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紅月蓮華の空想書架

夏秋のうつろいゆくなかで~初秋~

2013/09/26 19:00 投稿

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 夏の暑さはどこへやら、すっかりと風が涼しくなり、日差しも刺すような厳しいものでなくなったこの頃、ベランダから見える景色が少しずつ変わりつつあった。
 木々がゆるやかに色あせていくように、緑から黄色や赤へ、そして茶色へと変わりつつある。
 私が初夏から育てている草花にも、すっかり花が落ちて寂しくなったものが幾つかあった。
「もう秋だねぇ」
 後ろで何やら準備をしているマキさんがそうつぶやく。
 確かに紅葉が始まり気温も下がり、一般的な秋の気候となっているのだとは思う。
 けれど、その季節の変化をどのように捉えればいいのか、私は今ひとつよくわからないでいた。
 私が振り返ると、マキさんはなぜか炭と七輪を準備していた。
 傍らには抱えるほどの大きさの紙袋に詰まった、大量のさつまいもがある。
「マキさん、それはなんですか?」
「さつまいもだよ」
「見ればわかります」
「じゃあなんで聞いたの!?」
 オーバーに驚いてみせるマキさんをよそに、七輪に詰められた炭に目を向ける。
 まさかこれで焼き芋を作るつもりなのだろうか?
「ゆかりちゃんも食べるでしょ? 文葉さんの分もつくるからとりあえず三本かな」
「レンジですぐに作れますよね?」
「ふふふ、こういうもので作るのもオツなものなのだよ、って文葉さんが言ってた」
「……」
 少し、羨ましい。
 マキさんは私よりもずっと多くのことを、マスターから教えてもらっているのだ。
「どうやってつくるんですか?」
「まずは新聞紙を──あ」
「どうかしましたか?」
 マキさんは周りをきょろきょろと見渡して目的のものを見つけると、さて困ったとばかりに思案顔になる。
 視線を追ってみると、木苺の苗を植えた鉢植えに目が留まる。
 あれが何かあるのだろうか?
「うーん、どうしよう……」
「あの鉢植えがどうかしたんですか?」
「去年作った時はあの鉢植えを蓋につかって蒸し焼きにしたんだよね。何か代わりになるもの探さないと」
「お鍋とかじゃだめなんですか?」
「……ああ、なるほど! ゆかりちゃんナイス!」
 嬉々として台所に向かうマキさんを見ながら、あの鉢植えはそんな使われ方をしていたのかとぼんやり考えていた。
 来年あたり実った木苺に芋の味とかしないだろうか?
 そんなわけないか。
 頭にふと浮かんだありえない妄想を振り払っているとマキさんが戻ってきた。
 手には片手鍋が握られていた。

