 季節に合わせたコンセプトがあり、そのコンセプトを叶えるために、特定のアイドルが起用される。その理由は、翻ってそのアイドルの魅力や佳さといったものを、私たちに伝えてくれるものだと信じています。

 というか、そういう「特定のモノでアイドルをオーバーラップして提供する」ってミリオンライブというコンテンツに得意技じゃないですか。ずっとやってることですよ。
 なので、SSRでもそれ以外のモノと同じように「一枚の画」という形で、私たちに物語を提供し、そこに起用された彼女らを通じて、我々に個人としての彼女たちを伝える、といった方針に切り替えたのかなと私は思っています。


 だってライブ画面なんて、ゲーム中でいくらでも手に入るからね!ライブのイラストってそこまでみんな求めていないでしょ!(主語を広げるな)


 そんなかんじで、最近のミリシタのSSRについて感じたことでした。

 ここ最近のミリシタのSSRは、流行に合わせながらも、自分らの方向性は見失っていない、いい変化だと思っています。


 





おまけ シャイニーカラーズのイラストとは方向性は違いますよって話

 これだけは最後に書きたいので書きます。おまけと書きましたが、こちらこそ本題なまであります。

 この手のメインを中心に添えないキャラゲーの構図に対して、言語化が苦手な方や感受性が不十分な方々が頻繁に「シャニマスみたい!」って言葉を使うところを見るんですけど、ミリシタのSSRに関しては、おそらく方向性が違うし模倣ではないから「みたい」ではないと思うんですよ(他のコンテンツに関しては知らない)。
 選択出来るようになった理由にシャニの存在はあっても、「あれが売れるみたいだから似たことしよう!」ではないでしょうし、構図の模倣と選択の解放は別ですよ、とだけ。

 もうちょっと詳しく私の感想を書きますね。

 シャイニーカラーズのほうは「アイドルを効果的に魅せるため」に様々な手法や技法、構図を選択している、といった印象があるんですよね。
 対して。あくまでミリシタのSSRは先ほども言いましたが「コンセプトを十全に叶えるため」に選択された構図だと思っています。

 どちらもより洗練されていく過程で「アイドルが中心で無くなる場合がある」のは同じなんですけれども、シャニの場合は「特定のアイドルの物語を描くのにあたって、より効果的な方法を選ぶ」のに対し、ミリシタは「アイドルとしての活動を描くのにあたって、実在性が増す構図を選ぶ」なんですよね。

 極論、シャニはそこに特定のアイドルがいることを匂わせられる絵であれば、特定のアイドルを描かなくても成立しかねないのに対し、ミリオンのほうはどれだけ小さくなっても被写体としてのアイドルがいる必要があるんじゃないかな、と。
 シャニのイラストはADVゲームのイベントスチルで、ミリオンのイラストは(一応)ブロマイド的なものって感じ……といえば、なんとなく伝わってくれるかなーと思います。

 この違いは私のなかでは全く違うモノなので、同一視されたり、そういった認知が広まるのはちょっとやだなー、といった感じの余談でした。



 ほんとにおわり



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