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Leclerc Express 運行日誌 #42 「日本でも始まる!?連結全長25mの長大トラック 第2回」

2016/06/19 18:35 投稿

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※第1回はこちらをお読みください

長大トラックを特集した企画の第2回です。前回は元ネタであるEuropean Modular Systemについて説明しました。今回は「日本の制度はどうなっているか」「これまでの所管官庁と物流業界の取り組み」に関するもののうち、平成元年に成立し翌平成2年に施行された物流二法と、平成5年の道路構造令改正について述べていきます。

以下の文章で用いる用語解説

  • セミトラクタ:貨物を直接積めない牽引専用トラック。セミトレーラと繋げる
  • セミトレーラ:動力のない被牽引車で、自前の車輪で自重を支えられないもの
  • フルトラクタ:普通のトラックと同じく貨物室があり、フルトレーラを牽引できる
  • フルトレーラ:被牽引車だが、自分の車輪で自重を支えられるもの
  • 単車:トレーラーを連結していないトラック
  • 特車:道路法の定めによる特殊車両のこと。機動隊の装甲車や警察用レイバーではない。
  • GCW:連結車両総重量。トレーラーを連結した状態での編成全体の総重量
  • GVW:車両総重量。トラクタ/トラック又はトレーラ単体での総重量

トラックの構造については以下も参照
→トレーラ方式とトレーラの構造 (いすゞトラックゼミナール)

車両制限令と特殊車両 ~現行制度~

※しつこいようですが特車ゴールド制度に関する私見の記事もご覧下さい

前回説明したように、どの国も法令によって道路を自由に走行できる自動車の大きさや重さに制限をかけています。日本の道路を走る上でこれに該当する法令は道路法と、その下位法令である車両制限令。またやはり道路法の下位法令で車両制限令と対を成すのが、道路の規格について定めた道路構造令です。道路運送車両法と保安基準、道路交通法も関係しますが、それは一旦置きます。

道路法の目標は大きく分けて二つ。道路を整備する事と、整備した道路を保全する事。そしてこの二つの目標を達成する事で公共の福祉の増進という、より大きな社会要求を満たすことを目的としています。道路を作る事で交通の便を向上させる、道路を保全する事でいつでも誰でも自由に通行で切るようにする、そうすれば社会全体がハッピーになる、ということですね。自動車の大きさや重さに制限がかけられているのは、無限に頑丈で大きい道路は作ることができないこと、道路を通行できる自動車の規格を明確にしておく必要があるからです。それによって道路を保全し交通の安全を確保しつつ、自動車交通による利益を多くの人が享受する事ができるのです。しかし全ての自動車が一般制限内に収まるわけではありません。運ぶ荷物や様々な事情により、規制よりも大きな自動車が必要となる場合も多々あります。そこで規制を超える自動車を法令で特殊車両と規定し、審査に基づいて道路の通行を許可し、道路の保全や交通安全との両立を図っています。それが特殊車両通行許可という制度です。

ただそれにしても、特車ゴールド制度の記事でも述べましたが、日本の制度では自由走行の上限値が複雑です。車体の大きさやGVWなどの規制が、トレーラ連結車とそれ以外で分かれていること自体は諸外国と大差ありません。ただ「GCW36tのセミトレーラ連結車は、高速道路は自由走行できるけど一般道は要許可」などという、ちょっと聞いただけでは良く分からない規制がかけられています。また道路には重さ指定道路と高さ指定道路というものがあり、通常は総重量20t・高さ3.8mという規制がかけられていますが、重さ指定道路では25tまで、高さ指定道路では4.1mまで自由走行が可能になっています。その辺の国道においても、GVWや高さの規制に違いがあるという事。GVW25tのトラックは重さ指定道路だけなら自由走行ができますが、そこから外れる道路だと通行許可が必要になってしまいます。

さらに。先述の特殊車両通行許可にしても、雑貨を運ぶような普通のトレーラ連結車でも総重量44tまで認められたり、フルトレーラ連結車も最大で21mまで認められるなど、かなり大きな車にも通行許可が出されています。このあたりを理解するにはトラックの大きさに関する規制緩和、特にトレーラ連結車に対する規制緩和について知る必要があります。後者は通称「バラ積み緩和」と呼ばれるものです。