 さつまいもを新聞紙でくるみ、たっぷりと水をかけてからアルミホイルで包む。
 マキさんの手伝いをして見よう見まねに同じようにするが大丈夫だろうか?
「さて、それじゃ炭に火をつけて蒸し焼きにしよう」
 点火剤を準備したマキさんは手慣れた感じでそれに火をつけると七輪の中へ投げ込んだ。
 しばらくすると炭に火が付き、徐々に赤くなっていく。
「マキさん、これ火はついてるんですか?」
 ガスコンロのように火が上がったりしていないで、炭が赤くなっているだけで熱が発生している。
「ついてるよ。無炎燃焼っていうらしくてね、これですごく熱くなるの」
 そう言ってマキさんは網の上に準備したさつまいもを乗せると鍋をかぶせてしまった。
 十分ぐらいしたらひっくり返すらしい。
 火の側から離れるのは危ないので、一緒にひなたぼっこをしながら炭火を見守って過ごすというのも悪くない。
 そういえば、私が気になっていた疑問の答えをマキさんなら知っているかもしれない。
 マスターに直接聞くよりはいいのではないかという気がして、私はマキさんに改めて話を切り出そうとした。
「あの、マキさん」
「ゆかりちゃん、あのさ」
 お互い同時に話しかける形になって、思わず黙ってしまう。
 話を切り出すタイミングが悪かったのか、そのままお互いに話出せない状態になってしまい、どちらからも話を始められなくなってしまった。
 アラームの音が響いて、マキさんが七輪の上に載せた鍋をどけてさつまいもを裏返す。
「ゆかりちゃん……文葉さんの部屋は見てるよね?」
「は? ええ、何度も入ってますし」
「……伏せられた写真立てに、気づいた?」
 言われて部屋のことを思い出す。
 確かに、ずっと伏せられたままになっている写真立てと、その上に置かれたペンダントがあったことを覚えている。
 確か黒い石の嵌めこまれたペンダント。文葉さんがそれを身につけていたところを見たことはないけれど。
「そういえば、立てられていたところを見たことがないですね」
「そっか……」
「あの写真立てって、何がはいってるんですか?」
「私も見たことがないんだ。聞いても、教えてくれなかった……予想はつくんだけどね」
「ああ……」
 焼き芋に再び蓋をしたマキさんは隣へと戻ってきて腰を下ろす。
 マキさんの言う予想というのはおそらく、死んだ元婚約者の事なのだろう。
 確かに、それなら納得も行く。
「ねぇ……家族って、こういうときどうするんだろうね?」
 マキさんは空を見上げながら、そんなことを言う。
 それに対しての答えがあると思っている様子はなく、考えていることを漏らしているだけなのだろう。
 初めてこの家にやってきたとき、今日から家族になると言われた。
 その意味を、多分私はまだ理解していないのだと思う。
 もしかしたらマキさんもまだそれを探している途中なのかもしれない。

 甘い匂いがただよいはじめてから十数分。
 マキさんが、そろそろいいかな、といって火を消す。
 鍋で作った蓋を外せば湯気がふわりと舞い上がった。
「うん、いい感じにできてる。熱いから気をつけてね」
 そう言って包みを一つ渡される。確かにできたてな事もあって湯気が凄い。包みを剥がして外気にさらして冷ますことにした。
 包みを剥がしたさつまいもはきれいな飴色になっていてとても美味しそうだ。
「なんだか秋になったって感じがするなぁ……」
「暦の上では既に秋でしょう?」
 マキさんのなんとなしのつぶやきについ反応してしまう。
 暦を数えていれば当たり前の事なのだろうけれど、やはり違うものなのか。
「んー、暦の上ではそうなんだけどね。季節っていうのは感じるものなのかなぁ、って」
「感じるもの?」
「うん」
 確かに、夏とは全く違った空気や気温、景色といったものはある。
 そういったものを、感じる事のほうが大事ということなのだろうか?
 なんとなく分からないままに、食べられる程度に冷めた焼き芋を口に運ぶ。
 丁寧に作られた焼き芋はとても美味しかった。

