ふと、「自分はなぜ生きているのだろう」と考えることがあります。
真っ先に思い浮かぶのは「世のため人のため」という理由。
しかし、それが自分の確固たる意思かと問われれば
「取ってつけたような理由だ」と答えるしかありません。
それでも、呼吸を続ける理由としては、自分にとっては十分すぎるものだとも言えます。
世の中には、生きる理由すら見つけられず、全てに諦めを感じてしまう人も多くいます。
それと比較してしまえば、今この時間をやり過ごすだけでなく
楽しく生きる理由があるだけで、自分はかなり恵まれているのではないのかと。
たとえそれが「取ってつけた」ものであっても。
だから、自分はこの現状で、十分満足しているのです。
「世のため人のため」がもたらすもの
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