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クラム本

【雑記】新しい愛の形

2018/06/21 12:00 投稿

コメント:4

  • タグ:
  • 雑記
  • www.nicovideo.jp/watch/sm16963796


以前、私は以下のエントリを書きました。
そこから、もう少し踏み込んで考えてまとめたことを書いておこうと思います。

●【雑記】"愛"の話を、しようか
http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1470640


◆4つの”愛”
キリスト教をベースとした話になってしまうのですが、愛にはざっくりと分けて、4つ種類が存在していることご存知でしょうか。
ストルゲー……家族愛
エロス……性愛
フィーリア……隣人愛
アガペー……真の愛

上記に書いたLinkでは、愛と言うのは、”自分の内なるもの”から”他者”へと言う大きな流れがあるよ。みたいな話をしたかと思いますが、今述べた4つの愛と言うのは、その”他者”に与える愛もまた色々な形があるよ。と言うことを示しています。

これ、アガペーに焦点を絞っていこうぜ!ってなる人多いと思うんですけど、そうなると純粋贈与とかの話をする流れになってきて、その先にある資本主義ってなんだ!?よし、資本論から考えよう!ってなって、くっそ長い話が始まるので、強制的に割愛です。


◆オープン・マリッジ(ポリアモリー)
話を戻して、4つの愛があるよ。と言うところから始めます。
現在新しい生き方として提示されているのは、この考え方、ライフスタイル(オープン・マリッジ、ポリアモリー)なのではないかなと感じています。
簡単に説明すると、結婚してても、お互いの合意があれば、別の人とロマンチックな関係になってもいいよーとか。そういうのです。

上記に色々と愛には種類があるよ。って言うことを述べましたが、それ全部を、結婚したパートナーに与えないといけないんだ!みたいな、考え方ってやっぱりしんどいと思うんですよ。

人には向き不向き、パートナーの人に対して、許せる許せない。と言う線引が必ずどこかには絶対にあって、そのお互いのパーソナルスペースを尊重し、そして自分ではどうにもならない不満点を外部にアウトソーシングすることによって、不満点が解消されるって言うなら、もうこの上のないwin-winな関係だと思うんですよ。

もちろん、それが何らかのカタチとなって自分が持っているパーソナルスペース(不満を感じる領域)に干渉してくるようなケースも中にはあると思うんで、一概にすげー万能な考え方、ライフスタイルだぜ!とは言えないのですけれど、こういった多様さはあってもいいし、受け入れていくべきなんじゃないかなぁと感じています。

そもそも、世界基準で言えば、女性の初婚と出産の年齢を調べると、初婚の年齢より出産をする年齢のほうが若いですからね。
文化の違いと言えばそうなのだけれど、それじゃ回らなくなっているよねって現状で、ブレイクスルーを起こすきっかけを、探していかないといけないのに、この国はいつまで古臭い考えに縛られているんだろうなぁ(笑)みたいなとこありますよね。


◆”世界”は共同体であると言うこと
これらの考え方や一部で理解してくれたり、受け入れたりしてくれる人が増えてきていると言うのは、やっぱり「世界って共同体」だから。って点に尽きると考えています。

分かりやすく言えば、飲食店とかのアルバイト。
アルバイトしている人が辞めたとしても、もちろん、そこの飲食店で働き手となる人は一時的には減るのだけれど、なんだかんだ言って、その穴を埋める人がやってきたり、そのほかの部分で工夫をして、世の中(社会)って思っている以上に回るものなんですよ。
※人が足りない、募集しても人がこない云々は考えないものとして、、、

街中で美味しい食べ物が食べれる!とかもそのお店の人が働いているおかげだし、家でインターネットできるのも、その裏でインフラの整備をしてくれている人たちがいる。
我々はそういった、人間と言う属性が付与されただけの、大きな共同体なんですよ。

だから、上記に述べた、オープン・マリッジ(ポリアモリー)と言う考え方、ライフスタイルが出てくるって言うのも、その共同体だから。と言う大きな文脈と同じだと思うんですよね。


これは、間違いなく、、、
新しい愛のカタチです。


よければ以下エントリもどうぞ。
●人生2.0(上) ~"生きづらさ"と"テクノロジー"の関係性~
http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1439878
●人生2.0(下) ~"生きづらさ"と"テクノロジー"の関係性~
http://ch.nicovideo.jp/kuramubon/blomaga/ar1439918






そんなかんじで。
おしまい。

コメント

くらむ (著者)
No.2 (2018/06/21 19:55)
>Gami さん
いつもコメントいただき、ありがとうございます!

私も友人にゲイだとカミングアウトされた事がありましたけど、やっぱり身近にいるものですよねぇ。
自分自身も結局のところ”外れ値”である部分って誰がしもあるはずで、それをダメだ!と排除するのはやっぱりナンセンスだと思うんですよね。だって、彼らは私達なのだから、そういった『”受け入れること自体”が一つの”愛”』だと、そう感じています。
kei
No.3 (2018/06/22 15:55)
記事執筆お疲れ様です。
婚姻はどうしても財産やいろんな権利主張につながるものですから、あまりにゆるくしすぎるのは、と国が慎重になるのも仕方がないかとはおもいます。

ただもう少しそのあたりを区別して、法的婚姻に段階をもうけてもいいんじゃね、みたいには考えたことがあります。

最大段階が、現在の婚姻で、無条件に法的権利が色々セットされているもの。認可には今よりもちょっと厳しくする。

其の一つ前が、互いの了解しだいでいろいろ条件を婚姻手続き時点で選択できるもの。今と同じ程度の認可基準。

さらに其の前の段階が、相続や財産、一般的な権利主張はほとんど出来ない、単なる関係としての同居や入院面会などの代理人程度として法的に認可可能なレベル(身元保証人的な?)。わりと簡単に役所の証明手続き的なレベルで認可可能。
昔の内縁の人を法的に一応の関係者とみとめるようなかんじかな。公的パートナー宣言的な。

ざっとですがそんなかんじでいいんじゃねーの愚考したのです。
色々世の中ってめんどいものですからね。

くらむ (著者)
No.4 (2018/06/23 17:37)
>kei さん
いつも閲覧いただき、ありがとうございます!
そうなんですよね、そのあたりすごい柔軟に考えてもいいんじゃないかなーって感じているんですよね。
結婚はしてないし子供もいないけど何年も一緒に生活している。みたいな事実婚状態の人も結構見かけるようになってきていて、それなら問題はあれども一つ一つクリアしていって、法がそっちに寄り添ってあげるって言うこともしていく必要があるのかなーって感じています。
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