「あら、いいものを食べてるわね」
 気づけばマスターが居間からベランダに出てくるところだった。
 いつものブラウスとロングスカートの服装に、薄手のカーディガンを羽織っているのはさすがに肌寒くなってきたからだろうか。
「私の分はないのかしら?」
「もちろんありますよ、どうぞ」
 マキさんが七輪の上に置いてあった焼き芋を包みごと渡すと、慣れた手つきでそれを開いていく。
「よく焼けてるわね、いい匂い」
 マスターは焼き芋の味を堪能しつつも、私が育てている草花に目をやり、その後目的を見失ったかのようにその視線は空へと泳いでゆく。
 最近マスターはよくベランダでぼうっとしていることが多いような気がする。
 そんな姿を見ていると、話しかけるのを躊躇してしまうのだ。
 私の聞きたいことは、マスターに聞くのが一番良いのだろう。
 それでも私は話を切り出せないでいた。
 先にマキさんと話したほうがいいのではないかと思っているというのもある。
「その辺はまだ花の様子もないのね」
 そう言ってマスターが視線を向けたのは、バイオレットレナやプリムラ、そしてアリッサムの鉢植えだ。
 そろそろ蕾ができるのではないかと思っているのだが、確かに今のところその様子はない。
 時たま見に来ては同じようなことを言うのは、マスターにとって何かしら思い入れのある花
だからなのだろうか……。
「涼しくなったしさつまいもは美味しいし……あら?」
 どこからか飛んできたトンボがベランダの手すりに止まる。
「アキアカネが帰ってきたわね……涼しくなったわけだわ。もうすっかり秋ねぇ」
 何故アキアカネで涼しさを感じるのか、よくわからない。
 そちらに視線を向けていたら、やってきた時と同じ様な唐突さであっという間に何処かへと飛び去っていった。
「秋、ですか……」
 マキさんが言ったように、確かにマスターも秋を感じることで季節を思っているようで、
私だけが一人仲間はずれのようなきがして不安になる。
「ゆかりも来年になれば分かるわよ」
 私の不安を見透かしたようなマスターの言葉にはっとする。
 気づけばいつもの様子に戻っていた。
「そういう……ものですか?」
「だと思うわよ」
 そう言って軽く伸びをする。
 そうして、小さくため息をついてからマスターは「お芋、ごちそうさま」とだけ言って部屋へ戻っていった。
 その背中が見えなくなってから、マキさんに声をかけられた。
「そういえば、ゆかりちゃんはさっき何を言おうとしてたの?」
 言われて先ほどマキさんに聞こうとした事がそのままになっていた事を思い出す。
 どう切り出すかしばし迷う。
 それでも、ここで話を切り出さないことには始まらない気がするのだ。
「マスターは……今は何を書いているんですか?」
「コラムとかそういったヤツ……だよ?」
「……私は、そういう仕事を手伝ったこと無いんです」
 マキさんはしばらく黙ったあと、私を促して自分の部屋へと移動する。
 そういえば、マキさんの部屋に入るのは久しぶりだ。
 マキさんは何かしら音楽を選んで流すと、私をベッドの方へと誘って腰を下ろす。
「内緒話するならこっちのほうがいいでしょ。で、えっと……私と仕事の内容が違うって話?」
 マキさんの気遣いをどこまで受け取っていいのか判断に迷いつつ、マキさんの隣に腰を下ろす。
「私が読み上げてるのは、何かの物語みたいなもので……なんといいますか、通して読んだことは無いんですけど、終わりのような感じでした」
「それって新作ってわけじゃないよね。終わりっていうなら、思い当たるのは一つだけだけど……」
「やっぱり、マスターは遺稿を持っているのではないか、と……」