バラ積み緩和が推進されていくのは2000年以降ですが、そこからさらに遡った1980年代後半からの、運送業に対する規制緩和の話も踏まえて説明していきます。

これまで行われてきた規制緩和

1980年代後半、日本が「バブル景気」と呼ばれる好景気に沸いていたころですが、貨物輸送量は増大していました。名目GDPと貨物需要は概ね相関関係にある…というより、経済活動が活発化すると輸送が増大し、輸送が増大するような経済活動の結果が名目GDPと言えます。

こちらをご覧下さい。これは一橋大学鉄道研究会が2009年の一橋祭に向けて作成したレポート「鉄道貨物輸送の今」の第3章「貨物輸送量の動向」です。冒頭に出ているグラフは1950年~2007年までの全貨物輸送量及び全輸送活動量の推移を示したものです。ここから1980年代の推移を見て見ると、トンベース(輸送量)1980年代前半は50億トン台半ばでほぼ横這いなものの、1986年~1990年にかけては10億トン以上増えています。トンキロベース(輸送活動量)でみても、1986年には4000億トンキロ強だったものが、1990年頃には5000億トンキロ台半ばにまで増えています。

同時期の日本の名目GDPを見て見ると、1986年は345兆円だったものが、1987年に359兆円、1988年に386兆円、1989年に416兆円、1990年に449兆円と、年率4~7%の範囲で成長していました。1980年代前半は年率3~6%の範囲だったので、前半よりも後半の方が1%程成長率が高かったということになります。当時は2000年以降と異なり、名目GDPと実質GDPはほぼ同じペースで成長しています。緩やかなインフレが続き、デフレではなく、経済循環が行われていたということです。

1980年代半ば以降に経済活動が活発化し輸送量が増える、つまり物流需要が伸びたわけですが、それに応えるためには供給力を増やさなければなりません。供給を増やす方法は二つあります。一つは新規参入を促して、事業者や従事労働者を増やすこと。もう一つは労働者一人当たりの生産量を増やすこと。増大する物流需要に応えるために、日本は両方の選択肢を実施していきました。

平成元年 物流二法成立

最初に着手されたのは新規参入の事業者を増やすこと。その為に新たに二つの法律が制定されました。平成元年(1989年)に成立し平成2年から施行された貨物自動車運送事業法貨物運送取扱事業法(現在の貨物利用運送事業法)。いわゆる物流二法です。前者は道路運送法で規定された貨物自動車運送事業に関する定めを独立させつつ、トラック運送事業への新規参入を容易にしたものです。後者は他社が持つ輸送手段を利用して運送事業を行うもの(利用運送)について定めたもので、通運事業法の廃止と入れ替わりで成立した法律です。平成14年(2002年)の改正では題名が貨物利用運送事業法に変更されており、第一種利用運送(庸車のような外注)が許可制から登録制に、第二種利用運送(通運事業)が鉄道と航空に加えて海運も認められるようになり、平成15年4月1日から施行されています。

これらの法律の目的は貨物運送事業の活発化です。実運送を行う運送会社の新規参入を促す、実運送事業者と荷主との間に入る利用運送の運送責任を明確にしつつ活動してもらう。これら規制緩和により、貨物運送というサービスの供給を増やそうとしたのです。ここ十数年の間、物流二法に対しては「規制緩和によって供給を飽和状態にさせ、過当競争を促した」として批判的な意見があります。この批判はある意味ではその通りです。トラック運送の供給が増えた、運送取扱事業(利用運送)が活発化したという点では当初の目論見どおりでした。しかし、日銀と政府の経済失策によってデフレが発生してしまい、供給増大が徒となり過当競争が発生してしまったからです。

