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紅月蓮華の空想書架

夏秋のうつろいゆくなかで~初夏~

2013/09/01 02:05 投稿

コメント:3

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  • 弦巻マキ
  • 小説

 ボイスロイドやボーカロイドといった、人工生命体を総称してバイオロイドと言う。
 両者の違いは、それぞれの成長素地や、取り込めるデータ、拡張プログラムの違い等。
 およそ一年前に、弦巻マキと呼ばれるボイスロイドを仕事の都合で迎え入れて以来、二人での生活をしてきた。
 二人での生活にもなれた頃、弦巻マキを生み出した会社から一通の封筒が届き、私は家族を増やすことに決めた。
 それからしばらく、マキは私よりも彼女に会える日を楽しみにしていた。
 彼女の笑顔は太陽のようで、そばに居るだけで暖かくなるように感じる。
 その隣で同じく彼女を待つ私は、どんな顔をしていたのだろうか……。

 私は今──笑えているのだろうか?

 *   *   *

 我が家にゆかりがやってきて、一週間ほど。
 今朝方まで降っていた雨の所為で、やたらと湿度の高い、けれどクーラーを動かすにはまだ早いような、なんとも曖昧とした日和だった。
 そこそこ広いベランダで洗濯物を干していたゆかりが、なんとなく物足りなさそうな視線を周りに向けていたことに気づいた。
 気づいた、というよりはそう感じたというほうが近いかもしれない。
 今のところ、ゆかりが我が家にやってきてからというもの、これといった顕著な変化は無い。
 一人暮らしをしていた頃は、生活と仕事に必要なもの以外は軒並み切り捨てたひどい生活をしていたものだが、それは最初のパートナーが増えたことで解消された。
 どちらかと言えば、改善しないとまずかったという方が正しい。
 その最初のパートナーである弦巻マキは、昼食の準備のため台所に立っていた。
 バイオロイドと呼ばれる人造の生命体である彼女達は、保護者、あるいはマスターと呼ばれる人からの影響を顕著に受ける。
 私の自堕落な生活に影響されたマキは、色々とはしたないことになった。
 人のふりを見て自覚するというのも我ながら情けない話であるが、これはまずいと自覚してようやっと私はそうした生活から抜けだした。
 そうしてつい先日、もう一人パートナーが増えたわけだ、それが彼女──結月ゆかり。
 マキと同じボイスロイドでもありながら、歌に特化したボーカロイドでもある、最新のハイブリッド型。
 ゆかりを迎えた理由は私でもよくわかっていない。マキの代わりというわけでもなく、さりとて今が物足りなくなったわけでもない。
 強いて言うなら、見た瞬間から彼女を迎えるまでの記憶はわりかし曖昧だった。
 当分は答えが出ないことなのだろうからと、私はたやすくその思考を一時放棄した。
 執筆中の本のための資料に手を伸ばしながら、食卓に並べられるマキの料理に目を向ける。
(今日は冷やし中華か……)
 ゆかりは洗濯物を干し終え、食卓についたあともぼんやりとベランダを眺めていた。