 でも、だとしたらどうしてそれを編集部の方に渡さないのかという疑問が残る。
 少なくとも、私が読んだ原稿は細部にかぎりだが毎回手直しが施された痕跡があったけれど、いずれも十分な出来だった。
 けど、私の予想が正しいというのならそれはマスターの作品ではないはずだ。
「もしもそうだとしたら、ゆかりちゃんはどうするの?」
 マキさんにそう聞かれて、私は答えに詰まる。
 私はどうしたいのだろうか?
 気になるだけ、というわけではないのだろうけれど、今ひとつその先がはっきりしない。
 マスターから答えを聞けたのなら、どうしたいのかが分かるかもしれないが。
 そもそも、それを聞いていいのか、踏み込んでいいのかも私は判断がつかないのだ。
 どちらが正しいとも言えないような二つの選択肢の答えを決める術を、私達は基本的に与えられていない。
 後天的な学習によりそれらを得る事はあるけれど、そういったものは基本的に保留されるか、保護者に相当する人の判断を仰ぐように設定されている。
 それが出来ない問題だからこそ迷う。
 マスターは、そういった時も自分の判断を言わずに、自分で決めなさいと言うのだけれど。
「……ああ、もしかしてそういうことだったのかな」
 マキさんが不意につぶやいた一言に私は首を傾げた。
 なにが、そういうことなのだろうか?
「文葉さんがさ、私達に言った言葉覚えてる?」
「ええと、色々ありますけど……」
 少し考えた末に、おそらくという言葉を記憶から引っ張りだす。
「今日から家族になる、とか」
「うん、それ。私もずっと考えてたんだけどさ、家族ってどんなものなんだろう?」
 定義だけを言うなら簡単だろうけれど、マキさんがそれについてのことを言っているとは思えない。
 同じボイスロイドでもあるのだから、そのあたりの基礎データベースは共有されているはずだ。
 だとするなら、定義や言葉ではない意味を求めているのだと思う。
「ゆかりちゃん、このペンダントに見覚えある?」
 そう言ってマキさんが机の引き出しから取り出したペンダントに、形状だけなら見覚えがあった。
 伏せられた写真立ての上に置いてあったものと同じ物。
「この前文葉さんからもらったんだけど、これの意味ももしかしたらそこにあるのかもしれない。文葉さんも違う色の石のペンダントを持ってたんだ。たぶん、ゆかりちゃんもそのうち渡されると思う」
「……家族の証、みたいなものですか?」
 なんとなく浮かんだ答えを口にするけれど、マキさんはそれに対して明確な返事はしなかった。
 もしもそうであるのなら、もっと早くにマキさんに渡されているであろうペンダント。
 そして、同じものを持っているマスターがそれを身につけていないことの理由が説明出来ない。
「もしかしたら、文葉さんも迷ってるのかもしれないね」
 ペンダントを再びそっと机の引き出しにしまうマキさんを見ながら、なるほどと思う。
 捨てられない大切なものがあって、けれどそれに躊躇いが混じっているのならそんな行動になるのかもしれない。
 それでも行動に移すということは、背中を押してほしいという気持ちの現れなのだろうか。
 踏み込んでみるべきなのだろうか。
「マキさん……マキさんは、マスターのことをもっと知りたいと思いますか?」
「うん、思う」
 躊躇なく答えるマキさんに、一瞬あっけにとられる。
 けれど、それならもう私達の取るべき行動は決定する、決定できる。
 私達を家族として迎えてくれた人、やりたいことをやってみなさいと見守ってくれる人。
 私達から歩み寄っていけないことなんて無いはずだ。