ここでバブル崩壊についても記しておきます。一般的には1990年1月の株価暴落から始まる株式及び地下の暴落が原因で、実態が伴わない水ぶくれ経済が崩壊し、不況に陥ったのだとされています。しかし経済学者の高橋洋一教授は「戦後経済史は嘘ばかり」(PHP新書)の中で、当時の三重野日銀総裁の誤った経済認識による、誤った金融政策によってもたらされた無用の経済混乱であったと指摘しています。当時の物価上昇率はピークとなる1991年でも年3.3%であり、金融の引き締めが必要な状態ではありませんでした。しかし三重野総裁は「バブルを潰さなければならない」という意識から公定歩合(政策金利)の引き上げを行いました。公定歩合・政策金利が株式や不動産にだけ影響するのなら問題ないのでしょうが、実際には同一通貨圏の経済全体に影響します(ここは今でも勘違いしている人が多い点です)。公定歩合は1987年2月に2.5%でしたが段階的に引き上げられ、1990年8月には6%になりました。過去の公定歩合を見ると、インフレ率が年7.81%だった1980年でも7.25~9%。しかも9%は同年3月~8月の5ヶ月間だけであり、その後は物価の下落に合わせて段階的に引き下げられています。最高で年3%程度のインフレ率であるにも関わらず、公定歩合を6%まで引き上げるという過剰且つ不要な引き締めにより、実態経済が著しい打撃を受けてしまったのです。

三重野総裁が忌み嫌っていた「バブル」は株や土地の短期転売によるものであり、これは証券及び不動産の取引に対する規制の徹底で行うべきものでした。しかし三重野総裁は、経済指標ではなく正義感に駆られた理念に基づき、全ての経済活動に影響を及ぼす金融引き締めを行ってしまったのです。さらにその後も日銀の金融政策に対し影響力を行使し続けました。三重野総裁の理念は「インフレ無き経済成長」だったそうです。そういったことも稀によくあるのかも知れませんが、経済成長しているのにインフレが起きないというのは通常は有り得ません。今後も同様の主張をする政治家や知識人には注意した方が良いでしょう。ゼロ成長を前提にしろと言ったり、髪の毛が紫だったり。

三重野総裁の金融政策テロが行われず、インフレ率が2~3%を維持していれば。或いは三重野ショック(バブル崩壊)後の政府や日銀が金融緩和や財政出動をきちんと行っていれば。物流二法も今とは違った評価がされていたかも知れません。経済活動は、それを支える適切な金融・財政政策あってこそのものです。

新規格車の登場

話をトラックに戻します。物流二法は新規参入による供給増大策ですが、運輸労働者一人当たりの生産量を増やす取り組みもされてきました。今日まで続くこの取り組みの端緒は、平成5年(1993年)11月25日の道路構造令等の一部を改正する政令です。これは道路構造令を見直すものですが、車両制限令も変更され総重量の上限が大きくなっています。当該部分を引用します。

第3条第1項第2号イ中
「20トン」を「高速自動車国道又は道路管理者が道路の構造の保全及び交通の危険の防止上支障がないと認めて指定した道路を通行する車両にあっては25トン以下で車両の長さ及び軸距に応じて当該車両の通行により道路に生ずる応力を勘案して建設省令で定める値、その他の道路を通行する車両にあつては20トン」に改め

(後略)

車両制限令第3条第1項第2号イは、自動車の総重量の上限について定めたものです。これまでは「20トン」となっていましたが、新たに「25t」という文言がつきました。それまで一律20tのGVW制限がついていたものが、最高で25tまで緩和されたのです。この25tの車が自由に走れる道路が重さ指定道路、そしてGVW25tに対応したのが新規格車です。新規格車の各重量はウィングカーゴの場合、車両重量が約10t前後、積載量は約13~15tぐらいです。この改正までの大型車はGVW20tに合わせていたので、積載量は約10tでした。いわゆる「10t車」という通称の元ネタになります。今日では10t車の主流は、「20t超」のシールを貼った新規格車になっています。GVWの引き上げ(積載量の増加)は、トラック運送業においては労働者一人当たりの生産量を増やすことに相当するのです。

