『不思議堂【黒い猫】』店舗通信

【連載物語】『不思議堂【黒い猫】~阿吽~』~御茶ノ水の宴~特別編 序章

2022/06/27 19:44 投稿

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~御茶ノ水の宴~特別編 序章『どっちの味方?』

著:古樹佳夜
絵:花篠

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■『不思議堂【黒い猫】~阿吽~』 連載詳細について


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◆◆◆◆◆◆不思議堂◆◆◆◆◆◆

吽野 「ただいまー」

帰宅した吽野は目撃した。

阿文 「ほはへり」

阿文が口いっぱいにお稲荷さんを頬張っているところを。

吽野 「え、なんだって」

聞き返された阿文は、頬張っていたものを噛んで、
ごくんと飲み込んだ。

阿文 「……すまん、おかえりと言いたかったんだ」
吽野 「美味しそうだね」
阿文 「先生も食べるか?」
吽野 「いいの?」
阿文 「もちろん。たくさんあるからな」

吽野は表情を明るくした。

吽野 「じゃあ、遠慮なく頂こうかな!」
阿文 「やけに嬉しそうだな」
吽野 「お稲荷さん、好きなんだよね〜」
阿文 「そうか。皿持ってきてくれ、取り分けるから」
吽野 「はいよ」

吽野は声を弾ませ、陳列されていた骨董皿を摘み、
阿文に手渡した。
それはちょうど醤油皿くらいの豆皿で、
お稲荷さんを乗せるのに適していた。

吽野 「ここによろしく」
阿文 「おい、それは売り物の皿だろ」
吽野 「大丈夫。綺麗だから。ほら」

吽野は吐息を吹きかけれ埃を払うと袖で皿を雑に拭う。

吽野 「ほら、問題ない」

吽野の横着ぶりに、阿文はため息を漏らした。

阿文 「……もういい。僕がとってくるから。待ってろ」
吽野 「阿文クンたら几帳面だな」

吽野の言葉を背で受け止めた阿文は、スタスタと奥の部屋に歩いていく。
吽野はじっと置いてあるお稲荷さんを見つめた。
狐色のお揚げに、甘いタレが染み込んで、とても美味しそうだ。

吽野 「これ、豆腐屋で買ってきたの?」
阿文 「いや、貰った」
吽野 「え、誰から?」
阿文 「……それがわからないんだ」

予想していなかった答えに、吽野は首を傾げる。

阿文 「ただ、とても綺麗な女性だった」
吽野 「どういうことだい、それ」

目当ての皿を携えて戻ってきた阿文は、事の経緯を語った。

阿文 「……先生が帰ってくる少し前だったか。女性が店の中を窺っていたから、入るように促したんだ。そうしたら、彼女は店の中を一瞥もしないで真っ直ぐ僕のところに来た」
吽野 「なんだ、また君の追っかけじゃん」

呆れた、と吽野は息を吐く。

阿文 「いや、違うだろう」
吽野 「骨董に興味もないくせに君目当てに、覗きに来る女の子。いつものパターンだよ」

口を尖らせ、面白くなさそうにする吽野は、
もしかしたら僻んでいるのかもしれない。
それを受けて、阿文は反論した。

阿文 「開口一番『狐うどんと狸そば、どっちが好きか』と聞いたんだぞ?」
吽野 「え、そりゃ唐突だな」
阿文 「僕は『どちらかといえば、うどんが好き』と、答えたんだが」
吽野 「なんで答えるの」
阿文 「聞かれたからだ」

阿文の真面目すぎる反応は、どこかズレたように感じる。
吽野はそう思った。

吽野 「……で? それがお稲荷さんにどう繋がるのさ」

今のところ、『うどんかそばか』の質問が、
どうしてお稲荷さんに行き着くのか不思議だった。

阿文 「それが、僕の答えを聞いて、彼女は嬉しそうに笑ったんだ。『狸より狐が好きってことですね?』って。つまり、狐うどんか、狸そばか、という話だったようだ。適当に『そうだ』と返事をした」
吽野 「なんのこっちゃ」

阿文も『同じ気持ちだよ』と、表情を作って、肩を竦める。

阿文 「よくわからないが、彼女はこう言ったんだ。『今日のところは、お近づきの印として、これを』と。懐から出てきたのが、この竹の皮に包まれたお稲荷だった」
吽野 「なるほど。つまり……狐うどんに、お稲荷で、お揚げ繋がり?」
阿文 「かな? その後すぐ、嵐のように店を出て行ってしまったから、確かめようもないが」