 *   *   *

 夕食の後、私達から言うべきことを全部言ったらマスターは黙りこんでしまった。
 言葉を重ねることの出来ない私達は、そのまま沈黙のなかでマスターの反応を伺うことしかできずにいる。
 ハーブティーの注がれたティーカップを両手で持つ手が微かに震えているように見えた。
「マキだけの時はそうでもなかったのに、ゆかりが来てから変化が早いわね」
「そうですか?」
「そうかも?」
 マキさんと一緒に首を傾げるけれど、おそらく私達ではその答えが出ないと思う。
 マスターから見ての話だろうし、限りなく感覚的な事のような気がするのだ。
「何から、話そうかしらね……」
 手のなかでティーカップを弄びながら、視線を泳がせるマスターは、少しずつ話を始めてくれた。
「マキが見た黒い石のペンダントは確かに、文織(ふみおり)さんのものよ」
 文織というのが、元婚約者の名前なのだとすぐにわかった。
「マキに贈った理由も、考えている通りで正解よ。ゆかりのはもうすこし待ってね。まだ石が手に入ってないから」
「あの……文葉さんがつけてる所、一度も見たことがないんですけど」
 マキさんの言葉にマスターが苦い顔をする。
「……そう、なのよね。あの人、私がつけてないって知ったら、怒るかしら」
 そのつぶやきが、だれに当ててでもないということだけは分かったけれど、それに対して何かいうことも出来そうにない。
「ごめんね、もうすこし……待っててほしいの」
 そう言ってマスターはハーブティーに口をつける。
 カモミールにはリラックス効果があるらしく、それに頼ろうとしているのかもしれない。
 マキさんは気になっていた事が聞けたわけだけれど、どこか落ち着かないらしくしきりに視線が動いていた。
 婚約者が死んだというのが、どういうことなのかを考える上で、それぞれの立場を変えて考えてみる。
 もしも私がマスターを無くしたら、私はどうなるだろうか?
 少し考えて慌ててその考えを思考から抹消した。
 恐ろしいというよりも、考えたくない可能性、やがて来る未来であるとしても、今の私にそれを受け入れることは到底不可能だろう。
 マスターは、数年前にそんな状況に突き落とされたのだ。
 強い人なのだと思っていた。
 あの夏の日に、笑いながら怖かったと言った姿を見た時から、強い人なのだとずっと思っていた。
 けれどそれは、強く在ろうとしているだけだったのかもしれない。
 このまま話を続けていいのだろうか?
 これ以上、マスターの中へ踏み込んでいいのかと私は躊躇している。
「あとはゆかりの質問よね、私が今ゆかりに手伝ってもらっているものが何なのか」
 私の不安をよそにマスターは話を続ける。
「想像通り、文織さんの遺稿よ」
「どうして、手直しを?」
 私の問いに、マスターは少しだけ恥ずかしそうにして、視線をそらす。
「……約束があるのよ」
 そこで言葉を区切り、ティーポットから残ったハーブティーを継ぎ足す。
 ふわりと広がる香りを確かめながら、様々な感情が入り混じったような複雑な表情を浮かべる。
「本当は、式の前に文織さんは作品を完結させる予定だったの。けど、結婚を目前に控えたあの人は突然、最後の推敲を手伝ってくれと言い出してね……どういう意図なのか教えてはくれなかったけれど、彼なりに考えがあったんだと思う。私はそれを手伝うと約束したけれど、結果としてそれで原稿を完成させられなくなったわ」
 文織さんは式の前日に亡くなったと如月さんが言っていた。
 つまり、約束は果たされないままになってしまったということで……。
「マキと一緒に過ごして一年、やっと手を付けられる程度にはなったんだけど、やっぱり一人じゃ辛いのと、判断ができる気がしなかったの。ゆかりを迎えた理由はそれだけじゃないけどね」
 マスターは、果たせなくなった約束を果たそうとして必至だったのだろう。
 そして、あえて仕事を振り分けることで、私をひとつの作品に集中させようとおもったのだという。
「マスター、その……文織さんという方の本と、マスターのそれまでに書いていた本は、ありますか?」
「ええ、もちろんあるけど」
「読ませていただいていいですか?」
 今の話を聞いた限りでは、私は多分二人の作品を知っておいたほうがいいと思うのだ。
 いや、知るという程度ではダメで、理解しなければいけない。
「文葉さん、私も手伝っちゃだめ?」
「……え?」
「文葉さんの文章なら、相応に理解してるつもりだよ? あとは文織さんて人のやつだけだし」
 小説とコラムなどではまた文体は変わるような気もするが、確かにマスターのことを理解しているという点ではマキさんのほうが適任だと思う。
 マスターは少し戸惑ったように視線を泳がせたあと、微かに笑ったようだった。
「マキ、ゆかり。……手伝ってくれる?」
 返事をするまでもないことだった。

 *   *   *

 呼び鈴に気づいて訪ねてきた人を出迎えると、以前と変わらない姿で、けれど神妙な面持ちで如月さんが立っていた。
 居間へと案内すると、マスターは既に席についていて、マキさんはお茶の準備をしている。
「お久しぶりです、大事なお話というのはなんでしょうか?」
「……ここに、二つの原稿があります」
 如月さんは黙ったままだ。
「一つは文織さんの遺稿そのままのもの。もう一つが、私が手を加えたものになります」
「手を加えた?」
 マスターが如月さんに理由を話す間、私とマキさんは落ち着くことがなかった。
 如月さんはどういう反応を示すのだろうか。

 マスターの話をすべて聴き終えた如月さんは、深く息を吐くようにため息をついた。
「なるほど、そういうことでしたか……」
 眉根を寄せて頭を抱える如月さんは、けれど怒り出すということはしなかった。
 出版社側としては相当怒りたいのではないかと思うが。
「あの、式のあとまで待ってくれというのはそういう意味だったんですね。……分かりました、両方お預かりします」
 そう言って二つの原稿を鞄に仕舞いこみながら如月さんは言葉を続ける。
「読月さんの期待には答えられない結果になるかもしれませんが、構いませんか?」
「……ええ、わかってます。どちらの原稿を使うのかは編集部の判断することですから」

 こうして、私達にできることは全て終わり、結果を待つだけとなった。

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