こわさんのブロマガ

ともに生きる社会に

2017/06/14 16:12 投稿

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  • 事件
  • 津久井やまゆり園
  • 障害
  • 差別
  • 偏見
もうすぐ相模原市で起きた津久井やまゆり園事件から、1年が過ぎようとしている。
施設の元職員による、障害のある利用者に向けた差別や偏見から起きた殺傷事件という特異性から一時は報道も加熱したが、今はほとんど報道されず忘れられつつある。
障害者白書に再発防止策が閣議決定されたが、内容は机上の空論であり現実味はない。
概要を見ると精神障害者だから事件を起こしたような記載であり、その根底にある差別や偏見という健常者も持ちうる思考を如何にして無くしていくかについての見解がない。

あの事件を機に障害を持つ人たちに対しどう向き合うか社会全体が考える機会になることを期待していたが、残念なことにそうはならなかったということだ。

 それを浮き彫りにした調査がある。
補助犬(盲導犬・聴導犬など)を連れた障害のある人たちの6割が、お店などに断られて入れない経験をしたことがあると答えたのだ。

昨年4月に障害者差別解消法が制定されたが、国が積極的に周知していないのがこのような結果を招いているのではないだろうか。
 
 私は障害者には当たらないが線維筋痛症で、足を引きずりながら歩くときもある。
最近はコンビニの店内を歩いただけで、痛くてしゃがみ込むような状態で、他のお客にじろじろと物珍しそうに見られてしまう。
外見的にはわからないので、余計に奇怪に見えるのだろう。

仕方がないので市役所に頼んでヘルプマークを送ってもらった。
ヘルプマークとは、妊婦さんや見た目ではわからない病気でバスや電車などで介助や支援を必要とすることを示すものだ。

本来なら、これを持たずとも病気を理解してもらいたいし、持ちたくはない。
しかしながら、このようなものを用いなければ生活をするなかで理解されなかったり、白い目で見られるような社会であるのが現実である。

そして何よりこのヘルプマーク自体、知っている人が少ない。
それは厚生労働省や国が広く広報し、周知を徹底していないことが原因だ。

 一番の理想は病気であることを告知しなくても、ひとりひとりが自分以外の人に気を配るような社会だ。

それはじろじろ他人を観察しろと言っているのではない。
ふと困っている人を見かけたとき、ほんの少し勇気を出して、さりげなく声をかけて欲しいということだ。
そして障害や病気の人に対し、色眼鏡で見ないで欲しい。
もしかしたらあなたも同じ立場や状況になるかもしれないし、なっていたかもしれないのだから。
それが
「ともに生きる社会」
だと私は思う。 

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