話し終えた阿文自身、
この展開にはさほど納得いってないようだった。

吽野 「大体わかった。手土産を事前に用意しているあたりやっぱり阿文君目当てのナンパ娘だね」
阿文 「そうか……? 僕には『お揚げが大好きな女性』にしか見えなかった」
吽野 「そんなわけあるか」
阿文 「そういえば去り際に『後日迎えをやります』と言っていた。もしかしたら、また来るかも」

『迎え』とは何のことだ。吽野は眉をひそめる。

吽野 「まあ、……色々言いたいことはあるけど、ちょうど小腹が空いていたし、お稲荷は美味しそうだ。早速いただくとしよう」
阿文 「先生、ちゃんと手を洗えよ。ほら、綺麗な皿だ」

そう言って、阿文は吽野に持ってきた皿を手渡した。

吽野 「おお、ありがとう阿文クン!」
阿文 「ついでにお茶でも淹れようか」
吽野 「さすが気が利くね」
阿文 「待っていてくれ」

お茶を淹れるために、阿文はまた店の奥に引っ込んだ。
後ろ姿が廊下を曲がったのを確認し、
吽野はお稲荷さんを摘み上げる。
手を洗うのが面倒だったのだ。

吽野 「よし、それじゃあ、いただきまー……」

吽野が大口を開けて頬張ろうとした時だった。
ガラガラと大きな音を立てて、玄関の戸が開いた。
入って来たのは小柄な男だった。

???「お茶なら! あっしのお茶をどうぞ!!」

男は体躯に似合わない大声を張り上げる。
店中にその声は響き渡った。

吽野 「お、おお? あんた誰」

男の髪はゴワゴワした茶色の癖っ毛。
少し目の垂れた、ひょうきんな顔立ちだった。

???「旦那! お初にお目にかかりやす!あっしは流しで茶汲みをしております、狸山守(たぬやま まもる)と申します」

狸山と名乗った男は客ではなさそうだ。
笑顔を顔に貼り付けて、大股で吽野に迫ってくる。
存在感に吽野はタジタジだった。

吽野 「な、流しの茶汲み……? そんな職業、聞いたことないけど」
狸山 「え? ご存知ない? あっしはね、皆様の喉の渇きに応えて、お茶をお出しするんですよ!ほら、この汲めども尽きぬ茶釜を持ち歩いておりますから、いつでも、美味しいお茶を提供できます! いかがですか?」

狸山は右手に持った重そうな鉄の茶釜を
吽野に掲げてみせる。
茶釜を持ち歩くなんて、
へんな奴だと、吽野は訝しんだ。

吽野 「せっかくだけどお茶はこっちで用意してるんで、結構です」

変な押し売りか、
さもなくば珍妙な団体への勧誘かもしれない。
吽野は目を合わせないように警戒していた。

狸山 「まあまあまあ! 物は試しってね!……はい、こちらをどうぞ」

狸山は左手に持った籠をカウンターに置いた。
その中には小さな茶碗と、急須が入っている。
それらを取り出し、茶を注ぎはじめた。

吽野 「いいってのに、あんた、聞かない人だね」

狸山 「ほら、今日は暑いですから、少し温い(ぬるい)ものをお出ししましたよ!グイーッと一杯飲み干してくださいまし!」

狸山は茶の入った茶碗を吽野に差し出した。
受け取らねば引きそうもない。
吽野は気圧され、渋々それを受け取る。

吽野 「……まあ、そこまで言うなら……飲んでみようか。いくら?」
狸山 「一杯目のお題は結構です! 気に入っていただけましたら、二杯目のご注文をお願いしまーす!!」
吽野 「あ、そう? じゃあいただきます。ちょうど喉も乾いてたしね……」
狸山 「どうぞ、どうぞ!」