「ゆかり、何か気になることでもあった?」
「あ、いえ……」
 ゆかりはまだ慣れていないためか、全体的に遠慮しがちだった。
 それをフォローするつもりでか、隣から声が割り込む。
「ゆかりちゃん、何かあるなら遠慮せず言っちゃったほうがいいよ」
 もくもくと冷やし中華を平らげていたマキが、ゆかりを後押しするようなことを言う。
 最初の頃の自分は棚上げらしいが、それもまた変化の証なのだろう。
 後輩が来たことによってか、お姉さんらしく振る舞おうとしているところも微笑ましい。
「んー、えっと……ここって、高いじゃないですか」
「まぁ、そうね。比較的高い階だとはおもうけど」
 ちなみに地上七階のマンションの角部屋である。
「他の家のベランダが見えるんですけど、その……」
「うん?」
 何か特筆すべきような違いでもあっただろうか?
 マキに視線を向ければ、なんとなく頷いているようだが、何か思い当たることでもあるのだろうか?
「その、プランターはあるのに、植物がないなって……」
「ああ、そういえば以前全部枯らしてからほったらかしてるわね」
「文葉さんがいじると何故か枯れるんだよねー」
「うるさい」
 これでも凹んでるんだ。
 ちなみに小学校時代、朝顔の観察日記は三日で枯れ、先生からどうやれば朝顔を枯らせられるんだと逆に質問される有り様だった。
 水だってちゃんと与えていたのに枯れたのだから仕方ない。
 それ以来、時折試してみたが、どうやら私には植物を育てる才能はないらしい。
 ベランダのプランターにしたって、そもそも私が育てていた代物ではないのだ。
「なんとなく寂しいなって、思ったんです」
 ゆかりのその一言に、少し考えるものがあった。
 一人暮らしのときに感じた寂しさとは違うのだろうが、そうした寂しさももちろんあるのだろう。
 春が来て、草木が芽吹き花咲くことに賑やかさを感じるように。
 秋が来て、草木が葉を落とし世界から緑が失われ、セピア色に染まっていく事に寂しさを感じるように。
 まして今は初夏であり、これから緑がより賑やかさを増す時期なのだから、それと相まってベランダの状況に感じる寂しさはひとしおだろう。
「よし、午後は買い物にいくわよ」
「えっ?」
「まーた文葉さんの思いつき?」
 戸惑うゆかりに、私の気まぐれにすっかりなれたマキ、両者の反応は面白いぐらいに違っていた。
「いいでしょう? 気ままに暮らすことこそ私の望む人生よ」
「その割に締め切りに追われる事多いよね」
「……」
 マキも、結構言うようになったものだ。

 それぞれに支度を整え家から出る。
 ゆかりはまだ外出の経験もあまり無いためか、周囲に物珍しそうな視線を向けていた。
 それに対してマキがお姉さんぶってあれこれ教えるのだから、微笑ましいことこの上ない。
 周りを見回せば、此処は都心部とは違ってかなり植物が多い。
 戸建ての建物が中心のため、植物を植える余裕があったり、家の塀に掛ける形でプランターを配置している家が目立つ。
 たいていどこの家も、どの季節でも咲いている花があったなと、記憶をたどって思い出す。
 その記憶の合間に、思い出したくないものが一瞬だけ脳裏をよぎる。
 傷というのは、いつまでもなかなか癒えないものだ。
 そう思っていると、突如ゆかりが私の顔を覗きこんできた。
「……どうしたの?」
「いえ、先程から黙りこんでいるものですから、気になったんです」
「……ふむ、ゆかりはベランダをどんな風にしたい?」
「え?」
 さすがに唐突な質問だったのだろう、狐につままれたような表情で立ち止まってしまった。
「え……っと、よく、わかりません」
「まぁ、そうよねぇ……」
 落ち込んだのかうつむくゆかりの頭を撫でてやる。
「どのみち私が手を出すと枯れるから、ベランダはゆかりの好きにするといいわ」
「え、いいんですか?」
「構わないわ、私はどのみちいじれないし。マキもあまりそういうのに興味は無さそうだったし」
「ゆかりちゃんがやるなら手伝うよー」
 ゆかりの視線を感じてか、マキはそう答えた。
 こういう時にすかさずフォローを挟んでくるあたりは彼女の生来の基質なのではないだろうか。
「……ということだから、やりたいようにやってご覧」
「は、はい」
 どこか恐縮したような、それでいて嬉しそうな、そんな表情を見て、多分これでいいのだろうと思った。

