葉書戦士だった叢叡世のブロマガ

地上波挌闘技復活を願った者 vol.44

2017/01/15 19:28 投稿

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虐待と言うと、親が子供に暴力を振るうイメージが強いが、それも一つ。

虐待は暴力だけでなく、子供に対して適切な育て方をしない事も含まれる。

育児放棄、子供の尊厳を蔑ろにして自分の思い通りに使役させる事も虐待の内に入る。

恐らく、殆どの人達は虐待がそうした行為行動も入ると知って驚くのであろう。

虐待は英語でabuseと書く。

弄ぶ、思い通りに使う、と言う意味です。

躾と称して子供に暴力を振るったりすることが虐待と最近は認識され始めました。

皮肉ですね、スパルタ教育が外国由来でそれで率先して扱いていた筈なのに、今度はそのスパルタ教育が虐待だと言われてまた輸入されているのです。

日本は随分と舶来思想を有り難がり、それでまた悩まされて来ました。

スポーツってこの意味が分からずに随分とスパルタ教育が行われてきたんじゃないのでしょうか。

それで一体何人の人々の命が失われてきたのでしょうか。


ここ最近になって漸くそれが改められてきたのではないかと思っています。

無知な者は、相変わらず精神主義を貫き通そうとします。

殆どがそうした現場に居合わせるものでもないので、自分が思ったような正しい観念を押し付けるだけなのでしょう。

武道必修化って馬鹿馬鹿しい限りです。

自分達に逆らわない駒が欲しいだけです。

科学の時代なのに逆行するだけです。

現実的には科学と非科学がその種目、ジャンルの中で鬩ぎ合うどころか混在しているような感じです。

大分教育現場ではそれが改められていると信じていますが、最近では運動会の組体操で10段ピラミッドを平然と推し進めていた所がまだあったのだから驚きです。

あれこそ、虐待です。

その事さえも分からない教育者、そして保護者、彼らは無知どころかそれを知ってか知らずして開き直り感動消費として扱っていたのだから猛省すべきだと思いました。

学校教育ではそれが改めつつあるような兆しですが、家庭内はどこも踏み込めないのでまだまだ啓蒙していく必要があるのかと思います。

しかし、学校教育や政府はそれに踏み込めないのが現実です。






時々、天才少年や天才少女みたいな報道がなされますが、ここまで来るのに親がどれほどまで心血を注いできたか判るものでしょう。

井上一家は亀田一家と同じようなものでした。

父親のそれこそエゴで鍛えさせ将来を固定化させ、文字通りの怪物を作り上げさせるのです。

成績を褒めないのも「虐待」の一つでしょう。

父親が子供を一時的に突き放す行為も虐待の一つです。

そうやって子供の心を一つづつ壊し、殺してゆき、怪物を作らせます。

子供は完全に父親の奴隷となってしまいます。

そうであっても、父親には隙がありません。

自分の希望や願望を人任せにする訳でもなく、徹底的に関与していって徹底的に管理させているようです。

原石を宝石にするために磨きに磨きを掛けて完成させるというのは職人技なのでしょう。

亀田兄弟と井上兄弟に共通したのは髪型でした。

幼少期の彼らの映像を観るととても子供にはないようなヤンキー仕様の髪形をしていました。

他の子供が近寄り難いような厳つい風貌のようでした。

多分でしょうが、交流関係も徹底させていたのでしょう。

余計な感情が入り込むと将来の妨げになると考えているのでしょうか。

飽くまでもこんなものは推測ですが。

一流商社や省庁に勤めさせるために徹底した教育を施す親がいるように、スポーツのエリートを目指すべく管理教育をさせる親がやっぱりいるだけです。

一体、どれだけの子供が壊れたのでしょうと思ってしまいます。

スポーツなどは結果が出やすいので諦めがつくのですが、従来のエリート教育では勉強すれば結果が出る、という信仰があるので中々抜け出せないでしょう。

スポーツ経験者がドロップアウトして不良になるケースは幾らでもあるのですが、このこともやっぱり考えなくてはならないのだと思います。

ただ、こうは書いてもその本人が思い通りに育つか、逆に自分が思っていたこととは違うようにして育つかはやはり「人それぞれ」になってしまいます。

今の世界王者を見てもそこまで有名人になるくらいの状況まで辿り着くには確率が低いと言わざるを得ません。

殆どの人はどう育てようが一般人なのですから。

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