一般的な流れ作業の製造業において一人当たり生産量を増やすには、単位時間あたりの生産量を増やすという手法がとられます。これは製造業の商品が流れ作業で製造される物体だからです。一人の労働者が1時間に10個作る場合と15個作る場合を比べると、労働時間が共に8時間であれば、前者は80個で後者は120個になります。よって流れ作業の製造業で効率化を進めるには、いかに短い時間で一つの作業を負えるかが鍵。その為には、短時間で作業を終えられる器具の開発、作業が容易になる製造環境の整備、生産工程と開発行程の連携などが重要になります。
一方でトラック運送業の商品とは、基本的には物を運ぶサービスです。一人の運転手が片道2時間かけて商品を運ぶ場合、従来の10t車なら満載で10t、新規格車なら13t~15tの貨物を運ぶことができます。つまり労働者一人当たりの「運送」という商品の供給力が大きくなっていると言えるのです。

本来なら指定道路ではなく全ての道路で上限値を引き上げられれば良いのでしょうが、道路法の定めによる道路には地方道も含まれます。道路構造令をご覧頂ければ分かりますが、道路は第一種~第四種に大別され、さらに計画交通量(想定している通行量)に応じて一級~四級に分かれています。指定道路という手段を用いなければ、これら全ての道路を巻き添えにして上限が引き上がってしまいます。これでは自治体管理道路の傷みが早くなってしまい、自治体の道路整備計画に狂いが生じたり、財政を圧迫してしまうことにもなりかねないでしょう。よって一律に上限を引き上げるのは無理があり、指定道路という手段によって上限値を引き上げることにしたのだろうと思います。

トレーラ連結車に関する変更

平成5年の改正では、セミ/フルのトレーラ連結車に関しても大きな変更が加えられました。当該部分は以下の通りです。

第3条第2項中
「被牽引車」を「被けん引車」に、
「のせられ」を「載せられ」に、
「ささえられる」を「支えられる」に、
「及びコンテナ用のセミトレーラ連結車」を「、タンク型のセミトレーラ連結車、幌枠型のセミトレーラ連結車及びコンテナ又は自動車の運搬用のセミトレーラ連結車並びにフルトレーラ連結車(自動車と一の被けん引車との結合体であって、被けん引車及びその積載物の重量が自動車によって支えられないものをいう。以下同じ。)で自動車及び被けん引車がバン型の車両、タンク型の車両、幌枠型の車両又はコンテナ若しくは自動車の運搬用の車両であるもの」に、
「34トン」を「36トン」に改め、
「、軸重等」を削り、
同条第3項中
「セミトレーラ連結車」の下に「又はフルトレーラ連結車」を加え、
「被牽引車」を「被けん引車」に、
「16.5メートル」を「セミトレーラ連結車にあつては16.5メートル、フルトレーラ連結車にあつては18メートル」に改める。

これだと何がなにやら分からないと思うので、要点を整理します。

  • 高速道路を通行するトレーラ連結車のGCW制限が34tから36tに引き上げられた。
  • GCW36tはタンク、幌型、バン型、キャリアカー、海上コンテナ用のセミトレーラ
     及びフルトレーラ連結車に適用される。
  • 高速道路におけるセミ/フルトレーラの連結全長が個別に定められた。
     前者は16.5m、後者は18mとなっている。

現在に至るトレーラ連結車の基本部分が上記のように整理・規定されたのです。またこの際に車両制限令で明記されたバン型、幌型、タンク型、キャリアカー、海コンシャシーは特例5車種と呼ばれました。これらの施策の目的は、バラ積み輸送においてトレーラを使いやすくする為のものです。トレーラは単車と比べて積載量や積載容積を大きくすることが可能で、効率的な輸送が可能となるからです。残念ながら道路側の都合があることから、上記規定の範囲内でも自由走行が認められるのは高速道路のみであり、一般国道など他の道路では特車を取らなければなりません。それでも以前よりトレーラ使用に伴うハードルが下がったのは間違いないでしょう。

そしてバラ積み緩和へ

こうして日本の物流においても、トレーラを活用していく方向へ制度が変わり始めました。2000年代に入るとこの動きは加速し、車両の通行の許可の手続等を定める省令を活用し、より効率的な輸送を行っていく方向へ動いて行きます。所謂「バラ積み緩和」の始まりです。次回はバラ積み緩和について取り上げます。

※第3回に続く


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