 *   *   *

 やってきたガーデニングショップの品揃えはさすがなもので、大型のプランターから各種の土、スコップやらなにやら知らないものまで含めてところ狭しと並んでいた。
 外には多くの観葉植物が植木鉢やポリポットに植えられて並べられている。
 どんな花が咲くのかわからない苗木も多数ある。
 ……あれ、私がうかつに触ったら翌日あたり枯れてたりするんだろうなぁ、と思うと近づくには気が引けた。
 そんなことを考えていると、突然横からマキが体をぶつけてきた。
 ぶつかるというよりは、気を引くため程度の軽いものだ。
 なにかと思ったら、店頭に置いてあった植物の辞典のようなものを渡される。
 マキなりに気を使ってのことなのだろう。
 そっと頭を撫でてやると、にっこりわらってからゆかりの方へついて店を見回りに行ってしまった。
 どうするかと少し考えこむも、得にすることなどは浮かばない。
 店内を少し見て回るぐらいがいいところだろう。
 気の向くままに足を向けてあれこれと覗いてみるが、ガーデニング用品よりも目を引く場所があった。
 店内の中央に作られた休憩所で歌う少女の姿──。
(イアか……)
 ボーカロイドであり、ゆかりよりも少し後に別の会社で生まれた娘だったはずだ。
 胸に社員証をつけた彼女は、おそらく店長に引き取られて仕事を手伝っているのだろう。
 アイス販売の傍らでその歌声を披露していて、休憩所でくつろぐ人々はその歌声に耳を傾けながら、憩いのひとときを過ごしていた。
 銀と桃色を混ぜて薄くしたような艶のある髪に、深いけれど澄んだ海色の瞳をした少女は、ゆかりともマキとも別種の美しさを感じさせる。
 休憩所の整えられた植物たちの中にあってそれは、オアシスで唄う小鳥のようにも思えた。
 そうしてふと、ひとつの考えが頭をかすめる。
 ゆかりには、どんな場所が似合うだろうか?
 なんとなく考えてみるが、まだ付き合いの短いこともあり、あまり明確なイメージが浮かばない。
 断片的なイメージが頭のなかを巡るぐらいだった。
 マキはといえば真夏の日差しの中、ひまわり畑が似合いそうな、そんなイメージがある。
 活発で快活、太陽に似た少女といったところか。
 しばらくそんなことを考えていたら、カートにしこたま道具や土、苗木を積んだゆかりとマキが私を探しにやって来た。
「マスター、どうしたんですか?」
「うん?」
 ゆかりに聞かれて首をかしげるも、ゆかりも同じように首をかしげて返してくる。
「べつにどうもしないけれど?」
「そう、ですか……」
 ゆかりは何か言葉を選ぼうとしているようだったが、見つからなかったのかそのまま黙ってしまった。
「それで、どんなのを選んだのかしら?」
 あれこれと道具が積み込まれたカートの上に並べられたポリポットを覗きこんでみる。
 そこには夏から秋にかけて咲く草花が並んでいる。
 花にはあまり詳しくはないが、わかるところでアキノノゲシやツユクサ、ローズマリーが目についた。
 広めのベランダだから、少しだけでは寂しいだろうということか、苗は多めだ。
 また、いくつかのハーブの種も一緒にカートに積まれていた。
 それと一緒にハーブティーの作り方の本が入っているあたり、何をおねだりされるのかは容易に想像がつく。
 私の趣味がお茶であるというのは、二人も知る所だ。
「あ、あの……」
 ゆかりが私に何か言おうとして逡巡する。
 私はそんなに何か言い出しづらい人なんだろうかと思わないでもない。
 まぁ、担当編集者から難しい人だと言われたことはあるけど。
 しばらく見ていると、マキがぐいぐいとゆかりを後ろから押して近づけてくる。
 慌てたゆかりはオロオロするばかりだった。
「ほら、ゆかりちゃん、言っちゃえ言っちゃえ」
「お、押さないでくださいマキさん」
 いったい私は何を言われるんだろうか……。
「あの、えっと……マスターは何か育てたいものとか、ありませんか?」
 しばし沈黙する。
 私が育てたら枯れるということの意味を理解していないという様子はなかった。
 まだ出会って、一緒に暮らし始めてそれほど時間が立っていなくても、なんとなく分かるものというのはある。
 彼女たちバイオロイドは、主人──という言い方は正直好きではないが、便宜上その立場に立つ人間のことを非常によく観察するという性質がある。
 それ故に、自分が気づいていない事にもよく気づいたりすることが多い。
 人によっては、それを彼女たちの利点と言う者も多い。
 私は、利点不利点などの考え方で彼女たちを見るのは好きではないけれど、その事実自体は否定していなかった。
 私が育てますから、そういう意味なのだろうと、なんとなく了解するのにそれほど時間はかからなかった。
 私が、気にしていることがあるということを見透かされた気分だ。
 認めたくはない、だが……彼女が伸ばしてきた手を振り払うこともできなかった。
「そう、ね……昔、育てようとしたのがいくつかあるの。探してみましょうか」
 ゆかりの表情がぱっと明るくなった。
 同時に、少しだけ胸の奥が疼いた。

