寛容さを失うことは「老い」の特徴のひとつでもあるという論調が何年か前、話題になったことがあった。当時も今も様々な意見はあるだろう。ただ何かにつけて社会全体への謝罪を求める、そして自分が少しでも迷惑だと感じる他者を許容しないことがもはや当然のことになって来た「不寛容社会」が、「高齢化社会」の同義語だと言われれば納得がいく自分もいる。
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「寛容な心」私にも欠けているかもしれません。あとになって後悔するようなことも他人にしてきたこともあります。自分が悪いのに他人のせいにして。
ギスギスした心を修繕していくには、どんな栄養が必要なのでしょうか。
常に自分を第3者的に見ることが必要なのでしょうか。
心のアンチエイジング、ちょっとちがった視点から自分を見つめ直すことが効果的なのかもしれませんね。