吽野は茶碗を傾ける。

吽野 「……うん、うまい」

確かに、言うだけのことはある。
爽やかな香りと、スッキリした喉越しだった。

狸山 「へへへ! ありがとうございまーす!」

ちょうどその時、阿文が店先に戻ってきた。
お茶を淹れ終わり、盆を携えている。

阿文 「あれ、先生、その茶碗は?」

阿文は目を丸くした。続いて、吽野の目の前に立っている
見知らぬ男にも目を向ける。

吽野 「この人が試飲させてくれた。流しのお茶汲みらしいよ。結構おいしかったから、君も貰ったら」

阿文 「へー。せっかくだし、僕も頂こうかな」

興味を示した阿文に、狸山はキッパリとした口調で告げた。

狸山 「あ、そっちの黒髪の旦那はダメです」
阿文 「え?」
狸山 「だって、あんたは狐でしょ?」
阿文 「狐?」

唐突な問いかけに、阿文は困惑していた。

吽野 「阿文クンは狐じゃないよ」

吽野も同じく困惑し、眉根を寄せる。
店に入ってきた瞬間から挙動不審ではあったが
いよいよ言っていることが意味不明だ。
訝しむ二人を他所に、
狸山は机の上のお稲荷の包みを指さした。

狸山 「その稲荷! 狐の稲荷ですよね!?」
阿文 「え、これ? さっき貰ったんですよ」
狸山 「それを好んで食べてるなんて、狐の証拠です! さあ、正体を表せ!」
吽野 「正体も何も。ねぇ?」

吽野と阿文は顔を見合わせた。

狸山 「旦那は狐の肩を持つんですか!? あっしの仲間のくせに!」

狸山はよく通る甲高い声で、とんでもないことを叫んだ。

吽野 「は、仲間!? どうしてそうなるの」

今度は吽野が目を丸くする番だ。

狸山 「とぼけないでくださいよ。旦那は正真正銘、あっしたち狸のお仲間だ」

吽野は混乱した。困惑は怒りへと転じ、狸山を睨む。
『冗談はよせ、なんのつもりだ』
そう口にでかかったところで、
阿文が素っ頓狂なことを言い出した。

阿文 「先生、狸だったのか?」
吽野 「そんなワケないでしょ!」

何を馬鹿なと、強く言い返す吽野に、
狸山の言葉が追い討ちをかける。

狸山 「あっしにはわかる。旦那のその格好は、仮の姿」
吽野 「ぎくっ」

吽野は一瞬驚き、肩をびくつかせる。鋭い指摘だ。
まさか、自分の正体が神の眷属、
狛犬だとバレているのではないか……。
ところが、

狸山 「そのタレ目、まさにイケ狸の貫禄!」

続く狸山の言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。
真の正体を知っているわけではないらしい。
一拍置いて、吽野は引っ掛かりを感じる。

吽野 「ねえ、阿文クン、俺そんなに目が垂れてるの?」
阿文 「いや……まあ、僕よりは多少垂れているかな?」

繁々と顔を確認されてから、
阿文は忌憚なく答えた。
吽野は自覚がなかったようで、
「本当!?」と驚く。
一方、狸山は阿文に水を向けた。

狸山 「そう、黒髪のあんたは狐だ! そのずる賢そうな吊り目、どんなに上手く変化しようとも、化け狸のあっしにはわかっちまうんだぞ!」

そう言い切ると、狸山は煙に包まれて、次の瞬間には、
足元で小さな豆狸になっていた。

吽野 「わっ、本当に狸だ!」
阿文 「これは、珍しいお客様だ」

豆狸は阿文と吽野の前をウロウロと歩き回りながら言葉を続ける。

狸山 「なあ、そんなことより旦那。ここまで訪ねてきたのにはワケがあるんだぜ?聞いてくれよ!」

懇願するような声音に、吽野は渋い顔をした。

吽野 「面倒ごとは御免なんだけど」

不思議堂には放っておいても、次々と面倒ごとが舞い込む。
全てに相手をしていたのでは体がいくつあっても足りない。
この豆狸がどんな問題を持ってきたのかはわからないが、
面倒臭さが先に立った。
ところが、

狸山 「実は、あっしの住む山で狸と狐が揉めてんすよ!」

狸山は吽野の思惑を無視して話し始めた。
吽野は小さく舌打ちした。

狸山 「このままじゃ血で血を洗う大合戦になっちまう。そんくらい一触即発なんです!」

それを聞いた吽野は、余計に気色ばんだ。

吽野 「そんなの絶対首突っ込みたくないよ!」
狸山 「そう言わず! 最悪、人間を巻き込んで大騒ぎになりますぜ!」

真剣な表情で話を聞いていた阿文は、狸山に質問した。

阿文 「あの、争いの原因はなんなのですか」

一触即発と聞いて、阿文は身を乗り出す。
縄張り争いか、はたまた古くからの因縁、呪いの類か。
不謹慎だとは思いつつも、好奇心には勝てない。
期待する阿文だったが、狸山の答えは、意外なものだった。