 私が選んだものは三つ、バイオレットレナ、アリッサム、そしてプリムラという花だった。
 どれも咲く時期はまだ先で、今はただの葉っぱがいくつか付いているだけの苗だけれど、ゆかりはそれを眺めて、どんな花が咲くんでしょうね、と笑った。

 *   *   *

 あれから一週間、名実ともに初夏という言葉にふさわしいほどに、日増しに暑さを増していく毎日の中、ベランダの眺めは日に日に賑やかになっていった。
 最初は何もなかったプランターにも、芽が出て育ち始めるまでに時間はかからなかった。
 芽吹いたペパーミントは夏の日差しを浴びて、ゆるやかに成長を続けていた。
 セージやレモンバームも同じで、種まきの時期からはずれていたものの、ちゃんと芽吹き成長を続けている。
 セージは日当たりの良い場所を好むらしいが、ペパーミントとレモンバームは半日陰がよいらしく、ペパーミントは地下茎でどんどん増えるということをゆかりが言っていた。
 そのことから、三つは別のプランターに分けて植えられていた。
 他に買ってきた花達もそれぞれ植え替えられ、直後はやや萎れかけたものの、今は陽の光を浴びて一層葉を茂らせ始めていた。
 もともと広くて寂しかったベランダの一角が賑わい始め、ゆかりがマキと一緒にガーデニングショップに買い物にいくことが増えたりと、マキと一緒に過ごし始めた頃とはまた違う変化を私は楽しんでいる。

 マキを迎える前の私の生活は、膿んでいたと表現するしかないようなものだった。
 起きる時間も寝る時間も定まらず、ただ書籍の中に埋もれて物語を綴り、力尽きればそのまま寝、そして目を覚まして同じことを繰り返す。
 外出など時間の浪費に等しく、食事などただの燃料補給に過ぎず、飲み物は脳を覚醒させるカフェインの摂取源でしかなかった日々。
 そんな生活になった理由はわかっているが、どうしようもなかった。
 マキを迎えた理由は仕事の為だったが、結果として彼女は私を、膿んで腐った汚泥の中から救い出した。
 最初の頃、担当編集者が原稿を受取に着た時など、何があったのかと本気で心配されたものだ。
 事情がわかったあとはマキの手を取って散々感謝を述べて彼女を混乱させたほどに。
 あの時マキを迎えなければ、今も同じ生活を続けていただろうし、こうしてゆかりに出会うことも、まして迎えることなどなかっただろう。
 あの頃、ただ物語を綴るだけの概念と化していた私を──
「たっだいまー」
「ただいま戻りました」
「ああ、おかえり。早かったね」
 帰ってきた二人が私の顔を見てきょとんとした表情をする。
 どうしたのかと思って首を傾げるも、二人は顔を見合わせてこれまた首を傾げるのだ。
「どうしたの?」
「えっと……」
 マキは何か、信じられないようなものでも見るような顔をしている、私の顔に何か付いているだろうか?
「マスター、何か……いいことでもありました?」
「うん? いや、そういうことは特にないけど」
「そう、ですか?」
「え、でも……ねぇ?」
 二人は再び顔を見合わせて、そして口を揃えて言った。
「「笑ってました、よね?」」
 言われて口元に手をやるが、よくわからない。
 けれど、彼女たちが言うのならそうなのだろう。
 そうか、私は今──笑えているのか。

夏秋のうつろいゆくなかで~初夏~ 了


コメント

pitpinoon
No.1 (2013/09/01 02:14)
UPお疲れ様です! 感動!
白詩
No.2 (2013/09/01 09:00)
とても良かったです、感動しました!
10ri4a
No.3 (2015/04/22 22:31)
いい話ですね(^^)
とてもよかったです。
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