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【MMD】画作りの進化の枝葉/作品であるためには【ニコマス】

2013/04/22 19:08 投稿

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ハイサイ、コワレミクです。

本日は「画作りの進化の枝葉/作品であるためには」というお題について語っていこうと思います。相変わらずニコマス作品の紹介を挟みつつ徒然ていきますので、そちらの動画も合わせて閲覧してくださると幸いです。

MMDで中々お目にかかれないのが、動画で遊んでいる作品。モデルや題材の着想が面白く楽しい動画はたくさんあるんですが、動画そのもので遊んでいる作品は?と云われると…。僕が今まで見た中では第10回MMD杯Ex「X」や「Silence+天羽ソラ」あたりでしょうか。3年近くMMDを触っていますが、ここまで見ないとなるとほとんど存在しない可能性…?。
これは「映像作品を作ること」ではなく「MMDを使った動画を作ること」が目的、主題に置かれているのが原因と考えています。MMD作品なんですから、それは当然ではあるのですが。

動画制作の目的は人それぞれですが、個人的には可愛い女の子が踊ってて、顔芸してどうのこうの…といった作品には心惹かれることはありません。映像作品として「おお、これは」というものが見たいのですが、MMDには映像的に優れていても、映像作品という括りでは他作品のトレスであったり、元ネタがあったりと、なかなかマイリスト登録ボタンに手が伸びることがないのが現状です(もちろん積極的に作品をチェックしていないのも原因に挙げられます)

じゃあ映像的に面白いのってなんだよ

公正を期して、同じニコニコ動画上の作品を上げていこうと思います。

まちぼんP せいげんはる

これはマイリスどころか宣伝までしてしまった作品ですね。Rustieのブレイクビーツに合わせて揺々する春香さん。ものごっついカッコイイんですが、2秒有るか無いかの素材が主題であるが故に先鋭化した作品です。
画面分割させて新しくダンスにする。個人的にはMADというよりゲーム映像を使ったアート的な印象すら抱いています。

toriP 【MAD】Debut【竜宮小町】

わずか32秒でこの情報量!非常に秀逸な演出が光る作品です。一瞬しか出番のない一つ一つのオブジェクトすら丁寧に練りこまれ、尚且つアイマス無印のオーディションシーン(思い出ボム)を効果的に使うというこの「判ってる感」。無印を知らない人には疾走感を、両方知っている人には最高のテンションを与えてくれますね。
画に対してキャラクターが強く写ってしまうので、より細かいオブジェクトの作り込みによって総合的なバランスを取るという、まさにお手本作品と言っても良いかも知れません。

進化の行方

MMD界隈とニコマス。両ジャンルとも良い点は沢山ありますが、どこでどう違ってしまったのでしょうか。映像という点では共通点がありますが、その実、技術的な枝葉で言えば全く別の進化を辿ったと言っても過言ではありません。

自由が故に縛られる作品

MMDは自由です。カメラも表情も、モデルもエフェクトも変幻自在。その舞台裏では多くの日曜モデラーや技術者という人材に惠まれ、またそれらと共に歩んできたモーションオペレーターやMMDユーザーが居ます。樋口M氏を源流とし、技術面をみなで作ってきた濃い歴史があります。情報の共有・共存という精神も根付いています(尤もその精神を過剰に信奉する故の騒動も多いですが)。
映像としてはMMDひとつで完結してしまうために、撮影までで終わってしまい編集に気が回らない。映像以外のオブジェクトや画面構成までに気が回らない。やれることが多すぎて、制作者が息切れしてしまうことも多いのではないでしょうか。かくいう僕もまず楽曲を作るところから始まりますので、作品完成までテンションを保つのがなかなか難しくもあります。

映像作品たらしめるのが目的のMMDユーザーの弱点は編集であり、今後の課題と言えるでしょう。

不自由が故に必要な発想

ではニコマスはどうでしょうか。手書きを除くと素材はゲームのキャプチャ画面しかありません。元になる動画はカメラが固定されており、歌詞表示が消去できないなど頗(すこぶ)る不自由で加工の必要があり、より多くの制限の中でどう作品を撮るか、という点から制作がスタートしています。

そこで当然ながらニコマスは編集技術へと枝を伸ばしていきます(MMDが技術方面に枝葉を伸ばしていったように!)。ある意味、そちらにしか伸びるしかなかったとも言えます。

キャラクターの差分抜き、リズムに合わせた画面構成や細部のデザイン、シンクロといわれる既存モーションと楽曲の同期。カメラ機材を使ったゲーム画面の撮影やノイズトランジションなどの先鋭的な映像表現の導入など、ありとあらゆる編集技法が摂り込まれていきます。
それら演出の源泉はどこにあるかというと、VJやPVといった第一線の映像作品から影響が見受けられ、アニメなどのサブカルチャー的なSomethingではなく、それらサブカルチャーとは関連性のない外部からの影響が大いに感じられます。

というのも、時を前後してオタク的音楽とクラブミュージックの邂逅が(以前からその徴候があったとは言え)果たされ、未来派一派をはじめとするクラブミュージックと密接な関わりを持つニコマスPらの存在に触発された制作者が少なからずいるのは想像に固くありません。またいち早く映像編集という分野に手を出した蔵人Pの存在もまたしかり。この点でニコマスは運が良かったとも言えます。

また先鋭化が進んだ結果、良い意味でのアングラ的映像作品が生まれる結果となり、再生数は振るわないものの制作系Pには絶大な人気を誇る作品なども存在するという良好な環境になっている思われます。

まとめ

その驚異的な技術力及びライブラリの豊富さゆえ視野狭窄になりがちなMMD作品の行く末は、ニコマスにヒントがあるのではないか。拙作を見るに付け、そう思うことがあります。

僕は一般的に軽妙洒脱な映像というのは映像の綺麗さではなく、トータル的なバランスにあると思っています。日本でも綺麗な映像はゴマンとありますが(例えばEXILEなどのコーラスグループやR&B的なジャンルは非常に綺麗なビデオが多いです)、より深い映像作品であるにはディレクター自身の作家性、そのディレクターが観てきたもの、影響を受けてきたもの、経験してきたことにあるのではないかと、そう思うのです。

最後に、僕自身の到達点と考え、憧れである映像作家をご紹介してこの長ったらしい記事の締めとしたいと思います。
楽曲、着想、演出。そしてなにより自分が楽しめること。どれも映像「作品」たらしめるためには、欠けてはならないものですが、そういったモノ全てを内包している作品です。

Hyperballad / bjork

デジタルとアナログの融合。bjorkのPVはどれも好きなんですが(ミシェル・ゴンドリー作品を初めて観たのも「Human Behaviour」でした)、聴きやすさも含めこちらの作品を。

作品の深みや作風、作家性が特に判りやすいディレクターなので、一連の作品を見てみるといいかも知れません。Air FranceやGAP、ポラロイドのCMもディレクションされており、遊び心満載のその映像作りに小難しい言葉は飛んでいき、純粋に楽しくなれる事請け合いです。

ではでは。


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