狸山 「狸と狐、どっちが化け上手かで揉めてます」
阿文 「な、なるほど」
吽野 「碌でもない」

吽野と阿文は苦笑した。そのことに気を悪くしたのか、狸山はぷりぷりと怒り出す。

狸山 「そんな風に言うなんてあんまりだ!旦那は狸としての矜持を忘れちまったんですか」
吽野 「俺は狸じゃないってば!」

吽野が吠えるが、狸山は「そんなことより!」と、言葉を被せる。

狸山 「今度、化かし合い頂上決戦の最終戦があります。そこで決着つかなけりゃ、今度は双方『ドス』を持ち出しますぜ」

吽野の脳裏に『狸と狐も、戦争の時には刃物を使うんだな……』と、
どうでもいいような感想が浮かぶ。

狸山 「今まで、狐軍、狸軍ともに、全て引き分け。力が拮抗していやして、らちがあかんのです。仕方ないから双方助っ人を呼び、化け合戦に参加してもらおう、と話し合ったワケですが……」

狸山は説明しようと、勢いよく捲し立て、
吽野は適当に相槌を打ってやって、
聞いたふりをしていた。

吽野 「なるほど、事情はわかりました。であれば……」

狸山の目はキラキラと輝く。協力を受けてくれたと勘違いして、足元で跳ねた。

狸山 「ありがとうございます!」
吽野 「違う違う! 他を当たれっての!」

思わぬ方向に受け取られて、吽野は頭をかいた。

阿文 「そんな、無下に断るなんてあんまりじゃないか。僕らでできることがあれば協力しよう」
吽野 「阿文クン、ノリで返事しないで」
阿文 「だって面白そうだろ」
吽野 「もうわかった、君は黙っとけ」

二人が言い合っていると、足元の狸山は含み笑いを始めた。

狸山 「ふふふ……」
吽野 「な、何?」
狸山 「もう手遅れですよ旦那。さっきあっしの茶を飲んだでしょ!あれには呪いがかかってますから、協力した方がいいですぜ?放っておいたら大変なことになりますよ」

さっきまでひょうきん者だと思われていた狸山だったが、
一瞬にして悪い声になる。

吽野 「大変なこと? なんだよそれ……」

吽野は内心縮み上がっていたが、動揺を押し殺した。

狸山 「身体のとある部分が大きくなっちゃうかも……」
吽野 「まさか……!」

吽野は思い当たる節があったようで、ハッと息をのむ。

狸山 「そう、そのまさかです」

狸山はニヤリと笑ってみせる。

狸山 「大丈夫! 協力してくれさえすれば、アソコは無事です!風もないのに揺れたりなんかしませんて!」
吽野 「わ、わかった。協力はする。協力したら呪いを解いてくれるんだろうな?」
狸山 「もちろん。お約束しますぜ!」

狸山はまた人間の姿に変化して、人懐っこそうな笑顔を見せた。

阿文 「……えぐい」

やりとりを横で聞いていた阿文は呟く。

狸山 「あ、そうそう。そっちの旦那も、その稲荷を食べたなら、同じように呪いがかかった可能性が高いですぜ。狐のやつが、一体どんな呪いを仕込んだのかは、知る由もないですがね」

それを聞いた阿文の背にも脂汗が伝う。

阿文 「先生、やはり逃げ場はないようだ」
吽野 「どうしてこうなるんだ!」

悲鳴をあげる吽野を愉快そうに狸山は眺めている。
その時、阿文はあることに気がついた。

阿文 「……あれ、てことは、先生が狸軍、僕が狐軍に加勢するなら、敵同士じゃないか」
吽野 「ええ!?」

確かにその通りだと、吽野も顔を青くする。

狸山 「ふひひひ! いい勝負になりそうですね!決戦の日が楽しみです」

狸山はほくそ笑んだ。




[~御茶ノ水の宴~に続く…]

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